2016年10月 皆本悠二
授業が終わった。悠二がスクールバッグに宿題で必要な教科書類を入れているとブレザー姿の女子が寄ってきた。
「皆本くん、明日のバイトのシフト、夕方17時から3時間なんだけど、ちょっと用事ができちゃって。代わってもらったりできる?」
悠二は頷いた。
「17時からね。良いよ」
「ありがと!助かる」
そういうとその女子は待っていたもう一人の女子クラスメイトと何やら話をしながら出て行った。
悠二と祈里が乗っていた吹奏楽部合宿の観光バス2号車が事故にあった。玉突き事故を避けようとして急ブレーキでハンドル操作を誤り高架下に落下した。そして車体天井部が壊れ11人の生徒が亡くなった。
祈里もその一人だ。悠二が左腕の痛みの中で気づいた時、彼女は悠二の隣で眠るように亡くなっていた。頭の打ち所が悪かったらしい。本人は何も気付く事なく逝っただろうと悠二は事情聴取に来た警察の人に言われた。
悠二は左腕を固められ三角巾で腕を吊ったが、ほどなく退院できた。祈里の葬儀にも出席できた。左腕を釣ったまま冬服のブレザーを引っ張り出した。焼香の時、祈里のご両親には目を合わせられなかった。
何故、祈里であって俺じゃなかったのか。
何故、祈里達11人じゃなきゃいけないのか。
何故、俺も祈里と一緒に連れて行ってくれなかったのか。
この想いは別に悠二だけではなかった。だから吹奏楽部は関東大会を辞退した後も再開する事なく自然と活動が止まり休部リスト入りした。
一度音楽から心は離れ吹奏楽の事なんか一切触れたくなかった。そんな心境だったのは祈里を失ったからなのか。そんな風にしていたら祈里の事も思い出すのがつらくなり心に封印をしていた。
他の部員も理由は様々だけど語らず忘れようと音楽から離れた人は多かった。一方で楽器練習を続けている子達もいた。ただそんな子達が多くはなかった。そんな中で音大受験を目指していた生徒を中心として吹奏楽部ではなくアンサンブル同好会が新たに設けられた。名前にウィンドとつかなかったのは弦楽など含んだため、家で楽器練習が出来ない子達の互助会としての再始動だった。全国出場を目指した吹奏楽部の名残は音楽準備室に残された楽器や楽譜類だけになった。
悠二は帰宅部員になった。休み時間に窓側最後列の自分の席でバイトを探すためスマフォを見ていたらそれに気付いた女子のクラスメイトが席の横に寄ってきた。
「ねえ、皆本くん。私、ハンバーガーチェーンのバイトは興味ある?同じクラスだと時間をお互い融通出来ていいと思うのだけど」
と紹介してくれたのだった。
悠二が彼女に代わってほしいと頼む事はあまりなかったけど、彼女の方はシフトを多く入れていてそれでいて遊びに行くのも熱心。こうしてしばしば追加のシフトを貰う事になった。
悠二が明日のシフト予定をスマフォのカレンダーアプリに入れていると一つ前の席の運動部男子が席に戻ってきて声を掛けてきた。ちょっと怒気が入っていたかも知れない。
「悠二、おまえ、あいつに良いように使われてね?」
「別に。貰うべきものは貰ってるからな。無茶を言われたら断るだけの話だ」
「なら、いいんだけどな……じゃあな」
そういうと運動部男子は前を向いてスクールバッグを手にすると教室を出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます