第2話 チャンス

 一か月が経ち、望みは白紙へと消え去ってしまった。文字ひとつ浮かばない紙は、希望という名の文字でさえも消えてしまう。


 多数の不合格通知書を束のように積み置き、外へ出られなくなってしまった。


 人に見られるのが怖い、そんな恐怖がいつしか現実となり、家から出られなくなってしまった。部屋にいてはゴロゴロし、テレビで魔法使いの番組を避けては、ベッドの上に寝転がる毎日。


 夢の世界では魔法使いとなって魔法少女や少年たちのように活躍する日々が劇化される。現実では成し遂げなかった夢も夢の世界では現実となって体感できる。


 努力をやめ、魔法使いの道も閉ざそうとしていたとき・・・老婆に出会った。


 その老婆は、夢の中でだが、怪我をしていたので魔法で助けたら、大変感謝された。


「これだけすごい魔法を・・・あなたはどこぞの魔法使いでしょうか?」


 と、問われた。いつもならノリで『名乗れるものではありません』と名乗るのだが、この時ばかりかは違う答えを返していた。


「夢を閉ざされ哀れな存在です。」


 と、虐げるかのように自分を見た。


「そんなことはありません」


 老婆はにっこりと笑い、


「あなたのような優しい魔法使いさんは今まで会ったなかでも一番です。人に思いを尽くす優しい心の持ち主だ。ほら、この子もそうだよといっているよ」


 足元を見ると、足にすがりつき尻尾を振るモフモフの綿あめのような生物がいた。抱きかかえるとモフモフな毛皮は心を病んでいた闇をきれいにさっぱり打ち消すかのような心が浄化される気分になった。


「あなたに会ってよかった。」


 老婆は立ち上がり、これをと手渡してきた。


「推薦状。私よりもあなたがもつべき。私はもうあのセカイへ行けれる年代じゃないから」


 そう言って強引に押し付けられた。


 その推薦状には『魔法学校へ』と書かれていた。


「おばあ・・・」


 顔を挙げたときにはすでに老婆はいなかった。


 代わりにモフモフな生物が肩に移動し、顔を寄り添う。


「白くてモフモフだな。そうだ、君の名前はモンだ。よろしくなモン」


「モンッ」


 嬉しそうだった。離れようとせずずっと一緒だった。夢から覚めると、ベッドの上にいた。あれは夢だったのかと頭を左右に振る。


「モンッ」


 声に起こされ、その声がした方へ振り向くと夢で出会った白いフワフワの生物と老婆がくれた推薦状がベッドの上に置かれていた。


「――あれは夢じゃなかった」


 その推薦状を開け、中身を読んだ。


『この招待状を見た者へ、扉をお開けください。ご加護をあなたに差し上げます』


 と、驚かされるばかりかアレが夢ではなく真実だったのかと驚かされる。急いで両親に伝えるため、扉に手をかけた。


 すると、扉の先は時計がいくつも浮かび上がり、その中にローブを被り、マントを付けた女性が正座して誰かを待つかのようにずっと眠るように瞑っていた。


 そこが足場があると思い込み、廊下に出たはずがその空間に出たことであわてふためく。宇宙空間のように上下が分からず回転する。


 足場がなく壁も天井もない空間で、来た道へ引き返そうとするが扉がいつの間にかなくなっている。


「・・・!!?」


 声がでない。

 息はできるが声を失ってしまっている。


 何が起きているのか。


「モンッ!」


 モンは喋れるようだ。というか鳴いている。


 一緒についてきたのか。


 それよりもここはどこなのだろうか。見渡す限り時計ばかり。腕時計から懐中時計、壁掛け時計と様々な時計が存在している。川のように時計が流れている。流れてゆく先も後もどこにつながっているのか時計は消えては出現するのを繰り返して現れている。


 ここは異空間なのではないだろうか。


 もしそうなら、どうやって帰ればいいのだろうか。頭の中で高速回転する。普段使わない部分までフル回転するが答えは決まって、『無理だ、目の前の人に聞こう』にたどり着く。


 目の前、数メートル先に正座している女性がじっとこちらを睨むかのように糸目で視線を向けていた。パッと見れば寝ている風にも見える。


 このとき、パアァッと推薦状が光った。


『待っていました』


 頭の中で直接声が届く。


 これは、女性が投げかけているようだ。


『異空間に拉致されて幾多の時代が過ぎ去り管理している世界を野放しにされてきました。私はまだ解放されるまで永い眠りにつかなくてはなりません。そこで、その招待状を受け取ったあなたにお願いがあります。私の力を渡す代わりに『異世界』を救ってください』


 招待状・・・? 手に握る推薦状のことか。


 先ほどまで光っていたが、今は何ともない。


『モン、あなたがこの人をお守りくださいね。私からは使い魔としてあなたを実体化できるように力を与えておきましょう』


『モンッ!』


『では、異世界へ出発します。あなたは魔法士ルア。レベルは1、ランクも1ですが、異世界からやってきたと口にすることがないように。これはあなたにしか知らない情報です。レベルもランクという概念もございません。ただ、成長している・熟練度といった目ぼしいものが身近で見られるようにするだけです。』


 レベル、ランク。


 レベルは経験を積めばレベルアップ。成長を直に感じられるようになる。


 ランクは熟練度。魔法に対して努力の開花、使い慣れるなどして感じ取れる。ランクが上がれば自動的に新たな魔法を習得していく。


『最後に、召喚術も教えておきます。一定のレベルアップに応じて新たな使い魔とモンを成長させます。この世界は管理から離れた今、どのように暴走しているのかわかりません。蒔いた種がいかにして成長し、滅びの道をたどっているのか見当もつきません。ですが、あなたの目を通して私は知ります。私からは何かできるわけはありませんが、あなたが不正解を選ぶことないことを願っています』


 そう言って、その女性は頷く。


 引力のようにルアは吸い込まれる。いつの間にか後ろに出現した扉に吸い込まれる形でモンと一緒に強制的に退場させられた。


 まだ、女性が何者か、強制的なのかを聞く前にこの空間から追い出されたのだ。



――魔法士ルア。レベル1 ランク1

 使い魔:モン 得意属性:時 武器:杖


 魔法士として、魔法学校に転入した初日、試験場へと訪れていた。


 魔法学校の門をくぐったところ、いつの間にかダンジョンへもぐりこんでしまっていた。このような現象は各地で見られている。この世界の住人はダンジョンのことを〈ラビリンス〉と呼んでいる。


 ラビリンスがどのようなきっかけで生まれ、消えていくのかはまだ分かっていない。ラビリンスに迷い込んだ者は出口を探して自分で脱出しなくてはならない。


 最初の試練。ひとりで魔法をこなして出口に到着しろ。

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