第44話 刀哉VSテレシア


 今回は戦闘でして、後半は刀哉視点では無くなるので悪しからず〜。


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 帰ってきたギルドマスターは、確かに気合の入り方が明らかに違い、見た目も変わっていた。

 手元にあるのは、先端に真っ赤な宝石が埋め込まれた、雰囲気が普通ではない杖。

 着ているのはローブのようなもので、魔法使いというような身なり。三角帽子こそ被っていないが、見た目は魔女そのものだ。


 と、俺は呑気にギルドマスターの装備の考察をしているが、ギルドマスターの方はそうでもないみたいだ。


 「……トウヤ君、何したの?」

 「いやなに、今まで手を抜いていたので、それを止めてみただけです。何でですか?」

 「道理でおかしいと思った!! 明らかにオーラが違うんだよオーラが!!」


 何故か半泣きでそう言うギルドマスターは、俺から何かを感じ取っている様子。実力差だろうか? さっきの威勢の良さはどこに行ってしまったのやら。


 「なんにせよ、今更怖気付いても遅いですよ。やる気にさせてしまったのはギルドマスターなので」

 「うぅ、なぜ私はあんなことを……いや、勇者達が見ているからね。私だって、なす術なくやられるつもりは無いんだよ」


 やられることは決定しているのか。俺の実力をよく理解しているようだが、なんかそれはそれで聞いてて可哀想に思えてくる……

 まぁ、なす術なくやられてしまったらギルドマスターの威厳が無くなるだろうしな。少しは立つ瀬を与えてあげてもいいだろう。


 「勝負は単純明快、どちらかがギブアップと言うまででいいですね? 使用する魔法やスキル、技なんかはおまかせします」

 「分かった」


 頷くギルドマスターに、俺も頷き返す。

 既に頭の中では使用する魔法を選別中である。

 恐らくではあるが、現在のパラメータだと、魔法の威力が先程までの数倍以上に膨れ上がっているはずなので、込める魔力量に気をつけなければならないのだ。

 故に、膨大な魔力を使用する、上級、もしくは最上級魔法なんかを使用する時は、入念に威力調整をしなければならない。


 今まで戦ってきた中で一番強い相手だろうが、普段からステータスを封印している俺にとって、今のステータスならば楽勝も楽勝である。

 武器術を解放しているのもあり、今の俺ならどんな攻撃も受け流せる気がする。


 「じゃあ、お互い後ろに3歩歩き、3歩目で同時に振り返って勝負を開始と行きましょうか」

 「それでいいよ」


 ギルドマスターの了承を得て、俺は後ろを向き、門真君に合図をお願いする。

 戦闘に参加しない勇者達まで顔が強ばっており、それだけなにか感じ取っているのだろう。

 だが俺には緊張はおろか、そんな顔が強ばるようなものは何一つ感じ取れていないのだが、一体何事?

 俺ってそういうのに疎いんだろうか。


 「じゃあ、行きますよ」

 「あ、合図をしたらすぐに離れてね」


 門真君が硬い声でそう言うと同時、俺の意識も研ぎ澄まされていく。

 付け加えられたギルドマスターの警告に、更に顔が強ばる。


 「いち……」


 俺は一歩踏み出す。恐らくギルドマスターも踏み出したはずだ。


 「にぃ……」


 さらに1歩踏み出し、次の合図に全神経を研ぎ澄ませる。

 先手を取るのは戦闘では一番重要なことだ。これだけで、場合によっては格上にも勝つことが可能なのだから。

 

