秘策

 押し寄せるラミア達の合間を素早い動きで駆け抜け、捌ききれぬ個体を一撃で倒すと、その蛇の身体を利用しロープのように振り回し広範囲に攻撃を展開するアズール。


 流石は獣人といったところか。持ち前の勘の良さと、気配感知により視界外の攻撃にも対応出来ている。しかしそれをただ見ているだけの相手ではない。蛇女はラミアの事などお構いなしに、後方から風の刃の魔法で戦闘中のアズールを襲う。


 魔法の詠唱に気付いた時点でアズールは狙いを定められぬようラミアの群れの中に身を隠す。四足歩行の獣型へと戦闘スタイルを変えたアズールの素早さは獣人型の移動速度の比ではない。


 大きな身体で素早く駆け抜けることで、ぶつかっただけでもラミアを弾き飛ばす威力がある。


 「ちょこまかとッ・・・。じゃが時間の問題っ・・・?」


 目に付くアズールの行動に注意が向かっていたが、重傷を負っていた筈のツクヨの姿が見当たらない。既にラミア達によって飲み込まれてしまったのか。だがそれにしてはアズールの様子が妙だった。


 仲間意識のある彼らが、唯一残された仲間であるツクヨの死にあまりに無頓着であること。もし蛇女の知らぬところで既に絶命していたとするならば、アズールに何らかの変化やアクションがある筈。


 しかしその戦う姿からは、絶望や敗走を思わせる雰囲気は感じない。未だ勝ちに執着する諦めの悪い者達の目。実験体として捕らえた者達の中にも、抵抗し死の寸前まで争う者達がいた。


 今のアズールの目はそれらの者達の目と同じ光を宿している。まだ彼らは諦めてはいない。勝機を信じ、チャンスを伺って要るような動きにも見える。


 ならばその勝機を生み出される前に潰して仕舞えばいい。蛇女はアズールの動きをラミアの群れの中から見つけ出すと、その素早い身のこなしを先読みして風の刃を撃ち放つ。


 蛇女の風の刃はラミアの身体を引き裂きながらアズールの元へと差し向けられる。だがその刃は、これまでのものと違い視覚でも確認できるようになっていた。それはラミアの血が付着する事による変化なのだが、彼女にとってその程度の事は取るに足らない要因でしかないのだろう。


 その思惑通り、風の刃はアズールの注意を逸らすのに大きな影響を与えた。急ブレーキを掛けたアズールは、風の刃を視認するとそれを利用してラミア達を始末していく。


 周囲のラミアを捕まえると風の刃の前に放り投げ、その餌食とした。舞い上がる血飛沫はアズールの姿を撹乱させるのに役に立つ。蛇女が同族のラミアの群れの中から獣人であるアズールを見つけられるのは、単純に姿の違いの他に匂いや気配などというものも含まれている筈。


 そのラミア達の血を浴びることで、多少なり感知による位置の特定を鈍らせ、血飛沫により視覚的な阻害も担っていた。


 「今更姿を隠そうなど無駄。ここまで相手にしておいて、まだ妾の性格が分からぬのかぁ?」


 「ぐぅッ・・・ぁぁぁあああッ!」


 風の刃にラミアの攻撃。捌き切れぬ手数の多さに、アズールは自らを奮い立たせるかのように雄叫びをあげて、蛇女の方へ駆け抜けていく。そして一定の距離まで近づくと、彼は大きく飛び上がる。


 「猪突猛進!まるで獣の如し!呆れたタフさよ。だがそれでいい!要らぬ手間が省けるわ!」


 飛び上がったアズールはそのままの勢いだと蛇女を飛び越えていく。勢いが余ったのか、それとも元よりそのつもりで飛んだのか。


 どちらにせよ、空中に身を晒したのは悪手だった。如何なる生き物であろうと、空でも飛べぬ限り空中で軌道を変えたり攻撃を避けたりすることは出来ないからだ。


 獣の力を解放しすぎて、頭まで獣の知能指数にまで下がったのかと、蛇女はその愚行を見逃す筈もなく、差し出されたチャンスを最大限利用してやろうと、攻撃の手を頭上のアズールへ向ける。


 「逃げ場はないぞ」


 「逃げる・・・?誰がッ!!」


 再び無数の刃がアズールを襲う。空中という身動きの取れない状況で、彼はその刃を鋭利に尖らせた爪で打ち砕いていく。だがそれでもいくつかの攻撃は受けてしまう。彼自身、それは理解していたし覚悟していた事だろう。


 そして迫り来る風の刃を選んで弾いていたアズールは、蛇女までの道筋を見つける。すると、アズールの背中から別の生物の腕が現れる。その手が握っていたのはツクヨが持っていた黒い剣身の柄を持たぬ剣だった。


 アズールの背後から現れたその腕は、既にその剣を投げるモーションに入っていた。彼が風の刃を退け、道を切り開くのを待っていたのだ。彼の背後にいたのは他でもないツクヨ自身だった。


 肉体強化でツクヨを背後に隠したアズールは、彼を庇って前へ出たのではなく、背中にツクヨを張り付かせる為だった。蛇女の視界からツクヨを隠し、ラミア達との戦闘の間、彼は一度も蛇女に背後見せなかった。


 故に本来であれば避けきれる攻撃を受ける事もあったが、全てはツクヨの持つ剣を蛇女の上半身、可能であれば頭部に命中させる為の布石。


 「あれはッ・・・!」


 「爬虫類如きが。図に乗った末路だ」

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