外伝 せめて太陽に届くまで
最終魔術帝国防衛戦が、終わり一時的にでは在るが世界に平穏が流れていた頃の事。
その中でも異常ともいうべき武功立てた二人がいた。大字鋼路、大字八重、空討ちの走り、豪華絢爛と呼ばれた二人である。
当時法律国と、魔術帝国、アヅマのほかに三つの国があった。
傭兵国家アルベ、騎士王国スカレ、犯罪の都オベレスアの三つである。
当初は犯罪の都の利権から来るものだったのだが、予想外に魔術師の反抗が強すぎてしまい。犯罪の都はそのままアーゲンベーバーレに統合される。これが防衛戦争とよばれる大陸戦争の始まりであった。騎士王国は、元々魔術師自体を快く思っていなかったことと、剣においてはアヅマいや正しくは大字の剣士に劣る存在たちばかりではあるが剣の王国とまで呼ばれた騎士王国が剣の終わりを認めるはずも無かった。
オベスレア統合から二ヵ月後、騎士の集まる国スカレはアーゲンベーバーレに宣戦布告した。それから同調するように、傭兵国家アルベも進行を始める。正直な話、傭兵派遣を産業の中心として行っていたアルベもまた、魔術師と言う兵器が出てきたら滅んでしまうのは明白だった。
そんな戦争も大字の二人の剣士の介入によって終わってしまう。
当時の大字の剣士といえば、現代の神剣だと思ってくれればいい。彼らに傷を負わせるものなどいるはずも無く、一方的な虐殺が開始された。この頃から鋼路は、剣士の時代の終わりを予期していたのだろう。大字に魔術の技法を組み込む事を、当主として厳命していた。
彼はそのために魔術を守ったといっても過言ではないだろう。実際に、最終剣王の時代大字鋼路は、最弱使いとして有名だったがそれ以上に、守護者としてアーゲンベーバーレの永久勲章を与えられるほどであった。この時代の彼の活躍は、それほどまでに凄まじいものだったのだろう。
満開の花顔、屍埋まりの桜花、花鳥風月大名刀禄(実際に大字の家にはこの文章があります)八種の内の二本、その中でも花の名前を持つ刀は、神篝の禄を与えられるものにしか渡されることは無い。花、鳥、風、月、ただしつきを意味する刃は実際には無かった。過去にはそう言う刃もあったとされるが今、大字に月を飾る名刀は無い。実際今の刀は、過去の名刀の銘を刻んだだけに過ぎない最高のオーダーメイド品だと思ってもらって間違いではない。
彼らの刃は、守護の名刀とされ今でもアーゲンベーバーレの寝物語の一つとなっている。
いや彼らの活躍があったからこそ、魔術師に剣つるぎの名が与えられるようになったのだ。黄昏の剣士、彼らはそう呼ばれる。自分達の時代が滅びる事を分かっていながらその時代のために命と剣を賭けた。そんな陳腐な言葉とともに、彼らは伝説となった。
「のぅ、刃狂。これで我らの時代も終わりだな。息子達には剣と魔術を教え込んでいるが、我らが最強を名乗る事はもう無いだろう」
「認めないわけにはいかないという事であるな鋼路殿、だが我との決着はどうするつもりだ。剣王の名はお主の下にまだあると言うに」
鞘から刃を抜く仕草を見せる剣鬼。殺気を混じらせて鋼路を射抜くが、彼は飄々とした様子を崩さない。
「無理だ、お前じゃわしには敵う筈もない。お前との格付けは、あの時とうに終わったではないか」
「否、我は認めはしない。月を求めて太陽の位に着いた我だが、まだ我が業との結末はついておらん」
「それも踏まえて無理だと申している。未だ一太刀に、自分をすべて埋める事のできないようなお前では、今は勝てんよ」
それは二人の終曲を指していた。
武踏、とさえ呼ばれる大字の剣技の数々。巧妙にして絶大、魔術の様で魔術ではなしと叫ばれ、その最高の位置に値する終曲、最終剣王の時代にて七十と四の武曲が、連なっていて、源流とされる終曲は二種、その中で最後の歌とされる空走、絢爛の二種は、この二人の剣客が、どちらが上であるかを認めるために必要な曲であった。
「認めるわけにはいかぬ、鋼路殿。我が結末は貴方に対する勝利で終わりだ、それまで退くわけには行かぬ!!」
