平成12年の夏休み
あやねあすか
裸足で逃げた。足の裏が痛かった。
あれは私と彼がデートを終えた時。
広電に乗って、井口駅の次の駅で降りた。
朝から私は彼氏の悠介とショッピングモールに出かけていた。
悠介と二人で「ここには昔水族館があったね」なんて話しながら歩いた。
私が幼稚園生の頃から大人気だった水族館は、正式には「アクアアベニュー」というらしかった。アーチ型の水槽の中を歩くと、右左上と魚が泳いだ。鮫を見て怖くて泣いた記憶がある。私が父親と一緒にテレビのロードショーで「ジョーズ」を見た翌日だったはずだ。
悠介とは服屋さんを見て回り、映画を見た。
昔お母さんに「子どもだけで映画館に行ってはいけません」と言われたことがあるから、悠介と映画館に入ったことは内緒だ。
悠介と見た映画は白いネズミが主人公の映画だった。
脚本は昨年公開された『シックス・センス』のシャマランだったから驚いた。あんな幽霊で驚かせてくる映画を撮った人がこんなに可愛い映画の脚本を書けるのか。
悠介と映画を見終わった後は、ゲーセンに行ってプリクラを撮った。フードコートで私達はプリクラを見ながらお昼ご飯を食べた。
悠介は携帯電話で時間を確認した。
「中学生はケータイ持てていいなあ」と私が言うと悠介に、
「はやく大人になることだな」と笑われた。
「中学生って大変?」
「大変大変。勉強は忙しいし。先輩は厳しいし」
「でも悠介小学生の頃からバスケ上手いからエースじゃないの?」
「そんなことないよ。毎日ランニングとドリブルの練習ばっかり。先輩が練習始めたら球拾いだし」
私はたこ焼きを食べて、悠介はラーメンを食べた。
「なんでお昼ご飯にたこ焼きなんだよ」
と訊かれたので、
「たこ焼きは家ではなかなか食べられないから」
と答えた。
お昼ご飯を食べた後は悠介とぶらぶら歩いた。でも、やりたいことが見つからずに、二人で家に帰ることにした。
広電の駅で電車を待っている間、悠介が「今家に誰もいない」と言った。
私は緊張した声で「うん」と頷いた。緊張しすぎて「うんっ」と発してしまった。
電車がやって来た。
私と悠介は電車に乗った。
座席に座っている間二人とも無言だった。
悠介の家に行けば、二人でずっと過ごせる。悠介は人前でイチャイチャすることが嫌いだから、手をつないだりするのも家の中じゃないとできない。
なんせ二人が付き合っていることを周りに話しちゃいけないくらい悠介はウブなのだ。
楽々園駅で降りると、悠介は急ぎ足で歩いた。私は駆け足で悠介についていった。サンダルの足だと追いつくのが大変だった。私はニヤニヤが収まらなかった。悠介ははやく私と二人っきりになりたいのだ。
家につくと、悠介は家の鍵をすばやく開けた。
「おじゃまします」
誰もいない家に、私は小声で挨拶した。いや、挨拶というよりほんとに誰もいないのか確認した。
悠介は「行こうぜ」と言って階段を登った。
階段を登って、悠介の部屋の中に入った。
悠介が中学生になってから入るのは二回目くらいだろうか。
悠介が小学生の頃より部屋の中が少し変わっている気がした。小学生の頃夢中になって読んでいたマンガはなくなって、代わりにファッション雑誌やバスケの雑誌が並んでいた。
棚にあれだけ陳列されていたペプシマンのボトルキャップは一切なくなっていた。
ハンガーラックには学校の制服がかけてある。
一番驚いたのは、ベッドが置いてあること。
前まで悠介の部屋にはベッドがなかった。悠介は小学6年生になってもお母さんと寝ていたはずだ。それはマザコンとかそういう意味ではなく、単にベッドを置いたら部屋が狭くなるから。
「そこに座りなよ」
悠介はベッドの上を指差した。
私は他人のベッドの上に座っていいものだろうかと思いながら、そっと座った。
私は部屋の中を見渡した。
ベッドのせいで部屋が狭く見える。いや、事実狭い。
変な圧迫感がある。前のままの方が良かった。
悠介は私の隣に座った。
そうだった。二人きりになるためにここに来たんだった。
でも、部屋の圧迫感が気になって落ち着かない。
悠介は右手で私の左手を握った。
...ここでいつもなら優しくキスをしてくるはずだ。
優しいと言うより不器用だからゆえの遠慮がちなキスを...。
なのに今日の悠介は左手で私の右肩を掴み、そのままベッドの上に押し倒した。
私は何が起きたか全然わからなかった。
押し倒されたことはわかる。
