第2話 違和感と苦悩



 「門真君いい所に」

 「あれ、トウヤさん。おはようございます。なんですか?」


 1階に戻ると、丁度なタイミングで門真君を見つけた。

 門真君というか、勇者に向けられる視線は好意的なものが多い。勇者という響きがいいのだろうか。


 嫉妬なんてありません。


 「実は俺用事が出来て、今日は訓練に付き合えないんだ」

 「あ、そうなんですか。ところで用事って?」

 「迷宮で魔物が増えたり強くなったり、本来の生息階層とは異なる魔物が居るってんで、少し間引きに」

 「間引き、ですか」

 「間引きだよ」


 言い方に違和感を覚えた門真君が聞くが、俺はそう言葉を強調した。

 特に意味は無いが、まぁ間引きでいいだろう。殲滅の方が合っているが、響きが悪い。


 「ふぅん、分かりました。みんなに伝えておきますね」

 「頼んだよ。じゃ、そういうことで───」

 「あぁ待ってください、実は俺の方も用事があるんですよ」


 ギルドの外へと歩きだそうとした俺を、門真君は呼び止めた。


 「ん? なに?」

 「塗々木から聞いたんですけど、トウヤさんは結構重いもの抱えてるんですね」

 「………はぁ、随分と急に踏み込んできたね」


 突然する話題にしては少しシリアス色が強い気がするし、何より京極君にも言ったが、出会って4日でするような話じゃないんだな。

 

 でもまぁ、こう、勘が鋭いなとは思う。具体的には言ってないけど、京極君は何となく俺の問題を察しているような感じだった。

 俺は表に出さないようにしているのだが、それだけ深く考えている時があるのか。

 それだけ顔に出てしまっているのか。


 「まぁそれはそうなんですけど、どうしても気になりまして。ほら、雫と紫希のこととか」

 「それも京極君から聞いたのかい?」

 「いえいえ、聞かなくてもわかります。まぁ、塗々木からも聞きましたが………俺としては、2人を後押ししてあげたい気持ちはあるんですけどね。どちらも多分初恋ですし」


 ……凄いな。こんな状況でそんなことを思うなんて。


 「門真君、嫉妬とかないの? って、まだ2人が俺に恋愛感情抱いてるのかも分からないし、自分で言うのもあれだけどさ。俺だったら、親友の女の子が知り合ったばかりの異性に好意を寄せてたら、間違いなく大なり小なり嫉妬するよ? それが美少女なら尚更」

 「そんなことありませんよ。雫はともかく、紫希とは幼稚園からの幼馴染みですし。紫希が俺に恋愛感情を持ってないように、俺も紫希に恋愛感情なんてありませんから。本当に友人として、応援したい気持ちだけです」

 「雫さんの方は?」

 「似たような感じですけど……俺にも好きな人がいるんで、ね。だから、純粋に応援しようと思えるんですよ」


 達観してるな。既に好きな人がいるから、他の女の子には純粋な友情だけと。

 言ってることは理解できるけど、到底俺には真似できそうになかった。


 そこは理屈でどうこうなる場所ではなく、本人の器が試されるところだろう。俺には無理だと思う。


 まぁ、最も驚くべきことは、やはり門真君が自分から好きな人がいることを告げたことか。


 「なんで君も京極君も確信があるのか分からないけど。御門さんと雫さんが俺に恋愛感情持ってない可能性はどこ行ったの?」

 「まぁ、割と長い付き合いですし、根拠とかなしに分かりますよ。それに、仲間内でトウヤさんの話題が出る時とか、露骨に顔がにやけてる事ありますから。余程鈍感じゃなければ気づきますよ」


 いやはや、耳が痛い話だ。

 俺だって思わないわけじゃない。だけど、やはりそんな確信は持てないな。

 自意識過剰になりたくないだけなのかもしれないし、変に考えたくないからかもしれないが。


 「それに、トウヤさんが相手ならこっちも安心だなとは思ってます。多分トウヤさんなら、一度関係を持てば、それを絶対守り通そうとするはずです。勿論恋愛に限らず、俺達との関係だってね。そうでしょ?」