鯉口を切って刃を鋼路に向ける、銀の光が彼を真正面に貫いた。
ふんと彼は名で笑い胡坐をかく。だからどうしたといわんばかりの態度である、頬杖をつき刺せる物なら刺してみろと巌と視線を向けた。
「臆したか!! まだ、大魔術おうアーゲン王でさえおぬしにかなう事はないというに、なぜそこまで戦うことを拒否する!!」
「臆しておるわけではないがな。まだ仮にも一人の子を持つおぬし、なぜいまさら死に急ぐ。おぬしの子供が大きくなってからでもいいであろう?」
「槌打の事か、あの子ならいやでも強くなっていくだろう。むしろ母の情など必要があろうはずもない、我は鋼路殿との結末を夢に見てここまで来たのだぞ!! 太陽ではな
い私の目指すのは月だ、こんな眩やくような光なんて我には不要!! 幼き頃の剣の約定を忘れるな、満開桜の元につける結末を!!」
だが鋼路はそのことを場を聞いても動くことはなかった。
ただ完成された剣士の鋭き眼光が、八重を貫き続けるだけだ。
「今はといったであろう、わしが死ぬにしてもおぬしが死ぬにしても、結末はつける。だがの」
しんと、極寒の風が突き抜けた。
「今のままでは、おぬしはわしには勝てんのだよ。偶然認められた太陽と、確固たる信念を持った太陽、込めるものが違いすぎる。最低でも今の業を超えねばおぬしに勝目な
どうあろうはずもないであろう」
刀の軌跡の跡に音が響く。桜花が地面に地面に突き立てられた、いつ抜かれたかもはっきりとせぬ刃が鞘にゆっくりと収められる。
あまりの衝撃に刃の震えが彼女の震えとなる。そこに開いた絶望的な差は、彼女には想像しえぬものであった。
「な……、これは……」
ただ斬るだけではない。明確な手加減を持ってしての絶対的な差。だがそれで終えるわけにはいかない。
それは童からの一生の願いだ、子供が子供で当たった画ゆえの無邪気な願いに過ぎないが、それがすべて泡沫と断じるのは終わりの始まりに過ぎない。
「今の攻撃をかわすこともできない程度であれば、おぬしにわしと戦う事さえできん刃狂。納得いかぬというのであればそのそっ首をかっ斬り落とすのみよ」
実際今ならできるのであろう、本当であれば刃の時代の終幕を告げるはずの最弱使い。このとき彼が彼女を切り殺してさえいれば、神剣の時代はまだ遅くなっていたのであろうが、彼はここ彼女を殺すことはない。
「そうであるのか鋼路殿。未だ月にも至らぬ我では、神篝にはかなわぬと、そういうことですか。そうでしょうとも、実際今私は完膚なきまでにあなたに敗北した、だが一年だ、一年で我は鋼路殿あなたを抜くどんな手段をもってしてもだ。我は、あなたとは対等でなければ、対等でなければ」
「対等でなければどうだという、それよりも槌打のところにいてやるが」「否!!」
彼女はその言葉をさえぎる、そこには怒りよりの絶望があった。奈落の中に永遠にぬかるむように彼女は、おどろおどろとした表情を作っている。
「それだけは認めぬ。我はどれほど言われようとあなたとだけは対等でなくてはならない。奈落であろうとだ、我はあなたとだけは……、待っていろ最強使い。我は、どんな手段でも使う、我は負けた、次は勝利する。槌打は鋼路殿に任せる、父親だそれぐらいしても別に罰は当たらん。負けるわけにはいかぬのだよ」
飛ばされた刃をつかむと彼女は大字の屋敷から出て行った。
「ふむ。一理ありといったところであろうか、だがわしに育児とはいくらなんでもそれは無茶な話であろうが」
ぎゃあぎゃあと泣き始める自分の息子の世話に軽い絶望を覚えながら、さて厠か、それとも腹をすかしておるのかお前しかわからんというのに、呟きながら乳母を呼ぶ。はぁいと、言う声を聞くと二人して息子の元へ向かっていった。
まさか彼女もこんなところで、鋼路に勝っていたとは思いもしなかっただろう。
***
大字ではだめだった。それは、どの大陸でも駄目だったという事を意味していた。
ましてや彼女はその時代の最強の剣客の一人である。誰が立ち会いたいと申すだろうか?