 次の合図まで、凄い長い時間が経過したように感じた。門真君が最後の合図を告げたのは、体感で数十秒経ってからだった。


 「さんっ!!」


 俺とギルドマスターは足を出すと同時に振り向き、試合の火蓋が切られた。




 ◆◇◆




 トウヤ君が戦っているところを、私は見たことがない。だから、実際彼がどのくらいの強さなのか、明確とした比較は不可能だ。


 だが、ある程度の予想はできていた。魔力操作の点から見ても、最低限の強さぐらいは分かった。

 否が応でも分かってしまう。


 トウヤ君は、恐らく私の予想より遥かに強く、そして、本来なら手も足も出ないと思う。

 無詠唱での魔法発動。私が介入する余地がないほどの魔力構成。

 私でも察知できない魔力。魔王を彷彿とさせる、数十の魔法を同時に操る技量。そしてそれをしてもなお尽きる気配のない、圧倒的な魔力量。


 少し見ただけでもそれだけの強さを挙げられ、そんな彼を一言で表せば、化け物である。勇者だとしても、彼が規格外であるということは想像に難くない。


 更に言えば、彼の周りに群がる精霊の数だ。相変わらず尋常ではないほどの精霊に付かれているが、恐ろしいのは、前よりも数が増えている事か。


 私に付いている精霊も、その殆どがトウヤ君の方に行ってしまった。自我がないとはいえ、精霊に近しく、魔力が豊富な存在であるエルフよりも、トウヤ君の方に付いていくのは納得出来ないが。

 お陰で私は精霊の恩恵をあまり受けられなくなってしまっている。

 森などの自然の中ならともかく、人工物で溢れたこの場所では精霊はあまりいないため、本来ならそこまで強い恩恵ではないのだが、トウヤ君に群がる精霊の数を見ていると、そんなに居たのかという驚きも出てくる。


 数が多すぎて視界が覆われるために、私は精霊を見るのをやめた。こういっては悪いが、視覚に直接攻撃を受けているのだ。


 もし彼が精霊に気づき、その恩恵を享受したのならば……その実力は想像もできないことだろう。


 もしかしたら、彼1人でも魔王が倒せるのではないかと淡い幻想・・・・を抱く程だ。


 だから、そんな彼が本気を出す前に、私が全力でぶつかるしか勝機がない。

 