 「過大評価だ。俺は自分に都合が悪ければ、色んな関係を切り捨てると思うよ」

 「それこそ、ご自身の過小評価です」


 いや、過小評価ではない。俺は確かに、打算から関係を切り捨てることもあるはずだ。少なくとも、そういう考えはある。

 ただ、実際にやるかどうかが不明なだけだ。確かに、好き好んで関係を悪化させようとは思わないから。


 「でも、京極君にも言ったんだけど、俺にはそのつもりは無いよ。その重いものがまさに、枷となってるからね」

 「……一応聞きますけど、2人が嫌いな訳では無いですよね?」

 「もちろん。俺が普通の高校生だったら、一目惚れするくらい魅力的だと思うよ、御門さんに雫さんは」


 ルックスの話だが、もちろん内面だって評価している。

 歳下だからか、甘くなっているところもあるが、2人共仲間思いなところや、純情なところが一緒だ。


 「でもさ、魅力的とかそうじゃないとか、そういう問題じゃないんだよ」


 首を一度横に振り、俺は脳裏に友人達4人の姿を浮かべる。

 叶恵と樹、美咲と拓磨。

 そこに俺が入ることで、一気に関係は複雑になる。

 表面上の関係ではなく、それぞれの内心が。

 

 「……なるほど。恋愛絡みですか」

 「おっと、詮索はなしだよ。他人から見たらそうでもないかもしれないけど、俺にとっては重要なことだから。少なくとも、この問題は俺自身がしっかりと片付けなきゃならない」

 「わかってます。でも、あまり自分を押し殺し続けるのは良くないと思いますよ? トウヤさんはお人好しなんで、自己犠牲が激しそうに見えます」

 「馬鹿言わないでよ。俺はいつだって自分に忠実で、自己中心な人だ」


 嘘ではない。俺は基本的に自分に忠実だ。

 何をするにしても、俺は自分を優先しているはずである。

 たまにそこに他人が介入することもあるが、少なくとも押し殺し続けていると言われるほど、俺は自身の気持ちを抑えてはいないはずだ。


 「そうでしょうか? まぁ、忠告程度に留めておいてください。時には他人のことばかり考えるのではなく、自分の気持ちに正直に動いてみるのもいいと思いますよ」

 「……中々良いこと言うね」

 「引用です。俺は別に表現豊かじゃないんで。でも、そうしないと精神的に疲れてしまうとは思います」


 引用にしても、とてもしっくりくる言葉だった。様になっているというか。

 正しく、彼は本当に物語の主人公となりうるだろうなと思う。そんな要素が詰まっている。


 「意外と、自分のことってわからないものですが、それは外から見てると、分かりやすかったりするものです。第三者に意見を求めてみるのも一つの手段ですよ……例えば俺とか」

 「……心に留めておくよ」


 門真君の最後の言葉は、とても頼りになるものだ。

 だが、それだと俺は自分のことを理解できていないのだろうか? いや、結構わかっているとは思うのだが……。


 他人のことばかり考えてないで、自分の気持ちに正直にか……。

 

 ───言われるまでもなくやっているはずなのに、何故か酷く引っ掛かりがある。

 

 普段から俺は、自分のために行動して、打算的に動いているのが多い。

 女の子を助けるのは可愛いからとかだし、ハルマンさんを助けたのも、単なる気まぐれだ。

 ギルドマスターのお願いを聞いたのだって、一応報酬が貰えるし、貸し借りの関係をしっかりと把握しているからだ。

 どれもこれも自分を中心にしていて、そんな俺が他人のことばかり考えているなんて、有り得るはずがない。


 しかし、なんでか、素直にその言葉を肯定することが、俺にはできなかった。


 気づけば門真君は居なくなっていた。恐らく訓練場か、そこらに行ったのだろう。

 彼は結局、俺が自分の気持ちに正直でないと思ったから、あんなことを言ったのだろうか。

 俺がそれを自覚出来ていない、しかし、門真君から見て何となくわかったということ。


 それは誤解であるはずだが、やはり違和感がある。


 俺は、俺は本当はどうしたいのか。


 御門ちゃんと雫ちゃんのことだけではない。あいつらとの関係だって、俺はどうしたいのか。

 誰も傷つかないで欲しい。だけど、それだと俺は自分の気持ちを誤魔化しているのか?


 キッパリと断れる覚悟はない。嫌われるのは嫌だし、相手もこっちも傷つく可能性がある。

 受け入れはできない。どちらかだけを受け入れれば、もう片方が悲しむのは明白だし、何より何度も考えたように、それは無理だ。


 だから、俺が気持ちに気づかないでいれば、相手はまだ傷つくことは無いし、そのまま俺が別の場所へ移動すれば、無事に解決して、後は時間がどうにかしてくれる。

 2人は俺なんかより魅力的な人を探して、もしかしたら京極君やそこら辺とくっつくかもしれない。それで万事解決……。


 ………これは、本当に俺の気持ちなのか?


