ようこそダンジョンの救命救急病院へ 3
「……あれ……ここは? たしか私はダンジョンで……」
ダンジョンで力尽きた少女、ブルー・ブロンズが次に目を覚ました場所は、これまで、彼女に全く縁のなかった場所だった。
それゆえに、その場所の見当をつけることがブルーには出来なかった。
ランタンの薄明かりに照らされた部屋に真っ白いベッドに自分が寝転がっていること何故か高い位置と普通の位置の2つに窓があること、見上げているだけでこの場所についてわかるのはこのくらい。
(もう少し情報を……)
ブルーは体を起こす。しかし、普段なら造作もなくやれるはずの行動が困難を極めた。
「うっ……」
ブルーの腹筋、そして喉元に鋭い激痛が走る。
よく見れば、体中あちこちに傷口を覆い被すように布が当てられ、首もほとんど回らないように固定されているし、左足と右腕には添え木の上から形を矯正するために包帯が巻き付けられていた。
「手当て……されてる……? 一体誰が……?」
「すぅ…………すぅ…………」
小さな寝息がブルーの死角から聞こえる。
隣にもベッドがあるのだろうかと、ブルーは極力腹筋と首に力を入れないよう、寝返りをうつように体の正面を右側に向けた。
「あ…………」
そこいたのは柔らかいベッドではなく、真っ白い上着を肩にかけ硬い木製の椅子に腰を据え物書き机に伏せるように、細い腕を枕にしながら眠っている美しい少女だった。
どこかに消え行ってしまうような儚さを感じる純白でありながら、たしかに存在を主張するようにランタンの灯に反射する光沢をもった髪と肌。
小さな頭に飾られた瞼に乗った睫毛は長く、薄い桜色の唇は瑞々しい。
地面にたどり着いてないサンダルの爪先から察するに、ブルーよりも小柄で、その端正な顔つきには幼ささえ感じる。
決して派手ではないが、ほぼ白と黒のみで構成されたその容姿は慎ましやかな可憐さがあった。
まったく現況が掴めていないにも関わらず、女子であるブルーがその子に目を奪われたのは、ただ美しい容貌からだけではない。
どこか、似た面影の誰かを彼方の記憶に留めていたからだ。
「ねえ……さん……?」
決して似ているわけではない、白銀の髪がランタンの灯りで赤くなっていたから勘違いを起こしたのかもしれない。
ただ、その穏やかな寝顔がどこか、もうすぐ顔を見なくなって十年になる赤い髪をした姉を彷彿とさせた。
「残念ながらお休み中の彼は、アナタのお姉さんじゃないわ」
少しの間、眠りこけたその子に見惚れていると、背後から声を掛けられた。
「おはよう。意識が戻ったようでなによりよ。ブルー・ブロンズ」
先程と同じ要領でブルーは振り向くとそこにいたのは、食事の乗ったお盆を持った長身の美女だった。
「えっと……おはようございます?」
顔がいい。素直にブルーはそう思った。
この辺りでは珍しい黒い髪と平たいけどそれに見合った切れ長の目とそれにはめ込まれた紫水晶の瞳からは知性的な雰囲気が感じられた。
「本当はそこで寝ている人ように持ってきた物だったけど、良かったら食べて。しばらく何も食べてないからお腹空いてるでしょ?」
そう言って美女はベッドの脇の台にお盆を置き、同じく脇に備えられたイスに腰掛けた。
「私はシスイ。この病院で看護師をしている者よ」
「病院……そうだ、私……」
シスイと名乗る女性に言われ、ブルーは自身が今置かれている状況に合点がいった。
ダンジョンで倒れたブルーはここに運び込まれ、治療を施された。
病院、どうりで見覚えのない空間なわけだ。ブルーは生まれてこの方、病院という施設に入ったことがなかった。
「けど……どうして? 私、一人……だった」
ただ一つ、ブルーにはわからないことがあった。
ただ一人でダンジョンに潜り、そのまま一人で無様に倒れた。助けを呼ぶ。というより、そもそもブルーが瀕死の状態であることを知っているのは彼女一人だったはずだ。
そのことを、第三者に知らせる手段などなかったはず。
「受付で聞かなかった? ダンジョンに潜る探索者全員にこの小瓶を渡してるって」
シスイは首から提げているブルーにも見覚えのある小瓶を見せた。
「この小瓶は開封すると中から赤い狼煙が出るの。その赤い狼煙が上がると、それに反応してギルドと、この病院に発生した位置が分かるようになるの」
「あ……」
思い出した。
ブルーは僅かな希望を抱いて開けた小瓶だ。
本当に小さなモノだけど、その小瓶は確かにそこにある希望だったのだ。
「そして、位置情報を頼りに、各階層に配備されているこの子達が救助に向かってくれる」
この子たち、とシスイが呼ぶと手を受け皿のようにする。すると彼女の背後から、これまた小さな者たちが現れそこに着地した。三つも。
「――ッ!」
「――――ッ!」
「――ッ! ――ッ!」
「――ッ!?」
最後のはブルーだ。
それらは胸に赤い十字のマークを塗装された、人型の何か。
それぞれが、それぞれの形を成し、それぞれの意思を持っているかのように腕を振り回したり、飛び跳ねたりしている。
「これ……は……?」
「その子たちはね。ゴーレム。自分の精霊術で作ったモノだよ」
また、ブルーの後ろから声がした。今度は入り口側じゃなくて窓側。つまり……机で寝ていたあの子だ。
今度もブルーは振り向こうとしたが、優しい声音で「大丈夫だよ」とだけ聞こえたあと、一歩毎に立ち止まるようなゆったりとした動きでその子はブルーの視界に入ってきた。
「ふぁ〜〜……おはよう。ブルー・ブロンズ。シスイも」
硬くなった体をほぐし、少しボサついた長い髪をまとめ上げたことで外気にさらされている項を掻きながらその子はシスイの隣に立った。
「おはようございます。アナタの分の朝食も持ってきて貰いますね。1号、2号、3号お願い」
「ああ、頼んだよ」
三匹のゴーレムは「了解した」という意思表示なのか、それぞれビシッと手を上げ軽快な動きで部屋を後にした。
ゴーレムを見送ったあと、白い上着を羽織ったその子は胸ポケットに引っ掛けていた
「自分は、シルヴィ。この病院の医師をしてる精霊術士だ、君の担当をしている。人は僕のことをドクターとかシルバーとか、あとはスモーカーとかって呼ぶけど好きに呼んでくれて構わない。中でも僕のお気にに入りの呼び方は『
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