 振り返った直後、私は即座に詠唱破棄で魔法を発動させた。


 「『堕点風流ダウンバースト』ッ!!」


 名称を告げる言葉が、掻き消されることもなく言い切る。どうやら先手を取ることには成功したらしいと、私は密かに安堵の息を吐いた。

 『智樹の杖』のお陰で最上級魔法を詠唱破棄で発動することが出来る。これは相当なアドバンテージのはずだ。

 それに魔法の威力も通常よりも数割増加して、杖のお陰で消費する魔力も幾らか軽減されている。これ以外にも効果があるのは、流石は伝説級レジェンドの杖というか。


 発動した魔法は『堕点風流ダウンバースト』。風系統の最上位に位置するこの魔法は、上空からとてつもない程の下降気流を広範囲に叩きつける。


 魔法により発生する下降気流は、術者である私には効かずに、範囲内にいるトウヤ君にのみ効果がある。


 上空から出現した下降気流が、地面に降り注ぐ。

 その風が訓練場の土を巻き上げ、一瞬にして視界が土煙に覆われてしまう。


 立つこともままならないほどの勢いで降り注ぐ風は、どんどん訓練場の土を削っていくことからも威力は明らかだが、私はそれだけでは攻撃の手を止めはしなかった。


 「『大雷轟雨ギガボルト・レイン』ッッ!!」


 全魔力の三分の一を食わせて、私は新たな魔法を発動した。

 風からの派生系統、雷。もちろんトウヤ君に使うのだから、最上級に決まっている。

 風派生雷系統最上級魔法『大雷轟ギガボルト』は、当たればオーガ種をも一撃死させる威力を秘める雷を落とす。

 今回はそのアレンジ版……『大雷轟雨ギガボルト・レイン』だ。その名の通り、『大雷轟ギガボルト』を雨の如く複数降らせる魔法である。


 『堕点風流ダウンバースト』を解除し、代わりに出現するのは真っ黒と表現しても過言ではないほどの、黒い雲。


 刹那の間を置き、その雲から極大の閃光が迸り、辺り一帯を全て白色に覆い尽くす。

 私は無詠唱で闇系統の『ダークネス』を発動し、その光を遮断する。

 視界の先で、『ダークネス』でも遮断できないほどの光量を持った雷光が見え、地面に降り注いだ。


 次いで、バシンッッ!! と激しい音が鳴り響き、とてつもない衝撃波が吹き荒れる。


 その衝撃波で元々あった土煙は吹き飛ぶが、その落雷によって、さらに地面の土が深く抉れる。


 土煙のせいで良く見えないけれど、そこには恐らく半径十数メートルのクレーターが出来ているはずだ。


 その直後、またしても閃光が辺りを覆い尽くし、今度は連続的に激しい音が鳴り響く。


 その度に衝撃波が吹き荒れ、地面が抉れ、土煙が弾き出されまた補充される。


 落雷の位置は必ずしも同じではなく、ほぼ範囲内の中かランダムではあるが、最早その落雷速度のせいで関係はなかった。

 

 「はぁ、はぁ、はぁ……『我に癒しを与えよ』」


 著しい魔力の損耗に悲鳴をあげる体に、私は杖から魔力を補給する。

 一時的に魔力を溜めることが出来るこの杖のお陰で、私の魔力は全快近くまで回復し、少し朦朧としていた視界もクリアになる。


 未だ土煙は消えない。恐らく普通の相手だったら間違いなくオーバーキル。

 その予想は私も当たっていると思う。今更ながら、この装備の私の本気の魔法をくらって、トウヤ君でもただで済むとは思えないのだ。

 勿論死ぬこともないと思うが、怪我の一つぐらいは負っているはず……


 だと言うのに、未だに私の直感は、警報を鳴らし続けていた。


 私は論理的思考より、直感の方を優先させた。戦闘においては直感というのは意外と頼れるものだと私は知っている。

 油断なく身構え、次の魔法を放つ準備に入る。


 そう。そろそろトウヤ君が攻撃してくるかもしれないのだ。


 ここは、今の内に自身が有利になるフィールドを作るしかないッ!


 「『絶対零度アブソリュートゼロ』ッッッ!!!」


 私は氷系統の最上級魔法であるこの魔法を発動させた。


 一瞬にして視界内の全てが凍りつく。それは土煙でさえも例外ではない。

 細かな土が凍りつき、ボトボトと地面に落ちる。


 周囲の温度は私が感知しているものよりも下がっているはずだ。

 視界内から土煙が消えたことで、段々とクリアになっていく。そして見えてくるのは……



 何ら変化のない、トウヤ君だった。


 

 「ッ!?」


 私は、何故だか異様に悪寒を感じ取った。

 異質さ、と言い換えても良いかもしれない。


 私が発動した魔法は、どれもこれも生身で防げるものではない。

 にも関わらず、彼はその場から一歩も動いて居なかった。いや、それどころか、体勢すら変わっていなかったのだ。


 何より恐ろしいのは、その身には傷一つ付いていないということだろう。

 

 『堕点風流ダウンバースト』で押しつぶされた様子もなく、『大雷轟雨ギガボルト・レイン』で焼けた様子もない。


 そもそも、彼は現在進行形で発動している『絶対零度アブソリュートゼロ』の影響下にあるはずなのだ。

 にも関わらず、一切凍える素振りすら見せず、地面と接着している足が凍る様子もないのだ。 


 つぅーっと、私の頬を冷や汗が垂れる。全くもって理解が不能だ。

 少なくとも、こんなことは私の人生のうちには一切無かった。相手が強すぎて魔法が意味をなさないにしても、これはあまりにもおかしい。


 例えば、『絶対零度アブソリュートゼロ』ならば、どんなに効かなくても"凍る"という現象には陥るはずなのだ。


 例えば『堕点風流ダウンバースト』なら、あの下降気流に抗うことが出来ても、服や髪が乱れてしまうはずなのだ。


 例えば『大雷轟雨ギガボルト・レイン』なら、直撃すれば装備が溶解してもおかしくないのだ。


 いずれにしろ、肉体に傷が無くとも、装備やそういったものには影響があるはずなのだ。

 なのに、トウヤ君にはそれすらない。まるで、私と同じようにその魔法の術者であるように、一切の魔法の影響が干渉出来ていないようだ。


 その時、トウヤ君の視線が動いた。

 そして、私はトウヤ君と目が合った。



 ───もう終わりか?