 いや、むしろここまで考えて俺の本心じゃなかったら、なんなんだとなる。

 それでも、門真君の言葉が頭に残って、考えてしまう。


 自分の本当の気持ち、思い、想い……それは何なのか……。

 俺は、本当はそれだと嫌なのか……?

 

 「……迷宮に行くか」


 いつも通り、不毛な自問自答を繰り返して、結論など出ず、俺は目先のことへ集中することにした。


 いつだってそうだ。結局、自分だけじゃ結論は出ない。


 いや、今回のは単純に、結論を出すまでもなく最初から出ていたのだ。


 俺は、やはり自分の気持ちに従って、行動している。

 だから、悩む必要は無いだろう。


 

 

 ◆◇◆

 

 


 迷宮内で他の探索者と会うことは、滅多にない。

 そもそも、俺は正解ルートを一直線に進むのがほとんどだから余り意識しないが、迷宮は一層一層がとても広い。キロメートル単位で。

 それが何十層以上あるのだ。幾ら探索者が多いとはいえ、会う確率は少ないだろう。


 それに加え、基本俺は100層以下に居る。第一階級アインスでない限りそんな下層には来れないし、第一階級アインスは数が少ないから会わない。


 俺にとっては丁度いい。下手に力がバレるのも嫌だからな。


 魔力で索敵をし、その階層にいる全ての魔物の位置を把握。魔物と人間では、魔力に根本的な違いがあるので、見分けることは簡単だ。

 さらに集中すれば個々の違いも見分けられるが、今は必要ない。

 脳内にはこの階層の地図が鮮明に浮かび上がっている。魔力を壁に這わせると、それで階層の形が感覚でわかるのだ。


 それにしても、確かに魔物が多いな。いつもなら階層毎に魔物の出現数に上限があるかのように、一定以上の数同時に出現することは無かったが、今回は明らかに多い。

 広いので密度的にはそうでも無いが、この階層だけで軽く200は越えそうだ。

 普段が50程度なので、異常と捉えるには十分な数だろう。

 

 「『潰れろプレス』」


 早期殲滅をした方がいいなと、俺は魔物の魔力反応があった場所に、直接魔法を発動する。

 200を超えるほどの数の魔力反応が、一斉に消失する。それはつまり、俺が同時に、視界外の場所に、魔物と同数の魔法を発動したということにほかならない。


 しれっと今までで最高数の魔法を発動したことになるが、感覚的に余裕である感じは否めない。


 ───なんだか、少し自分が怖くなってきた。


 使用した魔法は[時空魔法]で魔力を伴った存在を空間ごと圧縮という、難度的には上級のものだ。

 内側に何も無ければ初級もいいところだが、魔物の体を直接潰すという、直接干渉となれば難度は急上昇する。

 属性に関わらず、体に直接影響を及ぼすものは難易度が高い。体の内側となれば、ほぼ不可能とされるほどだ。


 今回は表面から魔法による力で圧縮するということなので上級程度だが、それを3桁も発動したのだ。ある程度緩めているとはいえ、まだ封印状態であるというのに、余裕もある。


 「……っし、次行くか」


 一瞬の間を置いて、俺はつぶやく。

 異常なのは今更だが、思うところがない訳では無い。

 だが、今日はネガティブな思考が多い気がするのだ。いや、そうなのだろう。

 だから、意識してそれを思考の奥深くにしまいこんで、俺は次の階層へと『転移テレポート』で移動した。










 ───その思考は、やはりネガティブなものであり、意識上では考えないようにしていても、無意識下でなんとなく考えてしまうのだ。



 往々にして、様々なもので、強すぎる力を持った存在は畏れられるように描写されている。

 まさに俺の魔法能力や強さは、人知を超えた力だろう。だから、俺は多少の孤独を感じるのかもしれない。


 今はまだいい。まだ"不安"があるだけだ。不安に対する"恐怖"が、僅かながら無意識のレベルで存在するだけ。


 だが、それが杞憂で済まなかった時、一高校生である俺は現実を直視できるのか。

 一人の人間で、問題を抱えたままの俺が対応できるのか。

 知り合いから、友人から、仲間から、化け物扱いされるようになった時、精神に異常をきたさないのか。


 「………」


 ───それに関しての答えを、今の俺は持ち合わせていなかった。


  

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