最初の一月はそんな風にして時間が過ぎた。
「桜花よ、我は使い手としては無能であるのか?」
刃が答えることなどありえはしない。
だが対等足りえる存在、それが彼女の望みであり結末であったはずなのに。
「その道は遠い、どこで違えたか。神篝を持って劣ったか、我はここまで弱かったか? 手段を選ばぬかよういったものよ我も」
刃を握りながら刃の道を見失って言ったのはちょうどこの頃からである。
「すでに剣の時代は終わりだ。剣の都さえもわかっている事、ゆえに最後の牙を突き立ておった。ふ、はははは、まさかここまで、逃避に走るか我は、未だ異郷にたどり着かぬ未熟者癖に悩みつづけておる。無様すぎる、これが太陽と対等にあろうと思ったものか」
悩む時間があるのならば、武器を振れば。いやなやむゆえの無謀であろう。
「いっそ過去の祖の如く狂って見せるか。それももはや我の身では一興の事に過ぎないが、唯一まともにやりあえる敵が一人になることの悲しさか。我はどうすればいいというのだろう」
途方もない、いくらの努力も無駄である。
そうやって半年の時間がたった。自分との問答の決着はつくこともなく、一人の女によってそれは打ち破られることになる。
聖女 二重交差 、法律国の王であり六千年を生きたとされる伝説の人物だ。
「いや、まさかここに英雄の一人がいるとは珍しい。少し前から行方知れずになったと聞いていたがここでくるとはぼかぁー驚きだ」
偶然であるかのように話しかける聖女。
「いやはや、大字のいや交錯の子孫がここに現れるとはね。初めまして、大剣豪 刃狂 、始祖には劣るもののその眼光鋭すぎる。いやまさに未だ剣鬼か、太祖の剣を使えながらよりにもよって、そいつの剣を振ろうと考えること自体がおかしいものだと言うのに、すでに君は刀など必要もないはずなのに」
「勝手なことを……」
「しかしまぁ、月の道か。修羅道でさえ霞む様な外道の道を、太陽の付加属性に過ぎないくせにまぁ異常な事だ。だが残念なことに君ではその道は無理だ、斬裂から逃げたんだろう、無理に決まっている。あれが唯一月の道をなすための刃だぞ、人の器すべてを無価値する刀。
まぁ、理解はしなくていい、僕自体あいつから聞いただけで詳しい内容なんか一切わかんないしね。だがだ、君のうわさは聞いている、力が欲しいなら幾らでもくれてやるよ。どうも下法魔術は完成したようだ、桜花だったかなその刃渡してくれるなら力をくれてやる」
この声に彼女は、乗ってしまう。
今まさに刃は、ひとつの価値を失う斜陽の時代となる。
「そして何よりもうひとつの条件をつけさせてもらう。軍神になってもらおう我が国最強の守護者に、なぁに存外に悪いことでもないだろう。十字の血筋であれば僕にとっては孫と同じだ、悪い取引ではないだろう。あの鋼路にだってかなうかも知れないんだぞ」
「本当なのか、勝てるのか鋼路殿に、あの人に勝てるのか!!」
「それは君しだいだ、君は魔術師の時代を告げる黎明の剣士だ。黄昏の剣士を打ち破ってくれるというなら幾らでも、どうだ? どうせもう君は極められない、断じてやる断言してやる、君はすでにこの言葉に心揺れている時点で無理だ。あれはそう言う物なんだよ、どうだい、あの最強使いに勝てるかもしれないんだぞ」
鋼路に勝てる、彼女はその為だけに刃を侮辱しつくした。
「頼む」
だがそれだけしか彼女に残された道はなくなっていた。
「はははは、まよひの雲の晴れたる所こそ実の空としるべき也。空を道とし、道を空と見る所也。ってなものだね、これで君派遣し伸して終幕を迎えた。刃という侮辱を君は始めるのだから」
まったく違う意味の歌を歌い、彼女は笑った。
迷いなど晴れてはいない、今打鍵の境地には程遠い未熟は手段を選ばなくなっていただけに過ぎなかった。
迷いの中すべてを捨てる決意ができたのはこれから半年を要した。
まさかこれが聖女の企みの一つとも知らず。彼女はその剣を手にする、大千剣、皆殺しを物理的に証明する刃であった。
