第3話 ハーフ出来ちゃった事件


 キッカケは些細なことだ。モンスターとの共存が始まってから数年経ったある日。

 当時の彼氏にこっぴどくフラれたある女は、夜に散々酒を飲み、フラフラの状態で街を歩いていた。

 女はすぐに数名の悪漢に囲まれ、その身を汚されそうになってしまう。


 そんな時、彼女を助けたのがゴブリンだったらしい。

 体長250mを超えるゴブリンは悪漢どもを腹パンで眠らせると、気を失った女を抱きかかえて近くのホテルに連れて行った。その際に女は緊張の糸が切れ、安堵もあったせいか気を失ってしまったらしい。


 女は温かい布団の中で目を覚ましたという。

 あの優しいゴブリンは何処に行ったのか?

 そう思い部屋を歩き回った女は、風呂場で自分の体を鎖で雁字搦めにしたゴブリンを見つけたという。


 なぜそんな事をしているのか?

 そう女がゴブリンに問いかけると、ゴブリンは緑色の顔を少し赤くさせてこう言った。


「笑ってくれ、名も知らぬ美女よ。私は異種族でありながら、美しい貴方を目の前にしてオスとしての欲求を抑えられなかったのだ。しかし貴方を放って置くことも出来ず、故に己を止めるため、こうして縛っていた」


 ド紳士そのものである。

 その時、女は自分の心臓に矢がズブリと刺さったことを、確かに感じたらしい。

 昨日の悲恋など一切忘れ、彼女は元彼の顔すら脳から完全にデリートした。


 そして女は速攻で職場に休みの連絡を入れると、その日ゴブリンと愛を育み続けたらしい。女の勢いって凄いね。

 その際に子供を気合で産んだらしい。気合ってなに?

 それでまぁ、その時に生まれた子供が1万年後の地球の大半を占める「獣人じゅうじん」第一号だったワケだ。




 ちなみに、なぜ俺がここまで詳しく知っているかというと、この話が歴史的な出来事として教科書に載っているからだ。写真付きで。

 ゴブリンさんが作った精巧な指輪を薬指につけ、二人はとても幸せそうな顔をしていたよ。


 ついでに言うと、この事件が起きたのはジャッポルンであった。そのためにジャッポルンは、新しい可能性を生み出した奇跡の国なんて呼ばれている。奇跡というか異常性癖の国だと思うけど。

 まぁ、そんなこと大声で言ったら「獣人権じゅうじんけん侵害だズラ!」とか言われそうだから言えない。人によっては本気で灰にしてくるし。

 あぁそういえば、人間という名前も変わってしまっている。獣人って名前は差別になるとか騒ぐ奴が出てきて、逆に既存の人間が「純人間じゅんにんげん」と呼ばれるようになったらしい。




 この事件が皮切りになって、世界各地からモンスターとの結婚を求める声が出た。その結果、ほとんどの国でモンスターとの結婚が可能になったのだ。

 もちろん子供もオッケーになった。まぁ国としては「作れるもんなら作ってみろや」ってスタンスだったらしいが、実際に作れた例が続出したために何も言えなくなってしまったそうな。仕方ないねこりゃ。


 そこからの結婚ラッシュの勢いはとんでもないものだったらしい。

 数百年で世界の総人口が10倍となり、そのほとんどが人間とモンスターのハーフ。ジャッポルンで問題だった結婚率の低さは、この件のおかげで一気に解消した。


 モンスターの血が強いせいか、最初の頃生まれてくる子供は、ほぼモンスターの見た目であった。

 しかし何回も人間とモンスターの血が交わることで、人間らしい姿の子供が生まれるようになったんだと。

 現代では人間の姿に、鱗や羽が生えてるだけの人も多い。まぁ、今でもほとんどモンスターな姿をしている獣人がいたりするが。




 獣人というのは本当にスゴイ。

 何がすごいって、体のスペックが人間と段違いなんだわ。

 ほとんど人間の姿であっても、身体能力はモンスターのソレを引き継いでいる。

 5歳にも満たない見た目の子供がマッハで走り、スーツを着たおっさんが翼を広げて出社する。そんな日常が当たり前となっているのだ。

 魔法を使えるモンスターもいるらしく、現代のエネルギー供給はほとんど魔法でまかなっているとか。そのおかげで無駄な有害ガスも出なくなり、環境も良くなったらしい。良い事尽くしやん。

 地球どころか、銀河系の状態まで1万年前からまったく同じ状態だ。スケールが違い過ぎていまいちピンとこない。


 そうそう、獣人には他にも凄い所がある。

 一度でもモンスターの血を受け継いだ人間は、異常なほど長命になるらしい。種族によって多少の差はあるが、大体10倍ほど伸びている。見た目が子どもに見える 獣人が、実は祖父以上の歳だったなんてことはよくある話だ。 

