第52話 帰るタイミング逃した

 ほい2話目です。


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 俺は、渋々立ち上がる男を尻目に、その場でこれみよがしに大きくため息をついた


 「はぁ、やれやれ。貴族の自分勝手の我儘に付き合わされるとこんなに疲れるのか」

 「む、訂正してもらおうか。我が地位に胡座をかいている輩と同じにされては困る」


 俺がそういうと、何かが男のプライドに触れたのか、割と強めにそう言われた。


 「そう言われてもな……俺はアンタが誰なのかもしれないのだが。せめて顔ぐらいは見せてくれないかね?」

 「ふんっ! 我の顔を見れば、この国の国民なら誰だかすぐに分かってしまう。そう易々と見せられんのだよ」

 「ふーん、じゃ名前とか」

 「とても高貴な名前だ」


 名前も教えてくれないのか。クロエちゃんは仮名でもちゃんと教えてくれたのにな。


 だが俺の悪いことばかり当たる予感が言っているのだ。この人の正体は、恐らく俺が予想しているので合っていると。


 『我』という一人称を使う人で、最近見聞きした者と言えば、あの時だけだ。

 更に言えば、確かギルドマスター曰く『パワフル』的な。良く街に出ていたりしたとか。


 まぁぶっちゃけ、[完全記憶]であの時聞いた声を思い出してみれば、一瞬で分かってしまうのだ。

 この男の声とあの時の声は全く同じであるとな。


 「じゃ、勝手に呼ばせてもらうさ。セミル・・・

 「………ツッコミを待っているのなら、我はやらんぞ」

 「別にツッコミ待ちじゃないから安心しな。ちなみに俺はトウヤと言う」


 別に聞かれた訳じゃないが、一応俺は名乗っておいた。というのも、ちょっとしたノリだ。


 「いずれアンタの前に現れる、第一階級探索者さ」

 「……お主、自分で言っていて恥ずかしくないのか?」

 「ツッコミを期待したわけじゃない。頼むから聞かなかったことにしてくれ」


 どうやら華麗にスベったようだ。多少は意図を汲み取って乗ってくれてもいいと思うのだがね。


 「……いや、待てよ? トウヤと言ったな。お主、もしやテレシア殿が言っていた勇者の育成係か?」

 「なんだその役職は。俺は護衛係のはずだったが」


 その護衛も、グラにやらせてるからあながち間違ってはいないが。

 男……セミルは合点が言ったとばかりにフードを上下に揺らした。

 

 「どうやら当たっていたようだな。なるほど、お主が勇者を担当している第一階級探索者という訳か」

 「確かに勇者を担当しているのは俺だが……ギルドマスターが俺について何か言っていたのか?」


 俺は何気ないように聞く。とはいえ、一応警戒はしているのだ。

 ギルドマスターが俺の事を無闇に教えたりはしないと思うが、相手が相手だ。包み隠さず話していてもおかしくはない。


 「いや、特に詳しくは言っていなかったな。我が聞いたのは、敵に回すなということだけだ」

 「アバウト過ぎだろあの人……」


 俺の事を敵に回したくはないと思っているようだが、理由ぐらい説明して上げろや。


 「魔王討伐者の一人であるテレシア殿がそういう程の相手……正直今でも信じられんよ」

 「おう、本人が目の前にいるのにその言い方は失礼じゃないか?」


 身分的に考えたら俺の方が相当失礼だが、相手は身分を隠している体であるし、無問題モーマンタイ


 「確かに我よりは強いのやもしれぬが、テレシア殿は我など相手にならんほど強い。お主がテレシア殿に勝てるとは思わんのだ」

 「そう思うならそれでいいさ。アンタの中ではそうなんだろう」

 「随分と含みを持たせた言い方ではないか」

 「俺は自分のことを易々とは語らないのさ」


 ギルドマスターの件は無しで。俺だって気分や考え方が変わることもある。

 今の状態でギルドマスターに挑めば流石に……勝てるかもしれないという予想が脳裏を過ぎる時点で、少し危ないかもしれない。


 「それより、アンタはいつまでもここに居ていいのか? 娘さんを探すんじゃないのか」

 「下手に騎士を動員させ、民を混乱させるのは悪手であるでな。娘の安全が確認できた以上、後は親と子の問題だ。お主が入ってくるものでは無い」

 「……さいですか」

 「お主こそ、ここに来た目的は果たせたのか?」

 「だから、俺は単なる散歩だっつーの」

 「フッ、そういうことにしておこう」


 そういうことも何も、本当に散歩なんだがな……。

 強いて言うなら、ずっと俺はセミルの右手が気になっていることぐらいか……。

 

