第10話 内なるモノ
俺はその時、意識を失っているというのを自覚していた。
それは本当に意識を失っているのか、という疑問は出てくるが、体は動かない、目は開けられない、魔力は感じられない、足元どころか体中の感覚がなく、立っているかも横になっているかもわからない状況。
おまけに心臓の鼓動や、呼吸すらない。そこには体などなく、意識だけしかないようだ。
故に、これは恐らく、意識を失っているからだと俺は認識している。
時間の感覚すらなく、少し思考を止めたつもりなのに、それが本当に少しなのかわからず、どれだけ経ったのかが全く把握出来ない。
時間の感覚がわからないのと、今は思考だけだからか、つまらない、退屈なんてことも思わない。
だから、それがどのタイミングで来たのか、俺は全く把握出来なかった。
『────夜栄刀哉の魂は、一時的な休眠に入っている』
『ならば、今が好機』
『成り代わるには丁度いい』
どこからともなく、男か女か、若いのか老いているのかわからないような声が聞こえてくる。
直接頭の中に響いているようで、その声を俺はまるで文字として認識しているように、不明瞭なのにも関わらず、しっかりと言葉の内容を認識していた。
『だが、誰が夜栄刀哉の肉体の主導権を得る?』
『最も影響力のある者が自然となる』
『しかし、夜栄刀哉の魂が起きてしまえば、再び主導権を奪われるのでは?』
『夜栄刀哉の魂は強固だ』
『後からでも再び主導権を奪われる可能性は大いにある』
『ならば、弱っている今、先に消しておくべきだ』
────おいおい、随分と物騒な話になっているな。
話の内容からして、誰かが俺の体を乗っ取ろうとしている、ということだろうか? 本人がいる前でなんとも大胆に告白してくれたものだ。
残念ながら、同じような違うような声のため、何人いるのかは全くわからない。だが、分かることもある。
今の状況、もし精神世界的な、俺の深層心理的なものを表しているとするならば。
何かが俺の中に居ると仮定すると、そいつらが主導権を握ろうとしている、ということなのだろうか。
俺の魂が休眠に入っているとかなんとか言っていたが、原因は間違いなく『過負荷の指輪』を外したことによるものだろう。
魂の休眠……俺の体はおそらく反動で寝込んでいるだろうが、一気に強化された肉体に適応するために、休憩しているということか?
そして、その隙をナニカが狙っている。
(誰かは知らんが、参ったなホント)
俺の肉体の主導権、つまり俺の体を奪うということか? とすると、こいつらの正体は、俺の中に居る別の人格、もしくはそれに類する何かという可能性が出てくるな。
外部からの干渉の可能性もないとは言いきれないが、複数同時に干渉されているというのは些か可能性的には低い気がする。
どちらにせよ、今の状態じゃあ反撃などできるはずもない。だから今優先すべきは、魂の休眠とやらを強制的に終了させ、意識を覚醒させること。
意識はなくなっていても、その内側で俺はこうして思考している。ということは、体に対するアクセス権的なものも、まだ多少なりとも持っているはずなのだ。
あくまで寝ているだけ。金縛りのような状況に近いのだから、それを打ち破ることは不可能ではない。
(あとは、どれだけ体に働きかけられるか、ということ)
その途端、体全体が激しく揺さぶられたような感覚に襲われた。
困惑で叫ぶことも現在では叶わず、しかし、そう言えば俺を消すとか言っていたなと思い出す。
自分を消すとか言っているのだから、なによりもそこを警戒すればよかったものを、すっかり忘れていた。他人事に捉えすぎだろ、と俺は自身を軽く叱責する。
『ダメだ。通用していない』
『数百の魂ではやはり流すには足りないか』
『神の力も作用している』
『厄介なものだ』
誰かの声がまた聞こえる。因果関係は明らかだ。
一応、効いてはいますよ。揺すぶられている感覚はするのだから。それだけだが。
神の力とか、厨二病? いやまぁ《女神の加護》のような称号はあったので、神の力が俺に宿っている可能性は否定出来ない。
思考は酷く能天気。今の状態じゃ絶対も無いというのに。
なのに、まるで警戒する必要が感じられない。
根拠のない自信だが、見つけられないだけで、自信となっている原因はしっかりと存在する。
(なんにせよ、そろそろ応えてくれないか? 俺の体)
だからこそ、慌てふためかず、あくまで冷静に、語りかけるように、訴えるように、声の出ない声を自身の体に唱える。
物語で主人公が意識を戻そうとするような描写ならば、主人公は何がなんでも『動けぇ!』と、何度も心の中で叫ぶだろう。
だが、俺はしない。そもそも、俺にそう言う激しいのは似合わない。
なにより……俺の体はそんな事しなくても、これだけで応えてくれるはずだ。
何を根拠にと言われても、答えようがないが。
────ピクリ、と指が動く気配がした。
一向に体の感覚はないが、確かに、
内側から何かが振動する。
『なんだ!?』
『夜栄刀哉の魂が活動状態に入っている?』
『バカな! 予想より遥かに早いぞ!』
先程まで機械的な、淡々と述べているように感じた声は、どこか驚愕と困惑を携えていた。
予想より、なんて言うからには、こいつらには俺の状態が分かるのだろう。だが、俺はそんな思い通りに動くほど、力の弱い存在ではない。
聞きたいことは色々とあるが、それよりも自分の安全の確保が優先だ。
(流石にこのままなす術もなく体を奪われるのは頂けないからな……)
そう思い、さらに俺は、強く意識する。それは、俺という存在から、自身の肉体へと
回路は、俺以外からも複数伸びている気がする。それが、先程から聞こえている声の主のものであろうか。
それは俺のイメージ内でしかないが、その数は到底数え切れるほどのものではなかった。
数百数千程度ではない。それよりも圧倒的に多い数の回路が、多方面から俺の体を奪わんとばかりに伸ばされている。
だが、その回路はどれも、俺のものと比べると酷く細いもので、いずれも俺の体を奪うには至っていない。
それらを押し退けるのは非常に簡単で、その度に俺の体の感覚が、少しずつ戻っていくように感じた。
『────夜栄刀哉の魂が覚醒する』
『これ以上の介入は自壊の恐れあり』
『……また失敗か』
最後に、そんな言葉が耳に聞こえた気がしたが、その時には、俺はほぼ体の感覚を取り戻していて。
その途端、思考が全て遮断され、俺は現実へと戻った。
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