第5章 迷宮国家 勇者育成編

第1話 勇者に勇者をつけるってどうなの



 「ふんふふんふ~ん」

 「あ、トウヤさん、おかえりなさい! なんか御機嫌ですね」


 鼻歌を歌いながら宿の扉を開けると、受付に居たラウラちゃんが出迎えながらそう言った。


 「いやね、この前無くした素材がまた見つかったんだよ」

 「ホントですか! 良かったじゃないですか!」


 まるで自分のことのように喜んでくれるラウラちゃんに、俺も笑みをこぼす。なんと言うか、元気を分けてもらえるというか、そういう所が凄いなぁと思う訳で。


 「それで錬金術をまたやるんですか?」

 

 ラウラちゃんが至極もっともなことを聞いてきたが、俺はそれに首を振った。


 「いや、まだ先送りにしようと思ってる。今は迷宮に集中したいからね」

 「そうなんですか。じゃあ、迷宮探索頑張ってください!」


 今は探索というより鍛錬なんだけどなぁ。

 そう思って、若干の苦笑いを含んだ笑いを俺は出した。



 ◆◇◆




 「トウヤさん、お疲れ様です」

 「あ、どうも」

 

 その後、今日の宿代を払ってから探索者ギルドに移動すると、受付嬢さんがすぐに俺のことを見つけてくれる。

 こう、毎回自分のことをすぐに見つけてくれると少し期待してしまう俺がいる。ただ受付嬢さんの場合、俺が第一階級アインスであることもあると思うし、好意はあっても恋愛感情はないはず、と夢は見ないようにしている。

 期待した後の絶望感と来たら、ヤバイからね。


 「素材の納品ですか?」

 「いえ、従魔の登録をと思いまして」


 そうそう、ここに来たのはグラを登録するためなのだ。

 俺は、ずっと服の中に収納していたグラを呼びかけて、外に出す。


 「このスライムの従魔登録なんですが、可能ですか?」

 「え? ふ、服の中から……? あ、いえ、はい。少々お待ちください……あった。えぇと、この書類にサインをしてくだされば問題ないですよ」


 受付嬢さんは、出てきたグラに一瞬呆気に取られたあと、動揺しながらも紙とペンを渡してくれる。

 どうやら契約書のようで、内容としては、従魔の管理の義務、従魔の行ったことは全て飼い主が責任を取ると言った内容のようだ。特におかしなことは書いていないので、俺はそれにサインを書くことに。

 サインって普通に名前を書くだけでいいんだろうか? と思いつつ、結局筆記体で書いた次第。この世界にアルファベットがあって良かったと思う。


 「これでいいですか?」

 「……はい。問題ありません。従魔の登録が完了です」


 柔らかく微笑む受付嬢さん。美人の笑顔は見るだけで悩殺されそうだ!

 世才遺産並みだよなやっぱり。人類の秘宝、最終兵器、人間国宝……etc。


 俺の脳内で、『受付嬢さんは人類が守るべき宝』という結論が出てから、俺は用が済んだので外に出ようとする。


 「では俺はこれで……」

 「あ、トウヤさん、そう言えばギルドマスターが呼んでましたよ?」


 ……ウッソーン。性悪ギルドマスターが呼んでるのー?

