冒険者の俺が、勇者学校に通う少女のオトモになった件。

神椎幸音

冒険者の俺が、勇者学校に通う少女のオトモになった理由(ワケ)

第1話 冒険者《クロウ》

 ――空はどこまでも続いている。

 流れる雲はある所では形を変え、時折纏まって動く事もある。

 自分という“個”を失くさないために。『自然』という“摂理”に押しつぶされ、消されないために。


 自分はそんな雲海に漂う鳥に似ている。そんな事をふと思ったのはいつだったろうか。

 ある日の夕刻。茜色の光が、青年の目の前に広がる川の水面に反射し、その眩しさに目を細めた。

 灰を被った様なクセの強い鈍色の銀髪に、浅緋色で切れ長の瞳を持った青年――クロウは、季節感の無い麻色のストールを首に巻き、青色のコートを着込むといった出で立ちで、大岩の上で胡坐をかき、欠伸を噛みしめ、眠たげに目を細めながら川へ釣り糸を垂らしている。

 吹いた風は辺り一面の木々の葉を揺らしていき、長閑な時間を過ごしていると……


「――おっ?」


 釣り針に何かが引っかかった感触が竿越しに伝わり、青年はそれを引き上げてみれば……


「……花?」


 桃色の花弁を模した飾りを濃紺の紐で括りつけられたそれは、素人目から見ても見事な造りをした東洋風の髪飾りだった。

 しかし彼の経験上、こんな上等な髪留めは滅多に見たことがない。

 東洋の地はこの“大陸”から遠く離れた場所に在しており、貿易などに立ち寄るには無理があるほどの距離だ。

 持っているとすれば、この大陸の一部を有している国家の領主や商業を営んでいる富豪くらいだろう。


「……上流からか」


 流れ着いた『落とし物』を釣りあげちまった以上、この先に待つ持ち主へ帰さねぇわけにはいかねーだろう。


 そう思ったクロウは肩を下げ、溜息を吐きながら上流を眺めつつ渋々と疑似餌を外し、釣り竿を畳み、筒型のバッグへそれを突っ込んで肩に担ぎ岩の上から立ち上がる。

 腰元に置いていた得物を提げ、着込んだコートに隠して移動を始めていく。


 道中に生えていた食用の野草や木の実を取りつつ、時折それを口へ放り投げながら歩いて十数分。

 ようやっと上流の滝へとたどり着いた。が……

 温暖なこの地域でも、流石に夕方になれば寒いだろうに、一人の少女が滝の下で水浴びをしていた。

 長い銀色の髪に、乳白色の肌が遠目からでも確認できる。


(なるほどな、あれだけ髪が長けりゃ纏めるのも納得だわ)


 近くには若干川の水に浸かった衣類が置かれており、彼は杜撰ずさんな持ち物の管理に肩を竦めながらため息を吐く。


(やれやれ……。なんつー警戒心の無さだよ)


 辺りを見渡せば仲間の姿もないうえ、一人の際にも必ず身に着けておかなければならない武器さえ服にまとめて放置されていた。

 こんな事ではいきなり獣なんかに襲われたらひとたまりもないだろう。

 老婆心ながら注意をしようと思ったが、見知らぬ人間、それも少女の慣れない一人旅ともあれば、色々と複雑な理由があるんだろうと察したクロウは、静かに釣りあげてしまった髪飾りをその場に戻して踵を返しながらずらかろうとする。

 その矢先の事だった。


『――どちら様?』

「ぅおっと! ……こいつぁ驚いたな」


 クロウの喉元には鞘から数センチほど引き抜かれた刃が光り、滑らせれば一瞬で身体から首から上が撥ね飛ばされるだろう。

 静かに、警戒した声音で背後から尋ねられた彼は、両腕を上げその場に荷物を下ろすと、その刃は喉元から離され解放される。


「振り向かないで」

「そいつぁ残念だな。振り向きゃ絶景が待ってるっつーのに」

「っ……そんなに死に急ぎたいんだ。そうなんだ」

「まぁ待てって。大人しくしてっから、まずは服でも着てくれや。落ち着いて話もできやしねぇ」


 両腕を上げたままその場にどっかと座り込んで胡坐をかくクロウ。少し間があったものの、背後から少女の溜息が聞こえ、チンッと刃が鞘に戻される音も同時に聞き取れたので、ようやっと彼は安堵の息を吐くことができた。

