第18話:いい目をしている。どうだパーティを組まないか?

「さて、話が少々脱線したが、勇者よ、よくぞこの世界に戻ってくれた」


 あたしがぷんすか怒るのに苦笑いしていた魔王様が急に表情を引き締め、勇者様の前に立つ。

 勇者様も魔王様の気配に気付き、訝しげな目つきで見つめ返した。

 この成り行きに、あたしも怒るをやめて様子を見守る。

 ドラコちゃんは……なんだか騒ぎ疲れて眠そうだ。


「ふん、戻りたくて戻ってきたわけじゃない。俺様の駄メイドがふざけたことを言ってたからお仕置きしにきただけだ。……それはそうと、キィの奴にこんなふざけた復活を思いつく頭があるわけない。お前の仕業だな?」

「さよう。おぬしには我が野望の為に蘇ってもらった」

「はっ。なんで勇者である俺様が魔王の野望を手伝わなきゃならんのだ!?」


 勇者様が怒気を強めた。


「よくも俺様を殺してくれたな。貴様が魔王だと知っていれば」

「余が魔王だと知っていれば勝てたか、勇者よ?」


 魔王様は余裕綽々。むしろ勇者様を挑発するような態度で迎え撃つ。

 さすがの勇者様でも相手が悪い……と思うんだけど。


「当たり前だ! 俺様は勇者の中の勇者だぞ、負ける理由がない!」


 どーんと胸を張って答えるって……一度殺されているのに、どこからそんな自信が来るんだ、この人?


 これには魔王様も呆れかえったような表情を浮かべている、と思いきや、こちらはこちらでニタァといかにも悪者っぽく笑ってるし!


 うーん、この人たち、絶対変!


「さすが。それでこそ蘇らせた甲斐があるというものだ。で、どうする、さっそく一戦交えるか?」

「望むところだ!」


 勇者様が床に落ちていた愛用の大剣を拾い上げ……ようとして手を滑らせた。

 不思議そうな表情を浮かべ、今度はしっかりと柄を握り締める。

 が、大剣はぴくりとも持ち上がらない。


「勇者よ、先ほどの自らの言葉を忘れたか?」


 ついには柄を両手で握り、ふんぬーと歯を食いしばって大剣を持ち上げようとする勇者様に、魔王様が今度こそ嘲るような表情で事情を説明する。


「今のお前は死亡ペナルティでレベルが1に戻ったのだ。その大剣を持ち上げられぬのは、つまりはそれを振り回せられるほどの腕力をも失ってしまったからであろう」


 ああっ、すっかり忘れてた。

 そう言えばドラコちゃんとやりあっている時に、レベルが1に戻ってしまったと勇者様が告白していた。だとすると、レベル1の勇者だと持てる武器はせいぜい棍棒ぐらい。大剣なんて持てるはずがない。

 

「ふ、ふん。バカめ、冗談に決まってるだろーが!」


 魔王様の言葉に一瞬ショックの表情を浮かべた勇者様は、それでもすぐに立ち上がり、はっはっはと笑ってみせた。

 実に涙ぐましい虚勢だった。


「俺様に武器なぞいらん。拳ひとつで貴様をぶっ倒してやるわ!」


 ついには素手で魔王様に立ち向かおうとする勇者様。

 やけくそにもほどがあるよっ!