「よろしい、これで君の名前は大字ではない、シェリー=ゲルベーガ=ガインベルグ。君の名前がそれだよ、二度と剣士に離れない道を選んだ末路の名前にはいいだろう」
聖女は彼女を嘲った。
***
それは昔、童の頃の話だ。
「ねぇ、鋼。大字のけんしに私はなる、鋼と同じけんしになる」
「桜、お前。馬鹿だろう? 剣士なんて斬って斬られるだけの終わりのない運命論者のことを言うんだぞ」
「けど鋼は、そこで一番強い人になるんでしょ」
当然だと剣を掲げて格好をつける。ほれた女子の前でぐらい格好の一つも付けたいのだろう。
「なら私もならなくちゃいけない。だって私と鋼路は、友達でしょう、何よりライバルだって言ったじゃない」
そうこれが彼女が対等と言い張る理由。
だが彼は首を横に振り続けていた。彼女は守りたいと鋼路が思う対象でしかない、戦いたいだなんて思わなかった。
「けど」
「けどもくそもあるかー」
この頃の彼女は結構気楽な性格をしていた。
だが無駄にしんが強いというか、魔術師向きの思考をしていたのだ。一度言った言葉は二度と取り下げない、それが黎明の剣士の役割を与えられる理由となった。
「私は鋼とはいっしょ。勉強で何でもそうやってきた、それだったらけんだっていっしょだー。」
それが月狂の始まり。
それからいくつか年が過ぎて二人は天才と呼ばれるようになっていた。
「ねぇ、鋼。私と鋼じゃあんまり強さは変わらないんだよね」
「まぁそうだろうな。何しろ俺は、神篝になる男だぜ」
「それでずっと思ってたことがある。私は月の道を目指す、太陽に対抗する月、まさに対等だ!!」
彼女の満開の笑みに、彼は顔を赤くさせていたが気付く事はなかっただろう。
だがやはり彼も剣士だった。すらりと抜かれた刃をかざし、彼女もその刃に合わせる。
「ならこの満開の桜の元で決着を付けよう。お前が月に満ちたときに」
「わかったよ鋼、約束だ。この桜の元で」
りぃんと、剣が鳴いた。
***
満開の桜の元で、二人は口上を述べるわけでもなく相対した。
「剣士を捨てたか、それがお前の結論かわしに勝つための。本当に手段を選ばんなお前は……あぁ、そうだ槌打は息災である喜べ、もう己の道を決めておる」
「そうですか、ですが我には関係などない。我の名はシェリー=ゲルベーガ=ガインベルグ」
一瞬彼は泣きそうな顔をする。
そうかと一言、刃を抜いた。
「空走では」
「なめるな下郎が、一年あれば剣の道は自分を次の段階に上げてくれるわ。逃げたのなら御託を抜かすな、来い、殺してやる」
約束はここに成される。
しかしながら、二人が思ったとおりの結末でなどあるはずもない。
始まりの音はなかった、刃が届く距離がないにもかかわらず二人は同時に武器を振るう。
「ほぅ、それが魔術師か。守護壁、まさかここまで容易くわしの刃を弾くとはおもわなんだ。だが次はどうだ」
「無理だ、我がそれを認めたら捨てた意味がない」
神篝同士ゆえの遠距離の攻撃だ。空気という斬る物質がある以上、彼らはそれさえ武器にする。刀など必要ないくせにだ。
最初の攻撃は鋼路に分が在りながらなお、首を切り落とされることなどなかった。
それこそが魔術師が誇る剣士殺しの一つ目の手段、障壁である。
剣同士がぶつかり合う距離まで二人の移動は瞬く程度の時間だった。彼女の一刀は、地面を抉り殺しながら鋼路へと迫る。大千剣、その本領の発揮だ大群どころか対国家級の一撃、彼は大差履きでそれを避ける。振り返りざまに一刀、当然の如く弾かれる。
障壁を蹴り飛ばし一度距離をとる。
「結局お前は、刀の矜持さえもわからなかったわけか。無様な形に桜花は、朽ち果て、得たものは最強の高度を持った障壁と、一瞬でこの体さえも切り刻む兵器、後あげるとするならばお前の身体能力を上げたそのすべであろう。
下らん、それ以上に下らんのはわしの方だ。その障壁も身体能力も兵器さえも滅ぼすことができんのだからな。だが引くわけにも如何のだ、一つ見ろこれがわしの刃だどう