 そして少しして、シュルシュルと衣擦れの音が聞こえてくる。


「それで、きみはどうしてこんな処に?」

「あぁ、下流の方で釣りをしてたんだが、その時に髪飾りが掛かってな」

「髪飾り……?」

「ありゃお前さんのだろ? 上流で何かあったんじゃねーかと思って来てみたワケよ。魔獣なんかに襲われちまってたら、寝覚めがワリぃしな」

「………」


 少女もそれを確認したのか「あ~……」と悲しそうな声を上げた。きっとずぶ濡れになった布のせいで髪を纏めるにも気持ち悪いんだろう。


「にしても、アンタ結構勇気あるのな。この時期、それもこんな時間帯に水浴びたぁ恐れ入ったぜ」

「褒め言葉かな、それ?」

「本心だっての」


 クロウはケラケラと笑うと、後ろから「もういいよ」と声が聞こえたので、彼は座ったまま振り返る。

 そこには銀色の髪を右側で纏め、黄金色の瞳をした少女が立っていた。

 服装も独特で、白地の袖の無い半着物に、水色の袴といった東洋風の出で立ちであり、そんな彼女の姿にクロウは目を見開く。


「ほーん……アンタ東洋人か」

「うん、まぁ……そんなところ。母が東洋人なんだよね」

「珍しいな。ハーフなのかよ」

「ハーフ……混血ってこと?」

「コンケツ?」

「ううん、なんでもない。ハーフって解釈で大丈夫だから。父はこっちの人間なの」


 言葉が伝わらなかった事で、混乱したように眉根を動かした少女は、それを誤魔化す様に小さく微笑んで、腰紐に自分の得物……刀を通した。


「とにかく、拾ってくれてありがとう。それとごめんなさい。手荒い事をしちゃって……」

「うんや、気にすんな。俺も逆の立場だったら、同じことをしてたしな」


 クロウは頭を下げてきた彼女に手を振りつつ立ち上がり、ぱんぱんっと腰に着いた草や土を叩いて払う。


「そんじゃま、そろそろ日も落ちるし、そろそろ行くわ」

「あ……うん。気を付けてね」

「っはは、そりゃこっちの台詞だっての。アンタも道中、気を付けてな」

「……ええ。それじゃあ、また。どこかで」


 胸元に手を当ててクロウを見送る東洋人の混血少女に、彼は踵を返して森の中へ歩いてゆく。


(……不思議なヤツだったな)


 あれくらいの年頃の少女なら、「下着泥棒」なんて汚名を着せて斬りかかってくるものが普通なのに、彼女はあくまで冷静に物事を理解しようとしていた。

 理性的、と言えばいいだろうか。少なくとも一瞬で頭に血が上るタイプでもなさそうだ。それに自分と歳が近そうというのもあって、彼は親近感を覚えたのかもしれない。

 そんな事を考えながら道もない森の中を歩いていると……


 ――ミシミシミシッ……。


「(……っと。お出ましかよ)」


 木の軋む音、そしてその幹を掴み上げるおどろおどろしい音が静かな森の中に響き、クロウは片頬を引き攣らせながら首に巻いたストールを口元にまで上げ、木の陰に隠れ息を潜める。

 乱雑に生えた木々からぬうっと顔を出したのは……熊。所謂 《ビッグベア》と呼ばれる、この森の食物連鎖の中でも上位に君臨する存在だった。

 殺意によって爛々と光るその瞳は獲物を狙う狩人そのもの。獰猛な爪と、涎を滴らせた牙は鋭く、それでいて……。


(おいおい……どうなってんだよ、あのデカさは……ッ!?)