でも、なんで押し倒されたのかわからない。
いままで悠介はそんなことしなかったから。
私が唖然としていると悠介はそのまま私の胸を触ってきた。服の上から探るように胸を触ってくる。私の服のフリルがゴワゴワと音を立てる。
この状態でも私はなにが起きてるかわからなかった。
悠介は口を近づけてきた。
悠介の口は私の唇ではなく私の喉に向かった。そして悠介はべちゃべちゃと音を立てて舐めはじめた。
私はそこでようやく状況が飲み込めた。
私は気持ち悪さで体がぶるっと震えた。
悠介はなにを勘違いしたのか、私の体が震えたのをいいことに、私の両手を強く握りしめて服の中へと舌を伸ばし始めた。
明らかに私の胸に舌で触れようとしている。
私のスカートの中に悠介の手が伸びてきた。突然の出来事に全身に鳥肌が立った。パンツ越しに私の性器を指で押さえつけてくる悠介。
怖くて私の体は棒のように固まっている。
「俺を信じて」
悠介が私の耳元でそう囁いた。
悠介は尚も私の首筋を舐めてくる。
べちゃべちゃべちゃべちゃ。
私は体の力がガクッと抜けた。
もうわけがわからない。なんでこんなことになったのか。断ればいいのか。受け入れればいいのか。私自身こんなことが嫌なのかそうでもないのか。
とりあえず今の状況は私に考えて答えを出す余裕をくれないということ。
私の恋人悠介は、私に跨り私の首を舐めまわしてる。ズボン越しにも悠介の股間が膨らんでいるのがわかる。男の人がああいう風になるのはどんなときなのかも私は知ってる。
悠介は欲望に任せて私に跨っている。
頭が熱くなってきた。
きっと私の頭がオーバーヒートし始めてるんだ。
このまま終わるのを待とう。
とりあえず今日はこのまま終わって、後でなかったことにすればいい。
私が抵抗しないから、悠介は私が受け入れたと思ったのかパンツ越しに私の性器に指を入れてきた。
イタイッ。
すごく痛い。膣をつままれたような刺されたような痛さ。
その痛みで私は正気に戻った。
やっぱり嫌だ。
私は両手を振りほどいて、体を回転させてベッドから転げ落ちた。床に着地すると、そのまま部屋の隅まで逃げた。
悠介はベッドの上に座り込んで私を見つめていた。
「男の部屋に来たんだから、これくらい予想しとけよ」
悠介は、まるで自分は悪くないかのような顔をした。
私は言い返したいことがあったが、恐怖で喉が潰れて声を発することができなかった。
悠介は余裕ぶった表情でベッドに座り直した。
「さ、横に来いって」
悠介は私に再度座るよう促した。
私の体は恐怖で硬直していた。
あそこに座ったらまた襲われる。
「俺たち、恋人同士だから別にいいだろ?」
私は横目でドアまでの距離を測った。
全力でドアに向かえば二歩もあればたどり着く、ドアは施錠されてないから部屋から飛び出して階段を全速力で駆け下りれば玄関までは追いつかれずに行ける。
問題は...。
「なあ、セックスがダメなら、せめて胸だけでも…」
悠介が立ち上がろうとしたその時、私は全速力でドアに向かった。ドアノブを回す、悠介が飛びかかってきたが、私は急いで部屋の外に出てドアを閉めた。
悠介がドアを開けている間に、私は階段を駆け下りた。もう転落してもいい気分で足を高速で動かして、最後の二段は飛ばして床に着地した。
玄関まで急いで向かう。
問題はこの場所。サンダルを履いていたら追いつかれる。
私はサンダルを持って裸足のまま外に飛び出した。足の裏に小石が刺さった。痛い。でも今は気にしない。振り向くと悠介はスニーカーに履き替えていた。
私はその隙になるべく遠くまで走って逃げた。
アスファルトの欠片が足の指に刺さった。痛い。
通り過ぎる大人が裸足の私を見てくる。みっともない。
私と年の近い子が私を見つめていた。恥ずかしい。
私は走った走った走った。両手にサンダルを持ったまま。このサンダルは悠介とのデートのために買ったサンダルだ。今は、サンダルで来なければ良かったと後悔している。
私は走りながら後ろを振り向いた。
悠介は追いかけてきてない。
私は田んぼの横を走り過ぎた。この田んぼは小学一年生の時に友達と遊んだ田んぼだ。オタマジャクシを捕まえるために友達と一緒に無断で田んぼに入ったんだっけ。
私はなんだか情けなくなった。
色んな大切なものが私の横を通り過ぎていく気がして、涙がこぼれた。
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