せお前の障壁に弾かれる」
離れていた距離と彼の位置が一定としない。殺気が彼の位置をぐちゃぐちゃに破壊する。その陽炎さえも剣に取り込むようにして静寂が、そして認識が狂う。
終曲 空走
彼の使うこの業はただの居合いに過ぎない。だが大戦時代は雷光を持って走り抜ける紫電の一太刀、今はそれさえないただ研ぎ澄まされるだけ研ぎ澄まされた刃。
だが彼が一つきわみに近づいた証明だ。
「これも届かぬか、まぁいい。わしはどうやらおぬしに負けるようだ、だがただで負けると思うな。早く殺したほうがいいぞ、剣王お前に敗北を認めた弱者がその首切り落と
す前にな」
時は静寂なれど明朗。
「ようやくお前に負けたか。だがようやく、追いかける側これ程うれしい事があるか。またわしは始められる、その障壁ごとおぬしを斬り飛ばす」
声をかけられない、一人楽しそうに笑う鋼路が羨ましくてならない。
「見ておけ、これからすべて空走が結末付ける。とくと見ろお前が選ばなかった太陽の道だ」
これ程嬉しいことがあるかと彼は……、笑う。狂っているのは果たしてどちらだろう、人間過ぎた彼女は、真の意味での剣鬼たる彼にかなうはずがなかったのだ。
来いと、予告どおり居合いの型で構える。
よけることのできない刃が何度も彼女を切り刻む、障壁が悲鳴を上げているのさえ理解しているだろう。ここまで落ちてなお彼女は、鋼路によって敗北の道にさらされてい
た。いや負けるはずがない、だがそれでも彼女は致命的なまでに追い詰められていた。
魔術師にとって一番大切である。精神というその分が切り刻まれていったのだ。
「楽しい、まだ斬れない物がこの世にあったか。それを斬ったら次にいこう、挑み続けることの楽しさとはこれ程のものか。羨ましい、悩むことの快感がこんなところにあるとは」
斬鉄を越え、ここで彼の技は昇華され続けていった。刃の衝撃が彼女を切り裂くほどまでのその鋭さは、細く正確に、何よりとがって。彼女を斬り苛み始める。
「お前と盟約を刻んだときから思っていた。お前が恐ろしいと、一年と期日を付けたときお前に恐怖なんて感じなかったが、そうか!! お前が剣士の滅びだったか、よりにもよってわしの最高の敵が、剣の好敵手が、刃の時代の終焉か!!
魔術の黎明を刻むのはお前、わしは刃の黄昏を、なんともふさわしく愚かな結末だ」
「なぜあなたは」
「聞くな敵よ、このときを持って決めた。予言してやるぞ、剣は終わった、だが刃は終わらぬ、未来永劫刃は続く」
わしの力を持ってでも続かせて見せると、剣の王がこの戦いの終幕を告げた。
二人の構えは同じく居合い、やはりこの結末が一番だと彼女と彼の間で笑いが起こった。
たんと弾く音、地面が蹴り抜く。この二人の技の性質は似ているようで違う、空走とはどの条件からでも居合いを放つことできる技であり、絢爛は完全な待ちの剣。動と静をつなげる剣の戦い。
絢爛のほうがやや早く放たれる。絢爛の致命点は、追撃の二刀目にはいるまで時間だ秒数にしてコンマ数秒、だがその間に死神の刃は彼女の胴を切り払う。
だからこそ鋼路はそのセオリーに従いその一撃を避けた。
だがここで鋼路が攻撃をしなかった。当然だ、何しろその後に遅い来る暴虐刃が彼には恐ろしい。それも含めた上でさらに一歩踏み込む、剣山のように刃があふれ駆るそのさまは異常というほかなく、鋼路のわき腹を吹き飛ばす。劇つがは知るより先に脳内麻薬の異常分泌がそれを阻み、刃の進行を妨げることをしなかった。
ひやりと吹き飛ばされた部分が冷たくなったが、それでも刃の進行は、止まらなかった。
障壁が彼の攻撃と、彼女の攻撃の境目をなくす、だが物理攻撃力では圧倒的にシェリーの方が上だ。嵐が来る前に結末を見なければここで鋼路の命ごとは解されるのは明白である。
声なき絶叫が、二人の間で共鳴する。障壁の破砕する音が、暴虐の嵐の叫び声が反響し音の波を世界に響き渡らせ桜を散らせた。
