第10話 帰宅からの説教
時刻は既に22時。
普段なら帰宅して食事と入浴を終え、ゲームやら読書やらしているであろう時間。
もしくは、もう寝ているときもある時間。
そんな時間に、俺はようやく家に着くことが出来た。
「ただいまぁ……」
つい癖で、帰宅の挨拶をしてしまう。しかし返ってくる返事はない。一人暮らしなのだから、当然ではあるが。
だがまぁ、いくら慣れたといっても寂しいモノは寂しい。アラフォーに届きそうな歳になって、そんな感情は強くなっていた。
「はは、今更何を考えてんだ俺……」
今更出会いを求めるのも妙に恥ずかしいし、焦っても仕方がないだろう。
そもそもほとんどが獣人なんだから、普通の恋愛ですら難易度が高くなっている。
そう思い、俺は玄関の電気をパチリとつけた。
その瞬間、ようやく俺は目の前にスーツ姿の女性がいることに気が付いた。
体のラインがクッキリと見えるぴっちりタイプの黒スーツに、短く切りそろえられた黒髪。そして二重くっきりの綺麗な単眼が特徴的な彼女は、自分のボディーガードをしてくれるSP、恐山亜子さんだった。
「おかえりなさい、青柳さん」
「ヒギィッ!?」
驚きのあまり、喉の奥からヒキガエルの鳴き声っぽい音が響く。自分でもびっくりするような怪音だった。
いや、そんなことはどうでもいい。何でこの人家の中にいるの。
ボディガードだとしてもちょっとプライベートなさすぎじゃないか?
「あ、亜子さん。いつからそこにいらっしゃたんですか?」
「……貴方から帰りが遅くなると、あのメールをいただいた時からです」
えぇ……そんな前からなんで?ていうか、玄関はどうやって開けたんだこの人。
戸締りの確認は怠ってないし、カギだって俺の持ってる1個しか存在しない筈だぞ。
「あの、どうやって中に?」
「この家屋は、国から貴方に支給されたモノになります。故に緊急時に備え、鍵の複製も行われているのです」
「えぇ……」
この家に住み始めて10年以上経つけど、そんな事実全く知らなかった。
もしかして監視とかされてるかもしれない。下手なことしない様にこれから気を付けないと。
「そ、そうだったんですね。それで、こんな時間までなぜ我が家に……?」
「……」
あれ、なんで口を閉ざしてしまうんでしょ。
ジロッと睨んでくるし。
「……本来、貴重な純人間である貴方は、常に警護されていなくてはなりません」
え、突然何言いだすんだ。
まぁ確かに、今の地球では純粋な人間は貴重だし、いたら真っ先に保護されるレベルではあるけど。
「貴方の意思を汲んで、日頃は監視すらしないでいる。しかしそれは、互いに信頼関係が築けているからこそできるもの。違いますか?」
「い、いえ、まぁそうだと思いますが……」
「よろしい。では、こんな時間まで遊びほうけ、その間一切連絡をしてこない相手と、はたして信頼関係など築けるでしょうか?簡潔に答えなさい、青柳さん」
……あれ、もしかして亜子さん怒ってる?赤黒いオーラが出てきてるし。
その上、彼女を中心に地鳴りが起きてる。確実に怒ってるなコレ。
あ、床にヒビが。どうやって直すんだ。
「れ、連絡を怠ったことは謝ります。次からは欠かさず連絡しますので――」
「次から、では遅いと言っているのです!」
俺の声を遮り、大声で叱咤する亜子さん。
ソレと同時にビシリと音が響き、見ると彼女の真横にある壁が無残にひび割れていた。
「今、現在、何か起きてしまったらどうするつもりなのですか?貴方自身で対処ができるとお思いですかッ!?」
「い、いやそこまではさすがに――」
「ならないと、なぜ言い切れるのです!?夜道を歩けば、翼人に攫われるかもしれない。水辺に寄れば、魚人に掴まるかもしれない。学び舎も、図書館も、飲食店も、人の多い道路でさえ安全とは言い切れません!それが何故分からないのです!?」
か、顔が近い近い近い!
いきなり顔を目の前に寄せてこないでくれ、妙に緊張して言葉がちゃんと入ってこない!
「聞いているのですか、青柳さん!」
近い、近すぎる!髪の毛サラサラ!なんかいい臭い!惚れてしまう!
反省しなきゃいけない所なのに、それどころじゃなくなってしまう!
気が触れそうな程に強い威圧感に、女性特有の甘い匂いが重なって脳が完全に追いつけていないッ!!
「わ、分かりました。分かりましたよ亜子さん!これからはもっと気を付けますから、今までは軽く考えすぎた自分が全面的に悪かったですから!」
必死に謝罪の言葉を考え、なんとか喉を震わすことが出来た。
何をどう改善するのかとか色々と考えなくてはならないが、そこまで頭が回らなかった。
もしこれで彼女が納得できなくてさらに突っ込んで来たら、もう脳が対処しきれないかもしれんぞ。
「……なら、よろしいのです。こちらも、少し怒鳴りすぎてしまいましたね。失礼しました」
……あれ、今の謝罪で通ったのか?
亜子さんは小さくため息をついた後に、俺から顔を遠ざけた。
コホンと軽く咳払いをすると、彼女は俺の隣をスルリと通り抜けて玄関の扉を開けていく。その顔には、少しばかり笑顔さえ見せてくれる。
あんな稚拙な謝罪で納得してくれたとは思えなかったが、彼女の笑顔を見て俺も少しだけ緊張の糸がほどけた。
「では、貴方の無事を確認できましたので私はこれで。これからも、常に注意を怠らないように」
「……はい、分かりました」
「……そうです。もし、貴方が自らの落ち度で危険な目に合ってしまった場合には、しかるべき処置を取らさせていただきますので」
なにそれ?
しかるべき処置って、彼女が言うともうそれだけで不安になってしまうんですけど。
「しかるべき……処置って……?」
「当初の監視スタイルに戻るだけです。四六時中貴方の視界の中に私が入るよう動き、臨時尚且つ生命に関わる事柄以外は、行動に私の許可と同行を必要とします。あとは――」
「すいません亜子さん。それだけは勘弁してください」
この人仕事熱心なのはいいことだけど、どうにも思い込みが激しいんだよなぁ。
初めて会ったときは皆が単眼を気持ち悪がるって言って、いつもサングラスをつけたりしてたし。
仕事なんて言って俺を椅子に縛り付けて、一日中家から出れない時もあった。飼い殺し、なんてこと自分がされるとは思わなかったぞ。
「反省したのなら構いません。では、よい安眠を」
「えぇ、おやすみなさい」
軽い挨拶をして、彼女は扉を閉める。足音が聞こえなくなることを確認した後、俺はゆっくりとカギを閉めた。
「……」
家に到着した時は、何かカップ麺でも夜食に食べようかと思っていたのだが、どうにもそんな気分になれない。
風呂入って寝るか。
「バスタオルに……パジャマ」
急に重たくなった体に鞭打ち、自室にある寝巻とタオルを取りに行く。
ひどく騒がしかったせいか無駄に耳鳴りが酷く、結局俺が眠りについたのは日を越えてからであった。
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