 露骨に嫌な顔をしつつ、俺は受付嬢さんの方を振り返る。


 「そ、そんな嫌そうな顔をしないでください。大事な話だそうで……」

 「……はぁ。分かりました。今から行って大丈夫ですか?」

 「あ、はい! 『トウヤ君が来たら来るようにと伝えるように』とのことでしたので、問題ないと思います」


 しかし、泣きそうな顔をする受付嬢さんを、俺は無下にすることが出来なかった。


 俺が答えると、途端『パァ!』と花が咲いたような笑顔を見せる受付嬢さん。あぁ、俺はこの笑顔を見るために戦ってるんだなって、今確信した。

 この笑顔を見るためなら、ギルドマスターと話すのもやぶさかではない、と先程までの心はどこえやら。自分は結構現金であると自覚させられるな。


 そもそも受付嬢さんは悪くない。悪いのは最悪の初対面を印象づけたギルドマスターなのだ、と俺は自身に言い聞かせつつ二階へと赴く。

 学校の職員室の前の廊下的な感じは、多少緊張しないでもないが、もうあのギルドマスターに関しては多少の礼儀は殴り捨てても問題ないと思うのでそれで相殺。

 つまるところ、恐れる必要は無いということだ。


 ……いまスキル封印もパラメーター低下もマックスで付けてるから、またギルドマスターの"おふざけ"をやられたら凄い危ないけどな。


 ギルドマスターの部屋を、二回ほどノックしてから入る。返事は聞いていない。


 「まだ返事してないんだけど、誰?」

 「刀哉です。受付嬢さん経由で呼ばれたので来たんですが」


 入るとギロッと睨まれたが、ギルドマスターは俺だとわかるとすぐに顔を変えた。

 どちらかと言うと、緊張する感じで。


 「……あの、何か?」

 「い、いや、何でもないよ。悪いね、ちょっと雑務に追われてて。それでどうしたんだいトウヤくん」

 「貴女が俺を呼んだんでしょう? 受付嬢さんから呼んでると言われて来たんですが」

 「あぁ、それか。うん、大事な話だから、とりあえずそこに座ってくれないかい?」


 ギルドマスターは応接用のソファを勧める。素直に座って、俺は早速話を聞き出すことに。


 「それで、どんな話なんです?」

 「率直に言うと、ここの勇者達の日程が知らされてね。4日後に国王が直々に勇者の存在を公にし、その時に勇者のお披露目もある。それで、その内3割が迷宮に挑むらしいんだよね」

 「はぁ、確かここの勇者は38人でしたよね? その3割となると、11人ぐらいですか」

 「まぁそんな感じ。残りは冒険者か学校に行ってるみたいだね」

 「……何気に自由なんですね。国内で温存とかはしないんですか?」

 「勇者の扱いは各国で共有している。これは国際会議で決まった内容だよ」


 なるほど。国際会議から外れたことをすれば、それは正当な理由がない限り、勇者の不当な扱いとみなされそうだ。


 そんな、国同士の知略とか外交とか俺は小説で読んだ程度しか知識が無いが、勇者を召喚した国同士で取り決めをしておけば確かに変な行動は起こせないというのは分かる。


 ということは、ルサイアの方でもその選択肢があるということか……あっちの勇者奴らは精神的にキツそうだったし、学校に行くのを選ぶやつが多そうだ。

 そこは拓磨がうまくやってくれると信じよう。叶恵と二人でやってくれていれば、まず男子はある程度元気を出す、はず。


 「それで、迷宮に勇者を行かせるのはいいんだけど、やっぱり同行者は欲しいんだよね。まだ弱い勇者だけど、素質やスキルなんかは一級品だ。そんな最高級の雛をしょうもない事で失うわけには行かない」

 「ギルドマスターが行けばいいのでは?」

 「私はここから離れられないのさ。確かに私は第一階級アインス探索者で、私に勝てるものもなかなか居ないだろう。迷宮内でも、150階層を超えない限りは私1人でも問題ない。だけど、あくまでも私はギルドマスターなんだよ。この街から離れるわけには行かない。なにより、緊急時に探索者を動かせるのは私だけだからね」

 「……難しい話ですね。最高戦力を自由に動かせないなんて」

 「世の中そういうものさ。まぁ、そういう事だから、勇者達を見守りつつ、危険になったら咄嗟に反応できる人がいいんだけど……」

 

 そう言うと、露骨にこちらに期待の眼差しを向けるギルドマスター。『チラチラ』ではなく、『じ~』なんだよな。しかも満面の笑み付きで。


 まぁね、確かにギルドマスターも美人ですよ? でもね、どうも苦手意識があるというか。

 喋らなければ美人という言葉が脳裏を過ぎる。


 「……というか、俺以外の第一階級アインス探索者はどうしたんですか?」

 「みんな迷宮に泊まり込みさ。君ともう一人を除いて出払ってるよ。パーティーでの移動が基本だから、誰かしら出てる時は、必ず2、3人は居ないよ」

 「何ともタイミングの悪い……では、なりたての俺より、もう一人の方を当たっては?」

 「彼女はこの街の冒険者ギルドのギルドマスターだよ」


 おいおい、なんでこうもタイミングというか、運が悪いのか。俺の幸運さん職務放棄してないですかね? 頑張ってくれよ。


 「……勇者の性格と力量を見てからですかね。言っときますが俺は実力以外、精神とか考え方とかは普通の、それこそ一般人と同じですよ。特別忍耐強かったりはしないんで、キレたら相手が勇者だろうが国だろうと、実力行使に出る可能性は有りありですからね?」

 「……それは………なんとしても回避したい事案だね」


 引き攣る頬をどうにか抑えているギルドマスターを見て、俺は思う。


 俺がキレた場合、勢い余って最上級魔法とかぶっぱなしそう。無論、[並列思考]を使えばある程度は怒らずに脳内で保留できるが、あまりにも酷いとやばそうだな。


 俺の魔法は上級魔法でさえヤバいんだ。最上級魔法、しかも手加減無し───いつもはあえて低出力にしているのだが、それでも過剰火力になる───でやった場合、範囲とか効果とかマジで街一つぐらいなら軽く壊せるんじゃないか?


