第43話 不本意だが本意でもある

 今日の分をどどん。明日はようやく刀哉が腕を振るってくれます。戦闘的な意味で。


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 「なぁ幹!!」

 「なんだっ、塗々木!! 俺は、お前と違って、休めないから、手短に頼む!」

 「それは悪かった! お前の『神気一閃しんきいっせん』でこの魔法を一掃できないか!」

 「分からん!」


 何やら京極君と門真君がアクロバティックに動きながら会話している。というか、京極君は途中途中影に入って休んでいるが、門真君は動きっぱなしだから受け答えに辛そうだ。

 俺としては今のところこれ以上なにかするつもりは無いのでフィールドから出ている。まぁ取り敢えず見届けようか。


 縦横無尽に駆け巡る様々な色のボールを、体操選手も真っ青な見事な動きで回避していく京極君と門真君。

 特に京極君の軽やかな動きはまさに忍者……いや、『NINJAニンジャ』だ。

 門真君の方は的確に剣で防いだり回避をしたりとしているが、少し消耗が目立ってきている。戦闘スタイルの違いが現れているな。


 ちなみに黒澤君と天貝君は無言となって避けることに専念しているが、既に全員1度以上は被弾しているのだ。

 疲れも出てくるし、全員が倒れて動けなくなったら終わりだろうか。


 「悪い! 5秒だけ守ってくれっ!」

 「了解!」


 門真君が指示をすると、京極君達が集まり、門真君に向かって飛んでくる魔法を各々の武器で無理やり弾き返していく。

 弾き返す度に体が仰け反るので、体力の消耗は半端じゃないだろう。だが、5秒ほどなら行けると見たのか。

 その間に門真君は、普通の剣からいつの間にか神々しい聖剣(仮)に取り替えていて、中腰になって構える。


 「よし、下がれ! 『神気一閃』ッッ!!!」


 合図ともに京極君が影の中に消え、それを聞いていた天貝君や黒澤君も魔法に当たらないようにしつつ門真君の攻撃の範囲外まで下がる。

 門真君の剣が光のオーラを纏い、光の粒子が舞う。

 そして大振りに剣を振るい、そこから派生する衝撃波が、門真君の前方を扇状に薙ぎ払い、俺の魔法を尽く消していく。

 消滅した魔法から魔力の残滓が漂い、門真君が出した衝撃波は、周囲の結界に阻まれて消える。


 「はぁ、はぁ……よし! これで大部分、は……」

 

 門真君が最後まで言い切る前に、目の前の光景に目を見開く。

 門真君の攻撃により、その殆どが消滅したと思われる魔法。しかしそれらは消えたのではない……

 魔力を集めて、再生というプロセスを経ることで、消えた魔法達は全てがその場に復活した。

 無論、威力も速度も、何ら変わりないまま。

 

 「どう? 厄介な魔法でしょ」

 「そ、そんなああああああああああ!!!??」


 とうとう門真君もおかしくなり始めたか。もし回避という動作をしていなければ、頭を掻き毟りそうな勢いだ。

 京極君も顔から表情を無くしている。影にあまり入らないのは、もう魔力が底をつきそうだからか。


 ちなみに俺も今日は結構魔力を使った。ぶっちゃけ最上級魔法を使うよりも、初級の魔法を大量に使う方が魔力の消費が激しいことに気づいたのだ。

 そりゃ、50個も出せば魔力の消費も激しいだろう。それに加えて結界に最上級回復魔法だ。今は[消費魔力軽減]のスキルは封印解除していないのもあるが、やはり同時発動というのは大変なのだ。

 思考関連スキルを解放しなきゃいけないほど、俺の思考にも負荷がかかってるしな。

 