 彼の視線から、私はそんな意図を読み取った。いや、読み取ってしまった。


 それを理解した途端、体が自分の意志とは無関係に動き出す。


 「『氷の柱アイスピラー』ッッッッ!!!」


 私の意識は、混乱と恐怖で大半が埋め尽くされてしまっていた。

 トウヤ君が何をしたかわからない混乱と、私の行動ターンが終わった時に何が来るのかわからない恐怖。


 理性ではトウヤ君がそんなことする訳ないと理解している。これは単なる試合で、しかも私から仕掛けたことだ。

 だが、それ以外のところでは、『ありえなくはない』という結論が出てしまっていたのだ。

 こちらが全力でやった以上、彼も全力で対抗してくる可能性が僅かながらも浮上してしまったのだ。


 得体の知れない恐怖が、足下から這い上がってくるのに、私は耐えられなかった。



 そんな思考の中で、せめてもの抵抗として発動した魔法は、水派生氷系統の中級に位置する『氷の柱アイスピラー』。氷の柱を発生させる魔法だ。


 混乱と恐怖に満たされた思考の中でも、しっかりと私は対策を考えていた。

 要は、風も雷も冷気もダメなら、"柱"という物体で直接押し出してしまえばいい。

 せめて私は、彼が何かしらの対応をするところを目に抑えておきたかったのだ。


 パキッ! と地面の氷にヒビが入り、次の瞬間にはそこから半径4m程の巨大な氷の柱が出現した。

 それはトウヤ君の足下から出現しており、私の目ではトウヤ君が避けたようには見えず、そのまま氷の柱は上空までつき登る。


 少し訓練場が壊れてしまうかもしれないが、そこはギルドマスター権限で目を瞑ってもらうしかあるまい。


 氷の柱の成長速度はとても早い。トウヤ君が何もしなかった場合、氷の柱に押し付けられる形になっているはずだが……


 ピシピシッ!!


 「っ!?」


 直後、氷の柱の上面から底に掛けて、亀裂が走った。

 驚きながらも行く末を見守ると、次の時には氷の柱は凄まじい音を立てながら、木っ端微塵に粉砕されてしまった。

 拳ほどの欠片にすらならないほど、粉々に砕かれてしまったのだ。


 「………」

 

 私は驚きから声を出せないでいると、やはり氷の柱に押し出されていたのだろうか、空からトウヤ君が降ってきた。

 もちろんその落下でダメージを受けてくれることなどなく、直前でフワリと落下速度が遅くなると、そのままスタっと地面に降り立つ。

 重力魔法で重力を操ったのだろうが、私には魔法を使ったことが一切わからなかった。


 だが、先ほど氷の柱を粉砕したカラクリは明らかとなった。

 彼の手には、いつの間にか氷の剣が握られていたからだ。


 「……ギルドマスター、そろそろいいですかね?」

 「ッ!!」


 その言葉に私は身構える。一切の油断なく杖を構え、いざとなればこの杖の能力を余すことなく発揮するつもりでだ。

 そして、その心構えは正解だったと言えよう。

 私の顔の強ばりをどう受け取ったのかは分からないが、トウヤ君は微笑を浮かべながら口を開いた


 「ここからは、俺のターンですよ」

 「『転移テレポート』ッッッ!!」


 私が直感に従い、ギリギリまで後ろに転移で逃げた直後、『絶対零度アブソリュートゼロ』によって出来た氷が、トウヤ君が立っている場所を起点にして全て消し飛んだ。

 相変わらず何をしたかは分からなかったが、私が今ヤバイ状況になっているということだけは理解出来てしまった。


 「さぁ、第2ラウンドと行きましょうか」

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