 人の二倍から三倍はあるほどの巨体。圧し掛かられようものなら、ひとたまりもないほどの重量感。

 その巨躯を目の当たりにしたクロウは、動揺のあまり目を見開き口を半開きにして茫然としていた。


 とにかく、今はこのまま息を潜めてやり過ごす――。


(――ワケにゃいかねーだろうが!)


 クロウは腰の獲物に手を伸ばし、脚部に取りつけたホルスターから投擲用のナイフを二本、人差し指から薬指に引っ掛けた。

 ビッグベアの行く先は水辺。恐らく魚を採るために森の奥からでも出てきたんだろう。

 そしてその水辺――川には、先ほど別れた銀髪の少女が居るはず。

 であれば、此処で食い止めなければ餌食になるのは川魚などではなく――彼女だ。


(クソったれ……!!)


 唇を歪め、心の中で悪態を吐いた彼は、指に掛けたナイフをビッグベアへと投擲した。

 ヒュッ! と風を切る様な音が静かな森の中に響き渡り、投げられたナイフは見事に熊の背中の体毛を切り裂き、肉まで到達する。


『――グァアッ?』


 まるでダメージを負っていないかの様に振り返ったビッグベアは、小首を傾げながら、再び木陰に隠れたクロウを探す様に鼻を鳴らしながら四足歩行で近づいてくる。

 クロウは腰のポーチから棒状の筒を一本取り出し、近づいてきたビッグベアの眼下へと投げつけた。


「――そらよッ!」

「グッ……ァアア――ッ!?」


 対峙した事による興奮と、唐突な奇襲。

 ビッグベアは投げつけられた筒――堅い殻をすり潰せばドギツイ臭いを発する木の実、スカンを混ぜ込んだ発煙筒だ――から発せられた臭いに驚き、上体を上げ四足から二足となり、両腕で顔を覆いながら苦しむように身を捩っていく。

 瞬間、彼は動いた。

 木陰から低姿勢のまま飛び出し、熊の足元まで駆ける。

 そして腰の得物を右手で握りしめ、鞘から引き抜いた。


「――フッ!!」


 現れたのは、木々に生えた葉の隙間から差し込む陽光によって銀色に煌めく幅広の刃。

 黒い布で覆われたグリップは曲がっており、鍔やガードはなく、代替として引き金トリガー回転式機構リボルバーを備えた、


 狙うはビッグベアの丸太の様に太い右腕――。

 クロウはビッグベアの腹部に蹴りを入れながら垂直に跳躍し、その圧倒的な身長差を縮めていく。

 そして、身体を捻りながら己の剣――ガンブレードで斬り裂いた。


「グギャァァアアアアッ!!」


 唐突に腕を斬り裂かれた事による痛みに愕いたビッグベアは、甲高い悲鳴を上げながら仰け反り、残った左の鋭い爪でクロウの身体を斬り裂こうとする。

 その丸太の様に太い腕と、ギロチンの様な鋭さを持つ爪で切り裂かれれば目も当てられない結果になるだろう。

 しかし――


あめぇ――」


 ガンブレードを振りかぶったクロウは、空中で一回転する様にその左腕さえも両断した。

 真っ二つに切り裂かれた左腕から大量の血が噴き出し、クロウはその返り血を浴びながら地面に着地すると、ビッグベアの後ろへ回り込み、膝裏の腱を切り裂くと、たっぷり数秒の時間を掛けてビッグベアが地面に沈む。

 ズズンッ……という重々しい音が響くも、彼の手が、脚は。臆することなく動き続ける。

 背後へ回り込んだクロウは背中を蹴上がり、最後にビッグベアの頭を撥ね上げた。


「ふーッ……うっし。一丁上がり、っと」


 肩口に乗ったクロウはガンブレードに付着した大量の血を振り払い、それを腰に収め、倒れゆくビッグベアの身体からひょいっと軽い調子で地面へと飛び降りる。


「これで暫くメシにゃ困らねぇな。さァて……久々の肉だ、肉♪」


 完全に沈黙したビッグベアの背中から、先ほど投擲したナイフを回収しながらそう呟くも、彼は鼻歌交じりにいそいそと予備のナイフで遺体の解体を始めるのだった。

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