 「………」

 「あの、さっきから何故見てるんですか。というか、夜菜さんの方は終わったんですか?」


 ふと、無言でこちらを見てくるギルドマスターに俺は振り返りもせずにそう言った。先程からずっと視線は感じていたのだが、いよいよ耐えきれなくなった。


 「……ヨルナちゃんの方は今は自主練中。それより目の前の光景についていくつかツッコミたいんだけど、いい?」

 「嫌です」

 「即答しないでくれる?」


 ツッコミ入れたいとか、虐めたいんですかね。


 「あらかじめ言っておきますが、俺の正体はバラさないで下さいね? 今は取り敢えず第一階級アインスの探索者はこれぐらい出来るってことで丸め込んでいるので」

 「うん、絶対丸め込めてないよね」


 俺はそれに対しては何も言わずに続ける。


 「なので、多少のことに関しては、ギルドマスターは普通の顔をしててください。後々バラすつもりではありますが、それまでは隠すつもりなので」

 「……そういえば、私はなんで君が勇者として活動してないのか気になるんだけど」


 ギルドマスターの言葉に、俺は無言で首を振った。

 他国で殺されそうな目に遭いました、と言うのが嫌なのではなく、何でもかんでも教えるのは良くないかなと思ったからだ。

 『少しは謎を残しておいた方が、なんとなくミステリアスで面白そうだしな』というバカ丸出しの考えなのも否定はしない。


 「そうかい。じゃあ代わりに、あの魔法の原理を教えてくれるかい? 魔力を再び送ったようには見えなかったんだけど」

 「それも秘密……というか、教えても使えるかはわからないので、言わないでおきます。何でもかんでも教えると、後で寝首を搔かれそうなので」

 「万が一にも有り得ないよ。危険物には余り刺激を与えず、遠くから見守る主義なんだ」

 「その危険物って俺ですか? 別にそんな危険な自覚はありませんが」

 「見る人によっては危険なんだよ、君は」


 意味深な言葉を告げるギルドマスターに、その言葉の真意を聞こうとするも、それより先にギルドマスターが言葉を紡いだ。


 「それと、魔法を使う時は、あまり数を増やさない方がいいよ」

 「分かってますよ、これが普通の数じゃないことぐらい。変に勘ぐられても困りますし」

 「いや、それもあるけどね。君が最大でいくつの魔法を使えるかはわからないけど……」


 ギルドマスターは、若干の畏怖のようなものを込めた目で、こちらを見てきた。


 「多種多様な魔法を50も扱うような存在を、私は"魔王"以外じゃ知らないから」


 ギルドマスターがそう言うと同時に、とうとう脱落者が決まったようだ。

 スタミナ切れからか、バタッと倒れた天貝君を見て、俺はギルドマスターの言葉の意味を少し考えながら、仕方なく魔法を消した。



 ◆◇◆



 「じゃ、天貝君は罰ゲームとしてスクワット500回ね」

 「……罰ゲームなんて聞いてないです」

 「今考えたからね。じゃないと、頑張った他の3人が報われないだろ?」

 「……分かりました………」


 渋々、1番体力が無い天貝君がスクワット500回という罰ゲームをすることに。

 地球の頃じゃ絶対冗談以外じゃ使われない罰ゲームだが、この世界なら500回ぐらいなら出来るだろうと見込んでのことだ。

 時間はかかるだろうが、出来ないことは無いはず。罰ゲームなんだし、せいぜい頑張ってくれよ。


 「これで回避力が上がったと見るけど、実感湧く?」

 「回避力というか、警戒力的なものが上がりましたかね。今も常に全方位警戒していなきゃ落ち着かないぐらいにはなってます」

 「俺は、何時か貴方に仕返ししようと本気で思うぐらいには、あの訓練を憎んでますけど」

 「………」


 悪い方向にこじらせてないことを願うばかりだな。常に警戒してたら疲れるだけだしね。

 ちなみに黒澤君はふてくされてます。訓練終了した直後に斬りかかってきたから、それを素手で軽くいなしただけなのだが、それが気に入らなかった様子。

