第4話 指導と称して



 「さて、ミレディいいかい?」

 「は、はい………」

 

 目線を合わせるようにして言うと、若干身を引きながら、頷く。


 「ご主人様、指導と称して変なことしたらただじゃおかないから」

 「ルナにはともかく、ミレディに変なことはしないよ」

 「ちょっと、それどういう意味!」


 もちろんそのままの意味だ、と言えば、火に油を注ぐ行為だろう。

 俺はそれには答えず、ミレディに指導を開始する。


 「さて、基本的にはルナと同じだけど……魔力を感知するところからかな」

 「あ、あの……魔力、みたいなのは、何となく分かります。多分、動かすのも……」

 「お、早いね! ルナより優秀じゃん」

 「ちょちょ、ご主人様それ傷つくんですけど!?」

 「ゴメンゴメン、魔力操作だけじゃ一概には言えないよね」


 遠慮がちに、既に出来ているというのを言ってきたミレディに、俺は驚いてみせる〃〃〃。顔に笑顔を浮かべて比較するように褒めると、比べられたルナが不満顔で抗議してきた。

 そりゃ、目の前でそんなこと言われたら不満にも思うけどな。俺は確かにと頷きつつ、続ける。


 「さて、となると、早速魔法の発現からか。ルナは四属性だけど、ミレディはどこまで行けるかな?」

 「だから、比べないでよ!」


 「負けず嫌いだなぁ」とルナの頭をポンポンと叩く。唸るような声が聞こえてくるが、俺はそれに反応せず、ミレディの前で指を立て、そこに小さな炎を作り出してみせる。


 「はい、真似してみて」

 「ま、真似してみてと、言われても……」

 「まずは、これを見ながらイメージするだけでいいよ」


 少し雑だが、これでいい。既に完了しているルナも隣で見様見真似でやっているが、炎は安定せず、指の上で作り出すのに苦労しているようだ。


 それもそのはずで、小さく形状を固定するのは、常に変動する炎では難しい。さらに言えば、指の上という限定された空間内、それも指というのは何か物を置くにしては不安定すぎる場所だ。

 イメージが重要な魔法において、覚えたてのルナでは不安定になるのも無理もないのだ。


 無理に続けていれば、また魔力が無くなるだろう。そうなったら、有無を言わさず回復させるだけだが。


 「……こ、こう、かな」

 

 ミレディが数秒目を閉じ、まるで何かわかったかのように呟く。

 それと同時に、指先に俺とほぼ〃〃変わ〃〃らない〃〃〃精度の炎を作りあげた。


 「ほえー、ミレディ上手っ!」

 「あ、ありがとうお姉ちゃん……」

 「うん、上出来というか、優秀すぎるぐらいだよ」


 嬉しそうな笑みを浮かべるミレディに、俺は褒めながら、内心ではやはりと頷いている。

 

 さっきも言ったように、初めての魔法で、完璧に安定して出来るなんてのは無理だ。俺だって初めての時は、安定こそすれ、ここまで綺麗にできなかった。

 だからこそ、本来なら優秀で済ませられるものでは無いが……俺はこれを予想していた。


 ルナとミレディを傍に置いたもう一つの理由が、ミレディのスキルに由来するものなのだから。だからこそ、動揺はしない。


 「じゃあ、このまま他の属性もやってみよっか。ルナ、抜かされちゃうよ?」

 「あ、姉より強い妹はいないのよ!」


 ルナの強がりに聞こえる言葉に苦笑いしつつ、俺は更に他の属性のものも見せていく。


 水、土、風、光、闇……比較的感覚で捉えやすいこれらのものを、ミレディは全て、俺と同程度のもので発動してみせた。

 ルナは発現こそすれ、ここまでではない。それで焦りがあるようだ。

 一応、ルナも優秀な部類のようなので、気にする必要は無いと思うが……妹より優秀でいたい、という気持ちは分からなくもない。


 俺だって、妹達に実力で負けるのは嫌だ。プライドが許せないというか、頼られる兄でいたいからこそなのだろう。


 「元気出しなよ」

 「うぅ……ミレディがまさか、チートだったなんて……」


 これこれ、チートずると言うでない。


 特に多く語らず慰めると、ルナは悔しそうに呟く。


 ミレディは申し訳なさそうな顔をしているが、むしろそれはルナの劣等感を刺激するだけな気がする。それを理解させるのは酷だろうが。


 「それに、ミレディの方が優れている、と言うにはまだ早計だよ。もちろん、ミレディが優秀じゃないというわけじゃないけど。ようは、得意分野の違いかな」

 「どういう意味よ?」

 

 世辞や嘘じゃないでしょうね、という意味を込められた視線に俺は反応しないで、しっかりと事実を述べる。


 「そうだね……もう少し熟練すれば、多分わかってくると思うよ」

 「なにそれ、今すぐに分かるものじゃないの?」

 「最初のうちは似たようなものだからね」


 恐らく、並程度に扱えるようになってくると、ミレディとの違いが分かると思うのだが……それも予想でしかないが。

 もし全てにおいてミレディの方が優秀だった場合、下手な慰めはせずに、ドンマイと言うだけにとどめた方がいいかもしれないな。



 ◆◇◆




 勇者でない相手に一から魔法を教えるのでは、いくら俺でもすぐには終わらない。

 ミレディもルナも優秀ではあるが、まだ魔力量は少ないし、実戦に投入できるような魔法は使えない。


 御門ちゃん達が少しの訓練であそこまで使えるようになったのは、元々の基礎スペックと、技術力が高いからであり、魔法にほとんど初めて触れた2人では、そう直ぐに行かないのも仕方ない。