「最高の一撃さえも届かぬか」
深々と刃が彼女の体を払った。だがそれは切り抜ける前に鋼路の体を吹き飛ばしそのまま彼を動かなくする。
地面に縫いとめられた敗北者はその場で高らかに笑い始めた。
「くはははは」
この上なく敗北が楽しいことのように彼は笑う。己の刃が終わったと言のに、彼の終わりはまだ遥かそういい続けているようだった。
「これで結末か、わしの刃の頂は、死なぬだけわしは強かったと思うか。まぁただでやられるほどわしはお人よしでもなんでもないからのぅ」
「化け物め、どこ我の敗北だ。致命傷は避けたが動けもしない、我の負けと言っても」
彼は首を振ってそれをさえぎった。
「それは違うぞ、これが限界だわしの。知っておったか、もうすでに腕の骨は折れ、神経後とそのすべてを破壊された。感知するまで幾年をかけるかわからぬ剣士としては致
命傷だ、もうすでに全力をかけつくしたおかげで目は見えん。心眼と言う技法もあるがのぅ、一朝一夕で出来るものでもなし。
負けだわしの、これがわしの今出せるすべてだ。
八重、褒め称えてやるぞ。わしの勝利したのだ、剣王であるわしのすべてを打ち砕いたのだぞ魔術師が。もう終わったのぅこれで剣の時代も、しかしまた戻るぞいつか覚えておれ、いつか来るぞ鮮烈豪華絢爛、刃の宴が、刃の宴だぞ、心躍らせて待っていろ、わしが作るぞその架け橋を宴の準備をしてやる」
動けない体を震わせながら声を振り絞る。
「楽しみにしてやる」
涙を流しながら彼女は吼えた。それを勝利とだなんて思っていない、いつか来る宴のために、鋼路が鍛えた刃が、負けたとさえ思っている彼女は叫んだ。
「楽しみにしてやるさ。その為に我もこの道を究めてやる、あなたを越えるために、その宴さえ叩き潰せるように!!」
「いいかわしの次の刃は、四肢が斬り裂かれようと、と無くなろうと、吹き飛ぼうと、動かなくなることはない。覚えていろ、わしの次の刃は、わしが作り上げながら己の道を歩む屈辱だ。
覚悟しろ、認識したなら、心しておけ。わしはそのとき死んでいるのだろうがきっと楽しいことになる、わしがそう認定した、断定した、確定した。これで忠告はしまいだ、その為には殺されてやるわけにも行かんのでな。さっさと直せ八重、最低限夫と思っているのなら」
「はい」
二人はそれで生涯の別れを済ませる。
槌打、いや最終剣王の父親である彼さえも自分の母の存在をくわしく聞かされたことはない。知っているのは、当時の空凱将軍、大家、そして乳母ぐらいのものだろう。これ以降、最強使いであった鋼路の名前は最弱使いへと変貌する。
倒れた彼を癒した後二人は一礼してわかれた。これが今生の別れ、彼女は孫に切り殺される。
それまでの間、彼女は最強の一人であった。
然らば、その宴まで幾星霜も
***
二つの空が走り抜けた。
たぶんそれは命をかけた刃の絡み合いの終わり、一時とはいえ彼が無意識にたどり着いた月の位。逆袈裟に切り裂かれた彼の祖父の姿がやけに痛々しくうつる。
彼は荒く息を吐き、慌てながら飲み込む。そのおかげで間呼吸は正常に戻ってなどいなかった。
「たのしかったなぁ」
祖父の最後の遺言が響き渡る。
死体のはずのそれは嬉しそうに笑った。過去の盟約、そして敗北、予約始まる宴の刃の完成がここに成されたのだ。
「たのしかったねぇ」
少年もまた同じように、その二人の一時がすばらしきものだったと歌う。その二人は家族、その二人は師弟、そして今は同等たる実力と褒め称えるべき勝者と敗者、決着を迎えた古びた道場ではその二人が死ぬ間際まで称え合う。
二つの夢が交差しつむがれる。願いと言う結末がここに一つあったこと、彼は知らない。ただ祖父の死に様を満足そうに眺めるだけだ。
「死ぬまで平然と言うのは辛いが、それ以上に孫の成長を祝うとするか。わしはどうせ後二分と持たんのだ、よくその身にしてその無才がその刃を持ってわしの領域までよくいたった!!」
