第51話 親バカはめんどい
この後22時にもう一話投稿します〜
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待てよ俺。これは非常に難しい問題だ。
ここで俺が『その子なら知っている』と出るのは簡単だ。非常に簡単だが!
『娘さんなら俺と一緒の部屋に居る』と言えるか?
否だ! 断じて否だ!!
この人の溺愛ぶりからみて、豹変して襲いかかられる可能性がある。それを俺がいなすのは造作もないことだが、それは問題ではない。
これは印象の問題なのだ。この人は悪い人ではない。むしろ俺は好印象である。
特に必死に弁明しようとしてたのが面白かった。いやそうではなく!
もうここまで口調を砕けさせてしまっているのだ。このまま悪い関係にはなりたくない。だがどうする……。
……いや待てよ? これなら行けるか?
「……どうした?」
「いや、何でもない。少し考え事をしていただけだ」
少し黙り込んだ俺に男が聞いてくるが、俺は首を振る。
そして、俺はいい考えを思いつく。
「多分だが、アンタの娘さんの居場所なら分か───」
「ほ、本当か!! 娘はどこにいるのだ!!」
「教えるから落ち着けっ!」
俺がそう切り出すと、その瞬間肩を捕まれガクガクと揺らされ、視界がグワングワンと動く。
同じく俺も男の肩に手を置き、強くそういうと、男は気まずそうな顔をしながら「スマン」と俺に謝った。
「はぁ……アンタの娘さんだが、居場所はわかるが、本人から口止めをされている」
「……何?」
「しばらくは家に帰りたくないそうだ。一応元気にやっているが、本人が望んでいない以上俺が娘さんの位置を教えることは無理だ」
俺が考え出したのは、クロエちゃんから口止めをされている、という設定にしようというものだ。
これならクロエちゃんの安全を確認させられた上で、俺が匿っている訳では無いことも理解させることが出来る。
「………」
「今はある店で働いていて、寝床も食事も問題ないぞ」
唸る男に、追加で俺は言う。恐らく本人が望んでいないというのに思うところがあるのだろう。
「……本当に、本人から口止めが出ているのだな?」
「あぁ。まぁ、俺としてもアンタの手助けをしてやりたいのは山々だが、多分アンタ貴族だろう? 一民間人の俺が入っちゃいけない領域だしな」
「………致し方ないか。お主の言い分は理解したし、娘が口止めをしているのも分かった」
「そうかい。じゃ、俺はお暇させて───」
俺がそう言って立ち去ろうとした時だ。
「だから、少々手荒な真似をさせてもらうぞ?」
「は?」
俺が振り返るより早く、男は俺の目前まで迫ってきていた。
引き絞られた腕が、俺の顔目がけて飛んできた。
「っぶな」
「ほう、今のを避けるか」
慌てて俺はスウェーで回避し、即座に距離を取る。
男は感心したように呟く。どうやら俺が避けた事に驚いているようだ。
まぁ、俺ってば基本的に攻撃は避けるしな。うん。不意打ちは驚いたが、別に避けられない程ではなかったし。
「アンタ、いきなり何してくんだよ。それが善良な一般市民に対する貴族のやり方なのか?」
「スマンな、娘に口止めされていると言うなら、お主が自分から話してくれる状況を作り出すまでだと思いついたのだ」
「それがこれか」
貴族というのが自分勝手という印象があったが、やはりそうなのか。まだこの男はマシな方だとは思うが。
「悪いが、お主が吐くまで止めんぞ」
そう言うやいなや、再び男は俺に高速で接近してくる。
掴むような手の攻撃。掴まれたら危険だと考え、俺は伸ばされる腕を外側に払う。
しかし、男は腕を払われた反動を乗せて、回し蹴りを繰り出してきた。
当たったら怪我の一つはするかもな、とどこか呑気なことを考えながら、屈んで蹴りを避け、お返しに足払いをかける。
「おっと」
「舐めるでない!」
が、回し蹴りをした直後なのにも関わらず、重心がしっかりと落とされており、ガッ! と足がぶつかるだけに留まった。
今度は俺に隙ができた。男が足で
「ふむ、今のも避けるか。中々どうして、いい動きをする」
「お褒めに預かり光栄だが、随分余裕そうだな」
「我は少しばかり武術に心得があってな……
言葉と共に放たれる蹴りを体を逸らして回避する。
「ほう、そりゃ凄いな」
「……期待した反応ではないな。そこは驚くところではないのか?」
動きを止めた男が、恐らくフードの中で微妙な表情をしながら聞いてきた。
無論俺も攻撃し返したりはしない。そんな大人気ないことはしないのだ。
「実は俺も
「ほほう、道理で我の攻撃を何度も避けると思った。流石と褒めておこう」
見下したような口で男は言うが、別段俺は気を悪くしたりはしない。
多分だが、本人に見下している気は無いと思ったからだ。なお、確証も根拠もないが。