 「はい、今日は終わりにしようか」


 5度目ほどの魔力切れを起こした時点で、俺は指導を一旦終了するために、そう声を出した。

 

 「えぇ!? ま、まだやれるよご主人様!」

 「いや、これ以上は身体に支障をきたす場合があるからな。ここでやめておこう」

 「でも、なんかコツ掴んできたし……」


 そう言うが、ルナはそれでもまだ続けると言い、ミレディも物足りない様子だ。

 だが、2人の身体には、少し異変が出てきている。俺はそれを自覚させるために、手を伸ばす。


 「いやいや、やめといた方がいい。だって……」

 「え? ────ひゃんっ!?」


 ポンとルナの肩を服越しに触ると、ルナはそんな声を上げて、顔を歪めた。


 「ちょ、ごしゅじんさ、やめっ───あぁんっ!」


 それに構わず、更に撫でるように手を動かすと、ルナはまるで魔力供給時のように甘い声を漏らし、身体をよじる。


 そして───最後に背中を大きく仰け反らせた。


 それを見て、そろそろいいか、と手を離すと、ルナはその場にくたりと力尽きたように座り込んだ。

 「あわわわ……」とミレディが隣で慌てているが、君も同じだぞ? ルナと違って背徳感の度が違うから触らないけど、ルナのに二の舞になる可能性は十分にある。


 「ほらな? 服の上からなのにこんなに反応するとか、肌がすごく敏感になってる証拠だ。多分、外部から魔力を送り込んでるから、それに適応しようと感覚が鋭敏になったんだろうな……このまま続けてると、そのうち服が擦れるだけでダメになるかもよ」

 「はぁ、はぁ、はぁ………せ、セクハラぁ……この、へんたい………いんじゅう…………女の子の肩撫でるとか、意味わかんない」

 「お、お姉ちゃん、大丈夫……?」

 「分からないようだから自覚させてあげただけだ。そういう気持ちがあったわけじゃないよ」

 

 全く、自分の体の異変に気づかないからこうなる。素直にやめておけばよかったものを。

 まぁ、俺も4度目の魔力供給の時に気になったわけだが。一応その時に警告はしたのだが、それには聞く耳を持たなかったからな。


 自業自得だ。


 「っ、で、でも、あと一回ぐらいなら……それに、触られても、が、我慢すれば平気よ!」

 「そこまでして頑張りたいの? これ以上やるんだと、俺がさっき言った体液摂取〃〃〃〃の方法じゃないと、本当に後遺症が残るかもしれないよ」

 「~~~っ、なんなのよもう!」


 流石にそれは出来ないだろう。俺のセクハラ発言に『上等じゃない!』なんていう強がりを言わなくてよかった。

 本当に言っていたら、今すぐ眠らせなきゃいけないところだったからな。どれだけ魔法を頑張りたいんだか。


 まぁ、ミレディに負けたくないという思いはわかるのだが、加減を知れと思う

 

 「わかったら、諦めて休みな。ミレディもね。君も同じだから」

 「は、はい……」

 「な、なら、私じゃなくてミレディにやれば良かったじゃない! なんで私ばっかり!」

 「妹を犠牲にしてどうする。姉が身を張って示すものだろう? というか、ミレディにやったら怒るじゃん」

 「当たり前でしょ!」

 

 実際、ミレディの魔力供給時はわざわざ『消音サイレント』でミレディの声を消したほどなのだ。かつ、ルナも俺の目を塞いでいた。

 本当に、それくらいしなきゃ、恐らく俺は性犯罪者とされてもおかしくなかった。ルナと違い、ミレディは精神年齢も中学生、いやもしかしたら更に幼いのだから。

 犯罪臭がするどころではなく、もう犯罪と断言してもおかしくない程だ。


 俺はまだ紳士でいたい。ミレディにそういうイタズラは、出来るわけないのだ。


 もちろん、代わりにルナに矛先が向いているわけじゃない。あくまで必要な処置だ。


 ルナの理不尽な物言いに、俺は雑に対応する。


 「いいからさっさと休め。ベッドで大人しく寝てろっ」

 「わっ、きゃあ!」


 ルナの体を持ち上げてベッドに放り投げる。その際に触られたからか、それとも単に驚いたからか、どちらとも取れない声が上がるが、もう追求はしまい。

 流石にミレディをベッドに投げるなんてことは出来ないので、そちらは目で促す。精神的に疲れているだろうし、まだ早いが寝てしまった方が、最終的な効率もいいのだ。


 「ちょっとぉ!」

 「乱暴にするなって? ルナがもう少し大人しくなったら考えるし、ここのベッドは柔らかいから大丈夫だろ?」

 「ぐぬぬ、先回りして……」


 ルナの抗議を先に答えることで、矛先を潰す。結局言葉を探すことが出来ず、ルナはそれで押し黙った。

 大人気ない、と思わないこともないが、こういう時はルナの方が歳上であると思い出すことにする。


 世の中、自分の都合のいいように考えるのが普通なのだ。



 

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