第8話 タクシー乗り場、獣人の苦労
店を出て数十分、俺と先輩はタクシー乗り場に着いた。
もともと交差点を渡ってすぐ先に乗り場があるため、そこまで時間はかからない。だが先輩が酔いどれ状態になってしまっているため、支えながらでは少しばかり時間がかかってしまった。
タクシー乗り場では、運よく1人待っているだけであった。
スーツを着こなした、何処にでもいるようなサラリーマンの恰好をしている。見た目は俺の一回り上、40代半ばくらいだろうか。
妙に毛深くて、ボディビルの世界大会に出てきそうな程の超絶筋肉がついていなければ、普通のサラリーマンだろうね。
その人もしこたま酒を入れたのか、フラフラと直立できないでいるようだった。
「んぁ?なんだオメェ純人間かぁ?」
サラリーマンはいきなり俺に顔を向けると、虚ろな目でそう聞いてきた。
やはり獣人は鼻が利いて、酔っていても純人間かどうかを判別出来るのだろう。
なんかもう、いろいろとズルい。
「えぇまぁ、そうです」
「ほぉぉ……確か近くの学校に、純人間の兄ちゃんがいるって聞いたが……アンタかい?」
「よ、よくご存知ですね……」
「おうよ、一応これでも記者をやってるからな。純人間が近くにいれば、それだけでまぁまぁのネタになるんだよ」
そう言ってサラリーマンはニカッと笑ってみせる。彼の口の端からは、明らかに人間のモノでは無い巨大な牙をのぞかせた。
「貴方は……獅子系の血を?」
「惜しいな、俺はシルバーウルフの混血。狼の獣人だ」
「そうなんですか、記者なんて珍しいですね。結構苦労されているのでは?」
記者のような職には、カラス天狗みたいに羽を持つ獣人が就くことが多い。それは単純に移動可能な距離が多い、という理由が多いのだが。
そのために、翼を持たないシルバーウルフとの血を持つ彼が、記者であるということに素直に驚いた。
「おぅ、だからいい結果もなかなか得られなくてな。よく職場で怒鳴られてるよ」
「あはは、そうなんですね」
「だがまぁ、辛いと思ったことは一度もねぇ。もとより、子供の頃からやりたかった仕事だ。それを生まれが『翼なし』の獣人だったってだけで、諦めるなんて嫌だしな」
「……なるほど」
適材適所。
秀でた能力を得ることが出来る獣人では、この言葉が純人間以上に重くのしかかる。
シルバーウルフの長所は、その高い身体能力と仲間との連携力。そのため、力仕事で尚且つチームワークが重視される仕事に就くことが多い。
他の獣人もそうだ。
知能の高い獣人は科学者に、心を読み取れる獣人はカウンセラーに。様々な利点を活かし、最大限活用できる仕事を選ぶのが今の地球では常識である。
逆を言えば、他の仕事に就くことはとても難しい。それ以外の仕事に就くには、それこそ並大抵ではない努力が必要になる。
目の前の記者さんは、そんな努力を延々とやり続けているのだろう。
杏里先輩もその一人だ。彼女は子供にモノを教える仕事に就きたいと考え、死に物狂いで勉強して就いたらしい。
そう思うと、やっぱり先輩はすごいなぁ。本当に尊敬できる人だ。
「んぐぅ……青柳ぃ……」
そんな強くないのに、勢いよく酒をがぶ飲みするクセ以外は……。
まぁ酒自体は大好きらしいから、仕方ないとは思うけど。
そんなことを考えていると、視界の端から光が近づいているのが見えた。
タクシー、ちょうどよく2台やってきた。
「おぉ、やっと来た。じゃあな兄ちゃん、また会ったら話でもさせてくれや」
「分かりました、その時はよろしくお願いします」
「律儀だねぇ……そういう時は適当に返事しとけばいいんだよ。そんなんじゃ、いつか潰れちまうぞ」
「は、はぁ……」
突然のお説教に戸惑う。良い人そうなのは確かだけど、何か面倒くさそうなものを感じる人だった。
「まぁいいや、今度こそサヨナラだ。適度に肩の力を抜くようにしろよ、兄ちゃん」
「えぇ、そうしようと思います。では」
微笑む俺に対し、記者さんも満足したのか再びニカッと笑った。そのままタクシーに吸い込まれ、記者さんは夜の街へと消えていった。
「……あの人も、苦労してるんだろうなぁ」
ふと、消えていった記者さんを思い出して呟く。
あの人は、子供の頃から記者になりたかったと言っていた。それはつまり、子供の頃から自分が夢の仕事に不向きであると知っていたという事だ。
獣人は子供の頃から自分に向いた仕事を教えられ、複数あった獣人はその中から選んでいく。だが、一つしかなかった獣人はその仕事に就くしかない。
あの記者さんがどうだったのかは分からない。しかし、記者は少なくとも選択肢の中に入ってはないだろうと思う。
記者は単独での行動がほとんどだ。一概にそうだとは言えないだろうが、協調性に長けたシルバーウルフだと、あまり向いているとは思えないだろう。
「……」
そう考えると獣人は案外、自由に見えて自由ではないのかもしれない。もしかしたら、純人間以上に。
そんなことを考えていると、いきなり目の前でクラクションが鳴らされた。
「おい兄さん、乗るんなら早く乗ってくれ!後ろにも待ってる奴はいるんだ!」
そう怒鳴られて後ろを見ると、確かに何人か自分たちの後ろに並んでいた。考え事をしているうちに、結構集まっていたようだ。
「すいません、今乗りますんで。ほら先輩、車に乗りますよ!」
「んんぅ……青柳ぃ……私はなぁ……」
ダメだこりゃ、完全に夢の中に入ってしまっている。
こりゃ家までコースだな。タクシー代、結構すると思うが仕方ない。
そんな小さい覚悟をしたと同時に、俺は先輩を車の中に押し込んだ。
いい感じで椅子に寝っころがった先輩を確認すると、俺は助手席の方へ座り先輩の住む屋敷の住所をドライバーに伝えた。
出発すると同時に、ふと夜の街を見る。
各々好きに歩き、様々な店に入る。そんな大人たちの自由な街。かつて純人間しかいなかった時代の街と、ほぼ変わらない風景。
しかしあんな話をしたからか、今の俺にはどこか窮屈に感じた。
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