影の立役者
ツクヨの放った剣は、不器用ながらも蛇女の頭部へ向けて飛んでいく。だが彼らのこれまでの戦闘に比べるとスピード感に欠ける。アズールがラミアを投げ飛ばす速度や、蛇女の風の刃に比べると遥かに遅い。
飛んでくる剣を前に、意表を突かれた蛇女は対応しきれぬ攻撃に身構えていたが、投擲スキルを持たないツクヨの投擲では、常人の投げる速度と変わらず、とてもではないが戦闘で役に立てるようなものにはならなかったのだ。
肝を冷やした蛇女はツクヨの投擲を鼻で笑うと、目を閉じて一息つく余裕を見せる。
「なッ・・・何だアレはッ!?あれじゃぁ・・・」
「しょうがないだろ!?私だって剣を投げるなんて慣れてないんだから!」
剣を投げるまではアズールの想定していた通りの展開だった。彼の落ち度は、ツクヨの投擲技術を事前に確かめなかった事だろう。それでも狙いは悪くない。何とか加速させる方法があれば、狙い通り命中させることが出来る。
「おい、人間!足場になれ!俺があれを押し込んでやる!」
「足場って・・・空中で!?どうするのさ」
足場と言われても想像がつかないツクヨに対し、足を曲げて見せるアズール。その動作を見て察したツクヨは、アズールの背中から離れ衝撃に備えて身構えて見せる。
「よし!いつでもOKだよ!」
アズールは曲げた足をそっとツクヨの肩に当てる。そして狙いを定めるように蛇女とツクヨの投げた剣の位置を確認し、勢いよく彼を蹴り上げ空中で軌道を変える。
しかし、既に蛇女は投げ放たれた剣を撃ち落とさんと迎撃の体勢を取っていた。風の刃を放つ準備と、万が一獣人のアズールによる別の策があった際の対策として、防御の魔法の準備も整えていた。
不意を突かれたことにより、蛇女の警戒心はこれまで以上に上がっていた。守りは固く抜かり無い。このままアズールの目論見通り、ツクヨの投げた剣を加速させることに成功したとして、守りを固めた蛇女に通用するだろうか。
「一瞬だけ肝を冷やしたぞ。だが手の内が晒された後では、最早どうしようもあるまい!」
蛇女の方へやって来るアズールに向けて手を翳し、再び風の刃の魔法を唱えようとする。同時に下方の腕が防御の魔法を自身にかけようとしたところで、蛇女に異変が訪れた。
魔法を唱える体勢に入ったものの、蛇女は一向に動きを見せなかったのだ。何か企んでいるのかと疑問に思ったアズールだったが、既に動いてしまった以上彼はもう止まることはできない。強引にも作戦を敢行するしかなくなっていた。
反対に動きの止まった蛇女は、自分でも身体が動かぬことに気が付き、表情には出さずとも焦りの様子が滲み出していた。汗が頬を流れ顎先から滴る。何故動かないのか。指や腕だけではない。新しく生み出した蛇の下半身までも動かず、その場から移動することもできない。まるで彼女だけ時が止まってしまったかのように。
誰もが蛇女の奇妙な様子に不気味な違和感を感じていたが、彼女の動きを止めていたその正体は、彼女の足元にある彼女自身の影にあった。
誰の目にも触れることはなかったが、蛇女の影に幾つかの影が触手のように繋がっていた。その影を辿っていくと、そこには瓦礫があり何者かが埋めれているように隠れていた。
「・・・小さくなったおかげで・・・漸く通じるようになったな・・・」
蛇女の動きを止めていたのは、意識を取り戻し戦闘不能の状態から回復したシンだったのだ。だが、意識は取り戻せても身体はまだ万全ではない。今の状態のまま彼らの力になろうと表に出ていたら、足手まといになっていた事だろう。
シンもそれくらいの判断は出来ていた。何も出来ずただ見ているだけなどという情けない状態に耐えながらも、それでも自分にできることを試みていたシン。
最初は大きな身体を有していた蛇女に対して、何度も影の拘束を試みようとしていたが、力が強すぎるあまり全く効果がなかった。無論、術者の状態も要因になってはいたが、強すぎる力を持った者を拘束するのは難しい。出来たとしても僅かな間だけというコストに見合わぬ成果しか与えられない。
ツクヨが戦闘に参加してからは、チャンスを伺いここぞという時の為に影による拘束の準備を進めつつ、蛇女が生み出したラミア達の動きを鈍らせたりと僅かながらのサポートを行なっていた。
そして今、身体を両断されたことで大半の魔力を失っている蛇女に対しても、しっかりと効果の得られるスキルの準備が整った。ツクヨの投げた剣が命中するまでの間だけでいい。蛇女の動きを完全に停止させるだけの力を蓄えたシンは、持てる力を振り絞りアズールの作戦を成功させる為に尽力した。
その結果、見事ツクヨの投げた剣は蛇女の額に命中し、アズールは勢いをつけた蹴りを、蛇女に刺さった剣を押し込むように当てる。
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