第2楽章 2017年

2017年6月 皆本悠二|2017年7月 平愛美

2017年6月 皆本悠二


 高校3年生に進級して悠二は未だに進路を決めかねていた。そんな最中に祈里のご両親が追悼演奏会を企画しているという話を6月終わりに、夕食の際に母親から聞かされた。


「私は手伝う気だけど、ドラ息子はどうするの?夏休みでしょ」


 うちの母親は息子扱いがひどい。というか祈里のファンで完全に猫可愛がりしていたし祈里も懐いていてうちのオカンも相当ショックを受けていた。

 この人は大人だから表には出さない。でも母親の機嫌ぐらいは彼女の子どもを10年以上やっていれば分かる。まるで自分の子どもが亡くなったかのように悲しんでいたから、最近の息子の扱いが昔のそれに戻ってきたのは良き事だった。


 悠二はと言えば祈里の事はなるべく思い出さないようにしようとしていた。一人でいるとたまに思い出して嗚咽で泣いてしまうからだ。でもおばさんの願いを手伝わない選択肢もなかった。


「おばさんがやるっていうなら力仕事ぐらいやるよ」


うちのオカンは悠二がなにもかも忘れようとしているのは気付いていたと思う。でもそれはおばさんのある願いに反する。その事を悠二に気付かせたかったんじゃないか。


「よく言った、ドラ息子。無駄飯をただ食ってた訳じゃないようで良かった。ほれ、食べな」


 そう言って、オカンは我が家御用達のトンカツ屋さんの薄くてサクサクが美味しいトンカツを一枚特配してくれたのだった。




2017年7月 平愛美


 7月に入ってすぐだったと思う。学校で放課後の練習を終えて家に帰ると祈里のお母さんが来ていてダイニングでうちのお母さんと話し込んでいた。


 愛美は天本あまもと明野あきのさんに挨拶した。

「ご無沙汰してます。おばさま」

うちのお母さんはどこか嬉しそうに言った。

「明野さん、愛美にお願いがあるんだって」


 それは演奏出演依頼だった。


 事故があった日は学校で追悼行事があり臨時登校日になっていた。ただ型通りの内容をやって午前で解散、そんな感じになるだろう事は元吹奏楽部員向けの臨時説明会で先生がたから説明を受けていた。


 明野さんからの依頼は夕方、市内の小ホールを借りていて追悼の演奏会を開きたいので参加して欲しいとの話だった。


「祈里の先生にご相談したらフルートの子に声かけられませんか?って言われて。祈里が先生によくあなたの名前を出していたって。それでね、ヨハン・セバスチャン・バッハで木管四重奏をやるから一緒にやりませんか?って聞いてみて欲しいと言われたの。愛美さん、興味はある?」


 他ならぬ祈里のお母さん、明野さんの望みは祈里の望みだろう。それを果たす事は愛美の望み。そう思ったら「はい。是非やらせて下さい」と答えていた。


 明野さんは愛美に練習場所と日程など説明すると帰って行かれた。そしてお母さんからは事情を聞かされた。


「学校の行事、保護者も招待はされてるんだけど祈里ちゃんのお母さん、去年他の方にとやかく言われたのはよく思ってはいないから行かないって」


 明野さんなら嫌だろうなと思った。あの記事をとやかく言う人がおかしいのだ。


「祈里さんの個人レッスンの先生がその事を知って明野さんが一念発起してこうなったみたいね。私?あんたのお母さんとして、祈里さんのお母さんと友達だった訳じゃないんだから。友達が立ち上がるなら手伝うに決まってるでしょうが」


だよね。だからうちのお母さんは好きだ。

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