地下へのリフト

 不意に脳裏をよぎったその小さな存在を確かめようと振り返るアズール。しかし、先程虫を見つけた場所には既にその姿はなかった。


 彼の見たその虫は、長い胴体に無数の足を生え揃えたムカデの姿をしていた。正確にはムカデは昆虫という分類には属さない。多足類に属する節足動物という分類となるが、一般的に虫として見られることが殆どだ。


 壁を這うように移動していたムカデは、アズールが目を離している内に何処かへ移動してしまったのだろう。だが、その隙間が見当たらないのだ。


 小さな疑問に過ぎなかったが、どうしてもその喉につっかえた小骨のような出来事が気になったアズールは、ムカデのいた場所を重点的に調べ始めた。


 何かを見つけたかのように同じ場所を仕切りに探し始めるアズールを見て、エイリルは声をかけた。


 「何か見つけたのか?」


 「いや・・・大したことではないんだ。たださっき、ここに虫がいてな」


 「虫・・・?」


 森で生きてきた彼らにとって何も珍しくもない存在。しかし、そんな自然の中に建てられた人工物の中に紛れ込んだとなれば、何処かに入り込んだ隙間がある筈。


 アズールは恐らくその隙間を見つけようとしているのかと踏んだエイリルは、いくら探しても見つからない自分の範囲をそっちのけで、アズールの探す範囲を一緒に探り始めた。


 「虫が入り込んでいるということは、それだけの隙間が空いているという事だ。小さな子とかもしれないが、重要なことに繋がるかもしれない。探す価値はありそうだ」


 「あ・・・あぁ、だがその虫自体も気になってな・・・」


 「虫が・・・?まぁいい、兎に角そいつを見つけて、外に逃してやろう。勿論、入り込んだと思われる場所からな。何なら私の術で・・・」


 言葉を続けようとしたところで、エイリルは床に何やら仕掛けがあるのを見つける。急に黙り始めたエイリルに、何を言おうとしていたのかを尋ねようとするアズール。


 しかしエイリルはそんな彼を静止し、小声で大きく動かないようにと伝える。その後に彼が指差した場所には、床に微かに見える隙間の線と思われるものが浮き上がっていた。


 「なるほど・・・。隙間は床と同じ色の粉で埋められていたんだ」


 エイリルがしゃがみ込み、その床の線の横を撫でるように指を滑らせる。掬い上げたその指には、床と同じ色をした粉のようなものが付着している。隙間の線は彼の指についているものと同じもので埋められ、あたかも床がびっしりと敷かれているように見えていたのだ。


 彼は軽く床に息を吹きかける。すると隠されていた床の隙間が露わになり、開閉できそうなパネルが出現した。無言で顔を見合わせた二人は、アズールの鋭い爪でパネルをこじ開ける。


 中から出てきたのは、何かの装置を起動させると思われるレバーだった。その空間はレバーが綺麗に収まる程度の余裕しかなく、他に何かが隠されている訳でもなさそうだった。


 「地下へ続く道がある部屋。そして一見、何もなさそうな部屋に隠されていたレバー。罠である可能性も高いが、ここで迷っていても進展はない・・・」


 「分かってるさ。やってくれ、アズール・・・」


 襲撃や罠に対する準備を整えた二人は、迷うことなくレバーを引き、その装置を起動させた。


 すると大きな物音と共に部屋全体が揺れ出すと、床がそのまま下へと動き出したのだ。


 「なッ・・・!?」


 「床全体が、そのままリフトになっていたのか!」


 天井との距離が徐々に開き、入って来た扉は既に手の届かない位置にまで行ってしまった。するとそこへ、遅れてやって来たシンが扉を開けて、床のない部屋へ飛び込んできた。


 「床がッ!?・・・アズール!?」


 当然、床があるものと思って踏み込んできたシンは、何の躊躇いもなく重心を前にかけてしまい、そのままアズール達のいる下がる床へと落ちていく。その途中で下にいるアズール達の存在に気がついたシンと、突然の物音に上を見上げるアズールとエイリル。


 落下してきたシンをアズールが受け止める。無事に合流することはできたがが、二人の元へやって来たのはシン一人だけ。共に行動していた筈のツクヨと妖精のエルフ二人が何処にも見当たらない。


 「おい、お前の仲間は?それにエルフ達はどうした?」


 落ち着いて尋ねるアズールに、急いでいたのと落下による驚きで心拍数の上がるシンは軽く呼吸を整えると、彼らに合流する前に何があったのかを語る。


 「ツクヨは・・・俺の仲間は上に残った・・・。何か気になるものを見つけたらしいが、上でも騒ぎが起き始めて置いてくる形になった。エルフ達はツクヨに同行させてる。何かあればこっちに連絡が来るだろう」


 「そうか。まぁ時間もなければ、今となっては戻ることも出来ない。彼には自力で何とかしてもらおう。それに、誰かが上に残ってた方が何かと都合がいいかもしれないしな」


 エイリルの言う通り、地下へ向かう部屋のリフトが下がり始めてしまったからには、下へ到達するまで上がることは出来ないだろう。レバー自体は床に取り付けられているが、上がる時にもこれが使えるかどうかは分からない。


 戦士の姿をしたエルフは、シンに自らの名前を告げ改めて協力者として握手を求める。しかし依然として二人は研究員の姿のまま。認識阻害を受けているシンには違和感しかなかった。


 「あぁ、これか?悪いがもう少しこのままでいさせてくれ。この先何があるか分からん。姿が研究所の奴らと同じであれば、セキュリティーの突破や相手の不意を突くことも可能かもしれない」


 「分かってる。その時は俺も、足を引っ張らないように身を隠すさ」


 ツクヨがシンを先に行かせたのは、彼の能力を考慮してのことでもあった。影のスキルによる壁や床の移動、そしてパッシブスキルによる気配や足音を消せるという隠密特化のクラス。


 危険な場所に足を踏み入れるなら、それらを持つ者と持たざる者、どちらを優先すべきなど考えるまでもない。加えてツクヨが上に残ったのは、彼の個人的な理由からだったのだ。


 ツクヨがシンと共にアズールらの後を追っていた時に目にしたのは、とある研究員の机に置かれた写真だった。同僚達と撮ったであろうその写真に写っていたのは、彼の妻でありWoFの世界へ転移したと思われる十六夜の姿だったのだ。

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