「ということで、カミングアウトついでに教えておいてやるよ。これ以上やるのは止めておいた方がいい」
「何故だ。我はお主から我が娘の居場所を聞き出さなければならぬ。並大抵のことでは止めることなどできん」
親バカは程々にしろと……頭痛がするなほんと。
悪い人ではないんだろうが、少々面倒くささは否めない。
だから俺は、多少の警告も含めて口を開いた。
「これ以上やるなら、俺も攻勢に出るのは吝かではないからだ」
「つまり、我がやられると?」
その問いに、俺は頷く。
「……ふむ、ならば、やれるものならやってみろ、と言っておこう」
「その言葉、後悔しないな?」
「無論だとも」
その言葉を聞いて、俺はふっと肩から力を抜いた。
この男が悪いやつじゃないから少々手荒な真似はしたくなかったが、本人が了承したのなら問題ない。
防いでばかりいるのも、詰まらないしな。
「んじゃ、遠慮なく行かせてもらうさ」
「どこまで出来るか見物させ───!?」
男がその言葉を吐いている時、俺は既に懐へと潜り込んでいた。
突き上げるような掌打を腹へ打ち込む。パラメータ的にも威力を抑える必要は無いと思うので、本気だ。
「グッ、やるな! だがッ!!」
掌打に男は一瞬怯んだものの、直後、腹に刺さった俺の腕を左腕でがっちりと固定してきた。
肉を切らせて骨を断つ。いや、今回の場合は切らせてすらいないが。掴まれた腕は相当強く力を入れているのか、ギチギチと音を立てている。
「逃がしはしないぞ!」
腕を掴まれて逃げることも出来ない俺に、男は渾身のパンチを繰り出してきた。
流石は第一階級並と自称するだけはあり、少なくとも現在の門真君達よりは全然速い。喰らったら今の俺じゃ一溜りもなさそうだ。
だから、俺はそのパンチを左手で受け止めた。
「っ!?」
「言ったろ、後悔するって」
体を突き抜ける衝撃を背後へと受け流す。と同時、掴まれた腕を器用に動かして、まるで滑るようにホールドから脱出する。
「そちらも武術に覚えありかっ!」
「残念ながら少し違うな」
習ったわけでもないしな。強いて言うなら我流、それとスキルのお陰だろう。そんな武術とか大層なものでは無い。
今はスキルを封印しているので、[完全記憶]でのスキル再現だが。
これ、[完全記憶]が無くなったら凄い弱体化しそうだ。
とはいえ今はユニークスキルは封印できない。[完全記憶]が無くなった状態は経験できないから、考えたところで仕方はないが。
「我と戦っている最中に余所見とは!」
「俺がいつ余所見をしたと?」
愚弄されたと思ったのだろうか? 若干の怒りを滲ませて言った男が蹴りを入れてくるが、それも受け止める。
「そろそろ落ち着いて欲しいが」
「なら倒してみるがいい!」
どうやらこの男、引く気は無いようだ。今更な気もするが、そろそろ俺の実力を理解したと思ったのだが……。
まだギアを上げなきゃ分からないのか。
「ッ!?」
男の足を掴んだ状態で、俺は腕に力を入れる。
そのまま男の体を頭上まで持ち上げ、戻す反動で一気に地面に叩きつけた。
「ガハッ!」
コンクリートの地面にヒビが入り、男が苦しそうに息を吐くが、気にせず倒れ込んだ男の胸に膝を置き、動けなくする。
「ぐぐっ……」
「………はぁ。もういいだろ」
それでもなお諦めんとばかりに抵抗する男に、俺は呆れながらそう呟く。
「今更だが、俺は別にアンタが娘さんを探すのを邪魔したりはしないぞ。あくまで、俺の口から娘さんの居場所は言えないってだけだ」
別に口止めされている訳じゃないが、そういう設定にした以上貫き通すしかなかった。
少し面倒くさくなってしまったが、まぁなってしまった以上仕方ない。今更クロエちゃんの場所を教えたら、こっちが根負けしたように思われる。それは嫌だ。
「………」
「探したきゃ好きに探せ。ただ、頼むから力づくでってのは無しにしよう。俺の力はわかっただろ?」
俺はそう言って、膝をどける。その途端攻撃が襲ってくる、なんてこともなかった。
「別に娘の居場所を教えてもらうために手段を選ばないというのは嫌いじゃないぞ。だが、相手を選んでくれ」
「……むぅ………致し方あるまい。どうやら我は、お主の力量を見誤っていたらしい」
なるほど、この人はこの人なりに俺の力量を読んで仕掛けてきたわけか。
パラメータは下げているから、見る人が見れば俺は弱く映る。だがそれ以外の技術や反応速度、動体視力といったものは、俺はずば抜けているからな。
それもこれも、素の身体能力とスキルのお陰だが。纏っている気配も特に歴戦の猛者といった雰囲気はないだろうしな。
俺としてはこの人がこんなに強い方が驚いたが。
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