 先に手を出したそっちが悪いのだ。


 「そう言えばギルドマスター。夜菜は何をしてるんですか?」

 「あの娘は今イメージ訓練中。無詠唱でも魔法の威力を落とさないようにってね」


 目を瞑って集中している様子の夜菜ちゃんを見ながら門真君が聞くと、ギルドマスターはそう返した。

 イメージ訓練なら俺の出番だが、ギルドマスターの立つ瀬が無くなるのも可愛そうだ。ここは見送ろう。

 後でこっそり教えてやるのもいいかもしれない。


 「さて、休憩は済んだろうし、訓練の続きを……」

 「いやいやいや、まだ全然休憩してないですって!」

 「まだ殆ど魔力回復してないですよ。怠さが残ってます」


 俺がさっさと訓練の続きに移ろうとすると、門真君と京極君が引き攣った顔で首をブンブンと横に振った。

 もう休憩して30分ぐらい経っているしな……


 「まだ休憩必要?」

 「後1時間ぐらい休まないと、激しい運動はキツイですって。真面目に」

 「……じゃぁ仕方ない。譲歩して45分ね」

 「それでもキツイって……」

 「だらしねぇな。まだ休憩が足りないのかよ」


 そう言ったのはさっきまでふてくされていた黒澤君だった。

 黒澤君はいつも使っている大剣を片手に持つと、それをブンブンと振り回して自分の体力をアピールする。


 「学は魔力使ってないからだろ? 俺達は魔力も使ったからなぁ。体力だけならとっくに回復してるって」

 「ハンッ! 魔力に頼ってるからだっつーの。俺は一切使わず乗り切ったからな」


 言ってることは正論だ。条件は同じ中で、魔力を使わないで最後まで行ったのは凄いだろう。


 「ちなみに1番被弾が多かったのは黒澤君だよ」

 「おいテメェ!! なんてこと言いやがる!!」

 「人のこと言えないな」

 「ホントそれな」

 「こんのっ……!!」


 俺が意地悪でそんな事を言えば、あーだこーだと門真君と京極君が煽り、黒澤君が怒り狂う。それでも何処か日常的な雰囲気があるので、割といつもの事なのだろう。

 

 「じゃあ45分間休憩ね」

 「あ、やっぱりそのままなんですね……暇なのでトウヤさんなにかしてくださいよ」


 俺の無慈悲な言葉に京極君が悲しそうな顔をすると、代わりにということなのか、そんなことを言ってきた。


 「なにかしてって……特に持ちネタがある訳じゃないんだけど」

 「なんでもいいですよ。45分でいいので何かやってください」

 「えー? いや、そんな事言われてもな……」


 なんで見世物のような事をしなければいけないのか。


 「じゃあ誰かと戦ってくださいよ。俺たちだけが疲れるような目に遭うのは理不尽です」

 「そーだそーだ」

 「違いねぇ」

 「君たち、ここぞとばかりにね……さっきの魔法やってたの俺だよ? あれ凄い難しいんだよ?」

 「でもトウヤさん疲れてないじゃないですか。トウヤさんが疲れるようなことを見せてくださいよ」

 「そーだそーだ」

 「違いねぇ」

 「それこそ理不尽な……いや、京極君と黒澤君は便乗してるだけだよね?」


 コメディじゃないんだから。ノリが良いのは構わないけど、こうも相手に回られるとウザったいな。

 ホント、樹と拓磨を思い出す。


 「だいたい戦う相手がいないじゃないか。いくら俺でも架空の相手を生み出すことは……多分無理だよ」

 「今の間が気になるのですが……ほら、ギルドマスターが居るじゃないですか」


 その言葉に、俺は少し横を見る。

 俺と目が合うと、ギルドマスターは『え? 私?』と言うように自身のことを指で指してハテナを浮かべる。

 

 「ギルドマスターなら相手にとって不足は無いんじゃないですか? 俺の目から見てもギルドマスターはとても強いでしょうし」

 「お? おぉ? やっぱりそう見える? いや、私もギルドマスターだからねぇ、まぁ当たり前というか」

 

 門真君の言葉に、気を良くしたのかそんなことを言いやがるギルドマスター。

 調子に乗ってるよね?