「勇者様、さすがにそれはムリですよぅ」


 すかさず二人の間に入って、勇者様を止めにかかる。


「ええい、止めるな、キィ。ちゃんと勝算はあるのだ」

「ウソ!? どんな?」

「タコ殴りに殴ればひとつぐらい怪しげなツボにヒットして、ヤツの身体が内部から破裂するかもしれんだろうがっ!」

「そんなのは勝算と言わないよっ!」


 まったくもって、チャレンジャーすぎる。

 もはやこのおバカさんを止めるには必殺・股間蹴りを食らわすしかない、そう思った時だった。


「勇者よ、今のお前では余は倒せん」


 魔王様が床の大剣をひょいと持ち上げると、その切っ先を勇者様の目の前に突き出した。

 勇者様の目の前と言うと、ちょうどあたしもいるわけで。

 驚いたあたしは「うひゃ」って情けない声を出しながら、その場に尻餅をつく。


 にも関わらず、向けられた刃に動じること無く魔王様を睨みつける勇者様は、ほんのちょっとだけ格好良かった。


「ふむ、さすがは勇者。良い目をしている」


 魔王様は突き出した剣をゆっくり降ろすと、口の端をわずかに引き上げて微笑む。


「しかし、今のお前と戦うのは時間の無駄だ」


 そう言うと魔王様は床にへたり込むあたしへ手を差し伸べてきた。

 元はと言えば魔王様のせいで尻餅をついたのだけれど、こうも紳士的に扱われては文句も言えない。


「さて、余はこれより出かける。キィよ、ドラコを背負って付いてくるがよい」


 言われて気付いたけど、ドラコちゃんはいつの間にか自分のシッポを支えにしてすやすやと眠っていた。

 そんなドラコちゃんを背負ってついて来いと命じた魔王様は、早くも洞窟の入り口に向かってさっさと歩き始めている。


 あたしも慌ててドラコちゃんをおんぶし、魔王様の後を続いた。


「あ、あの、魔王様。勇者様は……」


 魔王様の後ろ姿に声をかける。

 すると魔王様は立ち止まって振り返り、あたしをマントの中に抱き寄せた。

 そして右手に勇者様の大剣を、左手に黒光りするカードを見せ付けるように持って言った。


「勇者よ、一度しか言わぬ。を取り戻したいのならば余に付いてまいれ。我が野望の手助けをするのだ」


 再び踵を返して歩き始める魔王様。

 あたしはマントから抜け出してその場に留まると、依然として立ち尽くす勇者様の様子を伺った。

 その表情は俯いていて分からない。

 けど、きっと悔しそうに唇を噛んでいるんだろう。


 勇者様はいつだって自分の好き勝手に生きてきた。

 たまに他の冒険者と一緒に旅をしても、わがままを貫き通して、周りから呆れられていた。

 その勇者様が大切な剣やステイタスカードを奪われて、返して欲しければ手助けをしろと迫られている。

 しかも相手は一度自分の命を奪った魔王だ。


 魔王様としては勇者様の大切なものを質に取り、きっと勇者様が要求を呑むと考えているんだろう。

 だけどプライドの塊である勇者様が素直に頷くとは、あたしには考えられなかった。


 けれど、それはそれでいいと思うんだ。

 ここで冒険者をリタイアし、伯爵様のもとへ帰るのは決して恥ずかしいことじゃない。むしろ魔王様に利用されることの方が、勇者という立場を考えたら恥なんじゃないかな。

 

 だからもうやめようよ、勇者様。

 勇者様のために、そしてあたしがこれ以上ヒドい目にあわないためにも。うんうん。


「キィ。なにをぼうっとしてやがる、早く魔王を追いかけるぞ!」


 でも、そんなことをぼんやり考えていると不意に聞きなれた声が近くから聞こえて、あたしの横を通り過ぎていった。


 それはこれまであたしに無茶難題を言いつけてきた声。

 プライドが高く、基本的におバカで、でも時々ちょっとだけカッコイイ所を見せる人の声だ。


 はっとして振り返る。


「魔王のヤツに怒られても知らんぞ」


 そこには片手を上げて今にもあたしの頭にゲンコツを落とそうとする勇者様の姿があった。


「え? もしかして魔王様と一緒に行くつもりなの、勇ぐえっ!」


 あたしが『勇者様』と言い切る前に頭にゲンコツが落ちる。

 痛い。ヒドイ。舌噛んだぁぁぁ。


「ふん、仕方ねぇだろ!」


 さっきまでの俯くだけの勇者様は、もうどこにもいなかった。

 いつも通りあたしを偉そうに見下ろしていたかと思うと、背を向けて、光が差し込む洞窟の入り口へと顔を上げて歩き出す。


「見てろ、キィ。俺はあいつから全部取り戻すからな、絶対!」


 勇者様が高々と宣言する。

 その背中は魔王様に負けず劣らず大きい。


 あれほど苦しめられた二日酔いは、いつの間にか奇麗さっぱり消え失せていた。

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