 「そのキラキラ光っているのは指輪か? さっきから視界に入ってくるんだが」

 「お、何だ気になるか? フフ、良かろう? こちらは婚約指輪でな、お主が一生涯に付けるかどうかもわからん代物じゃ。しかもお互いの位置が分かる特殊効果もついておる」

 「アンタなぁ……まぁいい。俺が気になっているのはもう一つの方だ」


 俺は中指に付いている指輪を指した。


 「ほう、こちらに目がいくとはな。お主、中々慧眼を持っておる。婚約指輪の方が凄いがなぁ!」

 「黙れ。んで、その指輪はなんだ?」

 「この指輪は迷宮から出てきた物でな。鑑定の秘宝アーティファクトで調べてみたら、どうやら武術に長ける指輪らしい。それも結構な効果があるのだ」

 

 ……んん? そう言えば前にそんな話をどこかで……。


 「じゃ、アンタの強さの秘訣はその指輪か」

 「阿呆め。この我がそんな仮初の強さを我が物顔で振る舞うはずがなかろう! あくまでこの指輪は補助であり、我は幼少の頃より武の訓練に励んできたのだ。基礎が無ければ幾ら補助があろうと弱い者は弱いのでな」


 俺が挑発気味にそういうと、男は自慢げにそう語った。確かに、あの動きは一朝一夕で手に入れられるものでは無い。


 「だが、その指輪がなければ今より弱くなると」

 「……まぁ間違ってはおらぬが、腹が立つぞ。それに、我は先程の戦いでは指輪の真価を使っておらぬ」

 「ほぉう、指輪の真価、ね……」


 さっきのを俺は戦いとは思っていないが、そこはスルーするとして。


 「この指輪には武の才能や技術を引き上げる他、スライムと言った物理攻撃の効きにくい生物にも、物理攻撃が効くようになるという効果がある。これは、武器を装備していても変わらぬ」

 「それはまた、確かにすごいな。俺には意味無いけど」

 「……確かにお主にこの効果を発動させても意味は無いが、他にもあるのだ! 持っている武器が壊れなくなったりとな」

 「いやそれは凄いなぁ!」

 「そうだ、凄いのだよ!」


 それには流石に俺も驚いた。持っている武器が壊れなくなるということは、必然的に強度の問題がなくなり、ゴーレムなどといった硬い相手にもガンガン武器を使用できる。

 力さえあれば、例え剣でも打撃武器として使用できるからだ。


 「つまり、武器を持った状態が本気って訳だ」

 「うむ、そういう事だ」

 

 それなら俺はどちらかと言えば魔法を使った方が強いし、武器を持っていた方が強いし、更に言えば封印も解除していない。

 手加減に手加減をしてさらにハンデを加えた結果なのだが、それをいったら可哀想だろう。


 それにしても、絶対その指輪って、俺の持ってる『智龍の指輪』の対になるやつだよなぁ。武を司る龍的な。

 確か『智龍の指輪』には【共鳴】的な効果があったはずだ。対となる存在を引き寄せるだか何だか。


 そう考えれば、俺がここにフラフラ~っと散歩できた理由も説明できる。この指輪に引き寄せられたと考えれば、俺の放浪癖にも説明がつく。


 「む、どうした?」

 「なんでもないって。俺も似たような指輪を迷宮で拾ったことがあるからな。それで気になっただけだ。俺が拾ったのは魔法関連だったが」

 「ほう。実はな、この指輪は本来ひとつだったものが2つに分離したものの片方で、対になる指輪がもう一つあるのだが……それじゃあるまいな?」

 「そうかもしれないな。なんだ、分離してるから、ひとつに戻したいのか?」

 「うむ………いや、それも考えたがやはり止めておこう。お主が実力で取った指輪を取るのは気が引けるのでな」

 「賢明な判断だ」


 やはり悪い人ではないのだろうな。もし無理やり奪おうとしたならば、俺は全身全霊をもってお相手しなければならなかった。


 「それにしても、なるほど。お主と我は会うべくして会ったようだ。もしお主が拾ったという指輪がこの指輪と対になる物ならば、恐らく指輪を持つもの同士引き寄せられたということかもしれん」