 「……まぁ、俺は相性悪いと判断したら降りますよ。自分のためにも、周りのためにも」

 「……ここが妥協点かな。わかった、それで構わないよ。最悪第二階級ツヴァイの探索者に頼むさ」


 第二階級か……レベル的にはグレイさん並? いや、もう少し下だろうか。

 このギルドマスターは恐らく普通じゃないから比べられないし、俺は探索者だとあの躍動する筋肉以外のステータスは知らんから、判断基準にならん。


 一度、第一階級アインス探索者のステータスを拝見したいんだが、後で機会が無いだろうか。

 おっと、あとこれも重要と俺はギルドマスターへお願いを。


 「え~っと、『偽装』」

 「ん? んん? ……その姿はなんだいトウヤ君?」

 

 取り敢えず最初にと、[偽装]で自身の姿を金髪碧眼に変えてみた。顔や身長なんかは動作に違和感が出るから変えていないが、色を変えるだけでも意外と日本人からは離れる。


 最初に見た時はハーフの人かと思った。中々似合ってたし気に入ってる。

 なお、自分の顔である。ナルシストの気があるかどうかの自問はしない。


 「黒髪黒目で刀哉という名前だとあれなんで。これならパッと見だと分からないでしょう」

 「確かにそうだね。それなら誰も君を異世界人だとは、多分思わないだろうね」


 うん、確かにその通りなんだが、頼むから口に出さないでほしい。一応俺は勇者、異世界人というのを認めていないんだが……。

 ま、ギルドマスターの中では最早確定なんですね。


 「取り敢えず、基本俺はこれで行きますよ。一応受付嬢さん……メレスさんにはギルドマスターの方から言っておいてください。第一階級探索者のトウヤは、これということで」

 「了解だよ。それと、あと4日後、勇者公開当日に勇者との顔合わせがあるけど、大丈夫かい?」

 「問題ないかと。ギルドマスターも同席するんですか?」

 「ここでやるからね」

 「なるほど」


 それなら最悪何かあってもギルドマスターのせいに出来るな。生贄は多いほど好ましい。


 「まぁこの位かな。なにか聞きたいことある?」

 「そうですね……あ、勇者に同行するにしても、具体的には何をすればいいんですか?」

 「あぁ、それは簡単。基本は後ろで見守ってて、危なくなったら割って入る感じかな? ただ多少の危険は目を瞑る感じで。やっぱり勇者には早い成長を期待したいし」


 中々ブラック。命の危機が迫ったら助けるけど、致命傷一歩手前までは放置か?


 回復魔法……いや快復魔法使うことになりそうかも。後で使える魔法確認しとかなきゃ。


 てか、そもそもどれが危険でどれがギリギリ大丈夫なのか見極められるかどうかも問題だな。


 そう言えば今更だが、勇者の平均レベルはまだまだ下の方。俺も同じ時期に召喚された勇者なのだが、現在は100越え。何がこう違うのか。


 そしてそうなると、レベル200超えてるとかいう魔王はマジでどのぐらい強いのか。勇者でも、倒せるぐらい強くなるまでに結構かかるんじゃあるまいか。

 オンラインゲームのレイドボスみたいなもんだろうか。


 「取り敢えず、了解です。それと、これ大丈夫です?」

 「うん? あぁ、とても似合ってるから安心したまえ」

 「そうですか」


 うん、突然自身の姿が不安になってギルドマスターに聞いてしまった。

 自分では似合ってると思っても、周りから見たら……みたいなことがないとは限らない。

 まぁ、ギルドマスターの感性がおかしい可能性も否めないが。


 もう話はないようなんで、一礼して俺は退室。

 それにしても、終始……という程ではないが、気になる程度にはギルドマスターの視線がおかしかったのだ。


 まぁ、本人が何も言わない以上聞くべきではないだろうとスルーしていたのだが。


 「にしても、後4日ね……」


 一言、これからのことを考えて呟く。


 他の勇者と接触する以上、俺が勇者だと気づかれてはならない。


 何せ、こちとら既に死んだ身である。いつかは普通に過ごすが、勇者は国から管理を受けている存在である。これから接触する勇者も、どこかで国に監視なんかがされている可能性はあるだろう。


 それを前提に置くと、俺の実力はともかく、勇者であることを気づかれた場合、どこからか他国に漏れたり、この国が俺を囲ってくるかもしれん。


 自意識過剰というか、考えすぎならばいいのだが、常に人材を確保しようとあの手この手を出してくるのが国という存在だと思っている俺からしたら、有り得るという結論に。


 自身の実力の隠し方、発言への注意、勇者以外の存在の確認……気にするべきことは沢山だ。


 「ま、今は取り敢えず鍛錬でもして、技術の向上に励むしかないか」


 やることは沢山あるが、現在やれることは少ない。


 考えたのなら取り敢えずはと俺は、ずっと気を利かせて存在を消していたグラと共に迷宮へと向かった。

 

 


 

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