 そしてこれが、人口急上昇の要因にもなった。ただ、それ以上に世界が繋がったりしたせいで住む場所が増えたから、この件は問題なかったりする。


 変わったことといえば……自然を好むモンスターからのお願いで、木々などの資源を多く使った建造物や橋ばかり多くなってしまったことか。

 車はエンジンやガソリンを使わず、魔力やら何やらよく分からないエネルギーを使って稼働している。

 電気も魔力頼み。おかげで電気代やらはほぼ皆無なのだが……正体の掴めないモノを使うのって、それはそれでなかなかに怖かったりする。




 かくいう俺も獣人……と言いたいところだが、残念ながら俺は普通の人間だ。

 ていうか、この時代の人間ですらない。西暦……いや地球暦ちきゅうれき2020年くらいの時代から跳ばされてきた人間だ。まぁ、俗にいうタイムスリップってやつだな。




 ある日、特にすることも無く家でゲームをしていた俺は、なんの前触れもなくこの時代に跳ばされた。タイムマシンなんて、陳腐な呼ばれ方をしている機械によって。

 呼び寄せてくれやがったヤツは、「純人間愛護団体」なんて呼ばれる団体の一員だそうだ。

 獣人が当たり前となった世界で、絶滅しかけている純人間を繁殖させたいと考えた下手人が、秘密裏に禁止されているタイムマシンを開発。適当な時代から純人間を取り寄せようとした。


 そしてまぁ、見事に引っかかったのが俺だったワケで。

 びっくりしたぞ、RPGしてたらマジモンのモンスターが目の前で舞を踊ってるんだからな。

 死よりも苦しい何かを与えられるのかと思って、若干漏らしてしまったくらいだ……。


 その後、団体をマークしていた警察っぽい獣人たちが現場に駆けつけ、犯人は御用。

 開発されたタイムマシンは呼び出すことは出来ても、戻すことはできないらしく俺は国に保護された。

 そして色々と話し合われた結果、俺は住居と仕事を貰えたのである。それが俺のいる学校、「私立ミスカトラル高校」での教職というワケだ。


 まぁ条件として、国お抱えのボディーガードさんを傍に置くことになったのだが。最初の頃は、そこまで過保護にならなくてもいいのではと思っていた。

 しかしよくよく考えたら、俺はあらゆる肉食動物に放り込まれたウサギみたいなものなワケで。そう考えたら、過保護で当然なのかもしれない。




 まぁしかし、ある意味では異世界召喚。

 もっとファンタジーなものを期待していたのだが、蓋を開けてみたら元いた世界とあんまり変わらない。確かに外観は中世ヨーロッパのソレっぽいが、所々に現代社会の姿も見えた。

 電気は通ってるし、車もあれば飛行機も一応ある。道路は綺麗に整備されているし、電車やタクシーだって存在する。まぁ、車とかは必要ないような獣人が結構いるけど。

 中世と現代がごっちゃになり、自然が豊かになった世界。ソレが1万年後の地球であった。


 何にせよ、俺は一人の純人間として超未来なこの世界を毎日頑張って生きている。

 今年でちょうど10年程だ。タイムスリップ直後はまだまだ若いと思っていたが、30代半ばにもなると老いを感じてしまう時があったりする。


 色々と大変なことも多いが、周りの獣人さんやお国が手助けしてくれるからありがたい。

 









 とまぁ、ここまで説明してもう一度現実に戻る。

 目の前では猛禽類特有の鋭い視線を向ける母親グリフォンと、涙目でこちらを見る獣人の飛鳥・フィンドーラがいる。

 まぁ獣人は長命なので、フィンドーラも俺より年上だったりする。

 確か今年で185歳だったかな?


 モンペアの対処方法は散々勉強したつもりだけど、こればっかりは本当に慣れない。モンスターみたいなペアレントじゃなくて、マジモンのモンスターなペアレントなんだから。

 優しい方だと分かっていても、怖いもんは怖いんだよ。


「ま、まぁこの件はもう一度こちらで再検討しまして、お母さんの納得されるような内容に致しますので、どうかご理解いただきたく……」

「……本当に頼みますわよ、先生。この子も先生に可愛い所を見せたいのですから。あと、常日頃この子の事をしっかり見て下さらないと。いい加減な対応をしたら、いくら純人間でもついばみますわよ?」

「お、お母さん。途中から余分だから……!」


 何やら顔を赤くさせ、母親の口を塞ごうとするフィンドーラ。頑張ってくちばしの先を抑えているが、まるで意味が無いようにも思える。

 見た目だけならお年頃のJKだなぁと思うのだが、実年齢を知ると真顔になってしまうのが本音だ。

 自分の親を上回る年齢の人に、下手な真似はせぬよう戦々恐々とする毎日である。


「あら、そうだったわね。ごめんなさい先生、最後あたりはお忘れになって」

「は、はぁ……承知いたしました」

「では、そろそろ帰らさせていただきます。期待していますわよ、青柳先生。オホホホ……」


 そう笑い(?)ながら、お母さんは窓をブチ破り飛んで教室を出ていった。不良も真っ青である。

 風圧で辺りの机が再び吹き飛び、黒板とかに当たって利用不可能な状態にさせてしまう。

 この修繕、一体どこに請求したらいいモノなのか。最早考える事すら億劫であった。


「じゃあねぇ、せんせっ」

「ん?あぁ、さようなら」


 ガラスが割れて風通しのよくなった窓から、親の後に続くようにフィンドーラが悠々と飛んでいく。俺も飛んでどっかに逃げたい。


「……職員室行くか」


 そう言って、俺は両手で死守した書類を抱えながら教室を後にする。窓の外は、日が沈み夜になりかけていた。

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