 「男との運命的な出会いなんか俺は求めていないんだがな」


 セミルもどうやら【共鳴】の効果を知っていたらしい。鑑定の秘宝アーティファクトがスキルの[鑑定]と同じ効果なのかは知らないが、そのぐらいは調べられるようだ。


 「だがお主には宝の持ち腐れでは無いのか? 魔法関連なのだろう?」

 「阿呆め。この我が武術にしか長けてないと思ったのか?」

 「我の口調を真似るとは誠に遺憾である!」


 どうやら気に障った様子。そんなことで怒らなくてもなぁ。

 とはいえ、上手く誤魔化せたようなので良しとしよう。


 「落ち着けって。俺はアンタの身分を知らないからなぁ、第一階級である俺の方が地位は上だ」

 「くっ、おのれぇ……お主分かっておるのだからそのぐらい理解せよ!」

 「はて、何のことやら」


 俺は肩を大袈裟に揺らして、すっとぼける。


 「ところで、俺帰っていいか? 散歩は終わったし、こんな場所にいつまでも居たくないんだが。というか、この場所無くせないのかよ」

 「無理を言うな。スラムというのはなければならんのだ。仕事にあぶれた者が集まる場所が無いと、行き場がなくなるでな」

 「いや、仕事を斡旋してやれよ。探索者とか冒険者だってあるんだしさ」

 「そんな簡単に済む問題ではない。冒険者は確かに何でも屋のような存在だが、誰にでもできるような依頼がありふれている訳では無いのだ」


 俺の何気ない質問に、セミルは割と深刻な顔で答えた。

 無神経な質問をしてしまったか、と反省をしつつ、俺も少し考えてみる。


 確かに冒険者ギルドに誰にでもできる仕事が沢山あったら、職が見つからなくて、なんてことにはならない。

 つまり、需要と供給が合ってないのだろう。合ったとしても、それはおそらく魔物退治やそれに準ずる危険な仕事のはずだ。


 そして、魔物退治が誰にでもできるはずが無い。ゴブリン1体程度ならともかくとしても、ウルフ系の魔物等は多少なりとも強くなければいけない。


 「それに、適性がない者が金に困るのは仕方の無いことだ。もしそれで適性が無い者に金を恵むことになれば、現在必死に働いている者はどうなる? 貧困層にだけ便宜を図るということは不可能なのだ」

 「………そういうもんか。政策は難しいんだな。悪い、変なことを聞いた」


 俺はそう言って、素直に謝った。流石に地位がアレなだけあって、俺なんかより深く考えている。

 言っていることの意味は俺も理解できるが、やはりそこまで考えが至らない。言われて初めて気づくというものだ。

 俺も後でそこら辺を学ぶべきなのかもしれない。地球じゃともかく、俺のこっちの立場は高い方ではあるし、これから貴族とかとも交流が出てくるはずだ。政治について、後で学ぶ必要があるな。


 「フッ、別に構わん。スラムという国の汚点があるのは事実であるしな。だが、そう思うならお主も何か考えてくれて良いのだぞ?」

 「無茶言うな。何度も言うが、俺は第一階級であることを除けばただの一般市民だ。そんな特殊な知識は持ち合わせていないぞ」


 勇者であることはこの際棚に上げる。異世界人だとしても、平和な日本でぬくぬくと育った俺に、そんなことを考えられるとは思わないからな。

 政治関連の話になれば、結局社会科で習った以上のことは分からんのだ。

 政治家や、特別政治に詳しい奴ならまだしも、授業で習った程度の知識しか持ち合わせていない俺にはどうも難しい話だ。

 樹辺りなら行けるだろうが、まずこの国の状態も分かってないしな。


 「所詮でたところで素人の浅知恵だしな。むしろ混乱するんじゃないのか?」

 「さて、どうかな。我は多種多様な意見を聞くべきと捉えるがな」


 俺の言葉にセミルはそう返す。確かに、それは一理ある。

 なんて言ってみるが、正直そんな上から目線で言えるほど俺は出来がよくないっつーの。


 「……冗談だ。真剣に考えなくても良い」

 「あぁ、俺には無理っぽい。次に会う時までに考えておこう」


 次があるかは知らないが、まぁきっとあるだろうと。

 そもそも勇者を担当しているというのに、ギルドマスター以外からはなにも声をかけて貰っていないのだ。それがおかしい。

 俺って実はチョロくないか? 勇者担当なんて言う国の方から何かあってもいいぐらいの重役なのにさ。


 「さて、では我はそろそろ行くとしよう。お主と違って暇ではないのでな」

 「朝昼夕まで勇者を育成している俺になんて言い草だ。アンタも国民のことを思うんだったら、重役を任されている俺に褒美の一つでも寄越しやがれ」

 「果て、我はただの一般市民でな……」

 「しばき倒すぞ」


 自分のことは棚に上げてとはまさにこの事だな。自虐でしかないが。


 「ふぅ……ギルドマスターが、アンタのことを『パワフル』と称していたのは正しいようだな」

 「む、テレシア殿がそんなことを……少しばかりショックであるな」

 「ギルドマスターと親しいんだな」

 「幼少の頃よりの仲であるからな」


 それもそうか。ギルドマスターもそんなこと言っていたしな。

 そう言ったセミルは、俺に背中を見せてから口を開いた。


 「では行く。もう引き止めるでないぞ!」

 「別に引き止めてた訳じゃねぇよ。まぁもう話題もないからさっさと行けや」


 どうやら引き留められたと思っていたようだ。そんな意図は一切無かったが。

 最初に帰っていいかと聞いたのは俺のはずだが、俺も結局話してたしな。帰るタイミングが上手く見つからなかったのだろう。


 セミルはそれだけ言うと、路地の奥へと消えていく。どうせここには何回も来たことがあるんだろうし、心配はないだろう。


 用がなくなった以上、長居する必要も無い俺は、早いとこここから出ようということで、建物の屋根の上を通って帰ることにした。


 

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