第59話:懐かしいやりとりと重み

「ハヅキが戻ってきたぞ!」


 慌しく扉を開けて入ってきた男の人が、ぜいぜいと息を乱しながら叫んだ。

 

「しかもとんでもねぇ数の冒険者を引き連れて! それに!」


 そこへ思ってもいなかった人がひょっこりと顔を覗かせて、あたしは自分の目を疑った。


「あ、どもー。あんな後でちょっと恥ずかしすぎるんだけど……戻ってまいりました」


 腰までまっすぐ伸びる、美しい金髪。

 傷ひとつすらない、真紅の鎧。

 そして本人とは残念ながら似ていない完璧なプロポーションと、本人そっくりの明るく優しい笑顔……。


 ミズハさん……ミズハさんだ!

 

 俄かには信じられなかった。

 だって、だって。

 神様に消されちゃったと思ってたし。

 もう二度と会うことも出来ないんだろうなと覚悟もしていたミズハさんが、いつもの変わらない笑顔で、またあたしたちの世界に戻ってきたんだもん!

 

「えっ!? なんでねーちゃんまで戻ってくるんだ!? あんた、BANされたはずだろ?」

「いやぁ、それが私にもよく分からなくて。新しくアカウントを作り直そうとしたら前のがまだ残ってて、あれもしかしてまだ使えちゃったりするのかなって試してみたらまさか」

「使えてしまった、ってことか」


 まさかそんなことが、と周りはうるさいけど、そんなのあたしには関係ない。

 とにかくミズハさんとまたこうして出会えたことが嬉しいんだ。 

 

「ミ、ミズ……ハさん……」


 分かってる。

 話しかけたら呪文が消えちゃって、魔族になったあたしの姿をみんなの前に晒さなくちゃいけないのは分かってる。

 でも、それでもいい。ミズハさんに話しかけ……わぷっ。

 

「それ以上話すでない。魔法の効果が切れてしまうぞ?」


 突然、誰かに口を塞がれた。

 いや、正確には誰かに後ろから飛び乗られた上で、その人があたしの口を手で塞いできた。


 な、なんだ?

 いや、それよりもなんで?

 あたしの姿って誰も見えないんじゃないの?


「まったく、この角は掴まるにはちょうどいいが、口を塞ぐにはちょっと邪魔じゃのう」

「へ? この声はまさか……?」

「しばらく見んうちに魔族になっておるとは、さすがのわらわも驚いたのじゃ、キィよ」

「ド、ドラコちゃん!?」

「いかにも! わらわは六文字を誇る紅蓮のドラゴン、ドラコことアリスローズなのじゃ」


 あたしの背中でドラコちゃんがえへんと胸を張る。

 なんだか懐かしいやりとりと、懐かしい重みだった。


「てか、なんであたしの姿が見えてるのさ!?」

「むぅ、相変わらずじゃのう。人間相手の魔法なぞ、わらわに効くはずもなかろう? ちなみにわらわも同じ魔法を使こうておる」


 あ、そう言えば、この魔法って「には見えなくなる」って魔王様も仰っていた。と言うことは魔族には無効なのか。


「そ、それじゃあ、どうしてここに?」

「全部魔王のせいじゃ」


 ドラコちゃんが感心したようにその名を告げた。

 

 

 

 なんでもドラコちゃんはこの世界がどういうものか知っていたらしい。

 とは言っても勇者様やミズハさんたちと同じように神様が乗り移っているわけじゃなく、神様に作られたこの世界の管理者なんだそうな。

 

「であるからわらわは時々運営へと赴き、今後の運営方向などの会議に出ておるのじゃ」

「へー。でも、そんなことあたしに話しちゃっていいの?」

「構わぬ。キィはこの世界の住人じゃが、もはや例外的存在じゃからな」


 ほー、あたしが例外……魔王様にあっちの世界に連れて行ってもらっただけなのに、なんだか偉くなったもんだ。

 

「で、今回の騒動について当然呼び出しをくらった。成り行きとはいえ、しばし魔王と共にしたのじゃからな」

「え、呼び出しって何か怖そう」

「怖いぞ。運営はやろうと思えばわらわでも一瞬で存在を消してしまえるほどの力をもっておるからの」

「うええええ!? ドラコちゃんを!?」

「当然じゃろ。なんせ世界の存亡すらも運営の手の内にあるのじゃから」


 あ、そうか。

 

「そしてわらわが運営のお偉いがたを前に事の経緯を話しておった時のことじゃ。魔王がひょっこりとわらわのいるパソコンに入ってきよった!」

「おおー、さすがは魔王様」

「そうじゃな。さすがじゃ。で、混乱する運営を前にして世界の存続を訴え始めおったのじゃ」


 とは言え、話し合いは難航を極めた。

 魔王様としては神様の勝手な都合で世界を消されてはたまったものではないと、こちらの世界側としては当然の主張を繰り返したものの、神様たちだって金儲けのために作ったこの世界がその役割を果たさない今、これ以上の存続は無意味だという考えを変えようとしない。


「このままではいつまで経っても埒が明かない、誰もがそう思った時、不意に魔王の姿が消えたのじゃ」

「へ? なんで?」

「後で聞いたら魔王の第六感って奴らしいの。別のところで物事が進展しそうな匂いを嗅ぎつけたそうじゃ」


 魔王様の正直言ってよく分からない不思議能力、出たーっ!

 

「そして帰ってきた魔王の提案がついに運営の心を動かした」

「おおっ! てことは世界は助かったってことですか!?」

「いや、それはこれからの勇者たち次第じゃ」

「へ? ってことは……」

「とにかくじゃ、その関係で今回のミズハの件は見逃されることになった」


 ドラコちゃんが言葉を濁したのは分かった。

 だからなんとなくだけど、魔王様の提案した内容も分かったような気がする……。


 それは想像するだけで胸の奥がきゅーと痛む。だけどあの魔王様がそれしかないと決断したうえでの提案だったはずだ。その覚悟をあたしの傷心なひとことで少しでも穢すことは許されないような気がした。

 

「……そうなんですね。まぁ、ミズハさんが蘇ってくれたのは素直に嬉しいです」

「そうじゃな。さてキィよ、そろそろわらわたちも外へ出ることにしようぞ」


 言われて初めて、いつの間にか爆発する宝箱亭からあたしたち以外誰もいなくなっているのに気付いた。

 

「え? みんなどこへ?」

「決まっておろう。世界を救う勇者の帰還を迎えに行ったのじゃ」

「世界を救う勇者って……え、まさか……?」

「そうじゃ。あの勇者じゃよ」


 ドラコちゃんがおんぶされたまま、その太くて立派な尻尾であたしのお尻をぱんっと叩く。

 勢いでおっとっとと二歩、三歩とよろめくあたしの目に、酒場の開けっぱなしになった扉の外の光景が飛び込んできた!

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