 「(ギルドマスター、そんな事言ってると俺と戦うハメになりますよ?)」

 「(いやいや、構わないじゃないか。勇者がそれを求めているのだから、それに応えるのが従者の使命だ)」

 「(俺は勇者の従者じゃないんですが……)」


 ボソボソと俺が言うも、どうやら満更でもない様子。意外と戦うことに乗り気というか、えぇ……


 「(それに、君の実力も未知数だからね。それを考えれば、ここで君と戦うのも面白いというか)」

 「(俺のことを恐れてるんだか面白がってるんだか分からないですね……)」

 「(それはそれ、これはこれだよ。お互い見られてもいい技だけで戦えば、問題ないしね)」


 それってどれだよ。これってなんだよ。それに見られてもいい技って、見られちゃダメな技があるわけじゃないんだが。


 「ふふん、そこまで見たいのなら仕方ない。私が直々にトウヤ君の相手をしてあげるよ君達!」

 「おぉ! ダメもとで言ってみたら意外と行けたぞ!」

 「おいちょっと待て」


 門真君ダメもとで言ってたのかよ。なんて迷惑なことをしてくれやがる。

 前に、『気使いができるリーダー』とか言ったのは訂正だ。こいつは拓磨のように、ふざける所でふざけるやつだ!


 「そう嫌そうな顔しないでよ。あっ! もしかして自信が無いとか?」

 「……まぁいいでしょう。俺も少し体を動かしたかったところです」


 その挑発するギルドマスターに、俺は仕方ないとばかりにそう呟く。

 だが、俺は生憎煽り耐性が低いんだよ、ギルドマスター。


 「俺の故郷には、『やるからには全力で』という言葉がありましてね……最近はやり甲斐のない相手ばかりで、少し体が鈍ってるんですよ」

 「へ、へぇ、それはお気の毒。この際だから私と戦ってしっかりと解しておいたら?」

 「えぇ、もちろんそのつもりですよ……」


 俺は『無限収納インベントリ』から『智龍の指輪』を取り出して、おもむろに指に嵌める。


 「……ねぇトウヤ君や、その指輪はなんだい?」

 「いや、やるからには最強装備で行かないとですよね。最近手に入れたんですよ、この指輪。迷宮産だそうですよ」

 「……ちなみに何階層あたり?」

 「何階層だと思います?」


 ニヤニヤ、と今度は俺がそんな笑みを浮かべる。そして比例してギルドマスターの顔が段々引き攣っていく。


 「ま、まぁ大丈夫。私だって伊達にこの位置に収まってるわけじゃないからね! さっきは遅れをとったけど、そう簡単に私に勝てるわけがないよね」

 「そうだといいですね」


 俺の言葉に、何を感じ取ったのだろうか。ギルドマスターが身構えるようにする。


 「……わ、私もちょっと装備を整えてきていいかな?」

 「ご自由に。時間はありますから」


 余裕綽々とした態度に、ギルドマスターは少し怒ったような顔をしながらも、転移でどこかに消えた。

 しかし、装備を整えるね……

 流石に100レベを超えているギルドマスター、しかも恐らく本気装備を相手に、現状のステータスで挑むのは失礼だよな?


 「フフフ……今回は楽しませてもらいますよ」


 俺は一時的にスキルの封印を必要なものだけ解除し、パラメータを8割方解放する。

 封印を解除すれば、恐らくレベルが上がってしまうはずだ。できるだけ溜めてからレベルを一気にあげたいので、今はここで留めておこう。

 久しぶりに解放したスキルも幾つかあり、体に力が漲ってくるのがしっかりと認識できる。


 ───あぁ、恐らく今の俺なら誰にも負けないような気がする。


 別にまだ全力でもないのに、俺はそんな全能感に身を浸していた。

 

 いつも元のパラメータと比べたら低すぎる数値で戦っていたのだ。

 迷宮に行く時は1〜3割ほど。勇者と訓練する時は0.5割ほど。

 それが今は、8割ときた。スキルも結構解放した。


 「たまにははっちゃけても許されるだろうしな」


 色んな魔法の威力を試してみたい。現在の俺の動きを見ておきたい。

 本気を出すつもりは無いし、単なる試合ではあるが、俺はその中で最大限楽しむこと考え、不覚にも笑ってしまった。


 その時の俺の笑みを見ていた黒澤君が後に、『悪魔のような微笑み』と語ったのだが、この時の俺は知る由もなかった。

 

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