願いはかなえられた、わしの願いはここに成されたのだ。やっと来たのだわしが望んだ最後の刃が。誇れ孫よ、お前はすでに最高だ。
「別にたいしたもんじゃない。ただもうこの業しか残っていない残さない、僕は爺さんさえ業にしてこの業で到る、とっくに剣にうずもれて死ぬ覚悟は出来たんだよ。ならば親父や兄貴に劣るはずは無い。この身はすでに生きて死ぬのは全てこいつと一緒だ」
年相応とは言いがたい凶器を彼はまとい轟々と燃え上がる。冬という季節とその死闘の二つをあわせ彼は白い蒸気を上げながらその凶器を身に宿しながら煌々と笑う。
それがまるで燃え上がるようで、明かりを照らすようで、その凶器を見る肉親はいっそうに嬉しそうに笑っていた。
二人の狂鬼にして剣鬼は、楽しいと、楽しすぎるぞと笑う。
「羨ましい、羨ましいぞこの大馬鹿が、まだ剣に生きるか……、まだ生きていくのか羨ましい。わしはお前という剣鬼を作ってそれでしまいなようだがなぁ」
「羨ましいだろう、いくらでも逝ってやるどうせもう僕には剣しかないんだからな。この業で生きていくさ、この魔法が全盛の時代で、世紀すら遅れたただの剣客一匹、どこまででもいってやるさ」
彼は掠れた声で笑っていた。
「そうか、ならお前にくれてやろう。最後の名前を、受け取れ選別だいつ名乗るかはお前が決めろ、月の位 大字のものであって大字でない最後の刃。お前にその名前の始まりをくれてやる、ついたち、ついたちだ。光はないだろう、お前には当に満月であるその刃があるのだから必要などあるはずもないであろう?」
「受け取っておくよ。いつになるかわからない道だが、その道を僕はとっくに歩んでいるからね」
さぁ行こうか。
ひゅうんと刃を振るった、無才の男が祖父を切り刻んだ。その証拠がそこにはあった、彼はその同情から一歩、一歩、ゆっくりと歩みだす。これが朔と呼ばれた彼の刃の道が動き始めたときの話である。
事切れたはずの死体は、彼がいなくなって意識を取り戻した。
「待っていろ八重。月が来るぞ、お前が望んだ月が、わしでは終わらない刃の宴が始まる。桜花が咲くとき、わしとお前の結末だ。満開の桜の元の結末だ」
そしてその終わり。
一人の剣客との結末を負え彼女は死に体となった。そこに迫る本当の敵の刃、それは鋼路と変わらない空を走る居合い。不恰好な武曲を鳴らしながら、彼女の体に迫っている。
「彼女は言っただろう、お前は僕と彼女が喰らうべき供物だと。最初から二対一と変わらないんだ僕と彼女は、一人で戦うお前には理解は出来ないだろうが」
確信した、それが月か。一人では歩めぬ外道。
理解した、なぜ自分がたどり着けなかったのかを。
本物が自分を殺すと不細工なほど砂の音は世界に響く、一定とした音ではない、それこそ先ほど二人の天才が紡いだ曲に比べればなんとつたない事か。だが愚直で、その曲を弾き切ると断じたその姿は美しいとさえ感じる。
始まるのだなぁ鋼路殿。あなたの言った刃の宴がここで、ようやく始まるのだな鋼路殿。これが刃の宴の化身か、すごいこの桜の咲いた世界で、あなたは私との結末を付けたのか。参った、こればかりは参った、いっそすがすがしいまでの敗北だ。
孫の鋭き眼光、動けぬ体で自分を斬り放つであろう刃の奇跡を見る。凡庸で稚拙、だがなんと、なんと、すばらしい。
だが理解したのは彼の意志ではない。その刃と音色、なんと鋼路殿や私と比べて澄んだ音色か、なるほど月狂いの道と入ったものだ私はすでに、
―――ー間違った道を行っていたのだな
――――そのとおり、だがようやったよおぬしはようやった。おぬしは今月の道の真の意味を理解したのであろう?
――――そうですか、我の終わりはここですか
――――だからおしまいじゃお前とわしの結末はここでおしまいじゃ。
さて、もうわしともども宿ねむれ。
空を走り抜ける一つの刃が、八重と言う女のすべてを切り伏せた。
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