何もない部屋
施設内に設けられた地下へ続くルートを見つけた一行は、混乱に乗じて移動を開始する。上層階から潜入していたアズール達は、エイリルの幻覚能力を駆使して下を目指し、シンはツクヨと合流し周りの目を欺きながら、目的の地下を目指す。
警戒度はその地下へ続く部屋に近づくにつれて高まり、潜入はより困難になっていく。その為シン達の部隊は時間を取られてしまっていた。そこへ研究員の姿で難なく下へ下へと降りていたアズール達がやってくる。
姿を消しながら彼らと共に行動しているエルフ族の気配を、シン達側のエルフ族達が感じとり、研究員の中にエルフを連れた者がいることを彼らに伝える。
「え!?それってどう言う事だい?」
「アズールに変身や幻術といったスキルがあるとは考えづらい・・・。妖精のエルフにそんな能力があるのなら、俺達にもできるはずだが・・・」
そういってシンはエルフ達の表情を伺うが、彼らはそんなシンの視線を受けると残念そうに首を横に振っている。つまりアズール達が研究員の姿をしているのは、妖精のエルフの力によるものではない事が分かる。
後は自ずと誰による能力であるかが浮かび上がった。戦士の姿をしたエルフ族のエイリルの能力については、これまで誰も目にすることはなかった。故に突如としてエルフ族を連れて歩く研究員が現れたことに、シン達は驚きを隠せなかった。
「そうか、ならあれは彼のスキルという事か」
「彼?あのエルフの戦士の事?あんな器用な事が出来るなら、私達全員で潜入してもいけたんじゃないかい?」
「どうだろう・・・俺もあんなスキルは見たことがない。それこそ妖精のエルフ達を連れていると教えて貰わなければ、あれがアズール達だって気づくことも出来なかった。ここまで完璧に姿を誤魔化す事が出来るなんて、それなりのリスクや制約があると思うから、彼もあの時に提案しなかったんじゃないか?」
強力な能力やスキルには、それなりのリスクを伴うことが殆ど。無制限に強力な力を振るえてしまえれば、それはゲーム性の損失やバランスの崩壊などを招く原因となる。
それは攻撃の能力だけにあらず、防御系のスキルや回復系のスキル、そして今回エイリルが使ったような幻覚や幻術・妖術の類にも当てはまる。故にシンやツクヨまでも巻き込んで能力を使うことが出来なかったと考えるのが妥当だろう。
「向こうはこっちに気付いていないようだな・・・」
「なら、エルフの人達に頼んで知らせて貰おう。彼らに先導して貰えれば、私達もスムーズに奥へ進める筈だろ?」
ツクヨの提案は最もだった。現状のシン達は姿形を欺く術を持っておらず、身を隠しながらシンのスキルに頼らざるを得ない。もしも研究員サイドに協力者がいれば、もっと簡単に消耗もなく先を目指す事ができる。
二人はエルフ達に事情を説明し、先を行くアズール達へ協力を仰げないか
尋ねる。側にシン達がいることを知ったアズール達は、彼らの要求を承諾し可能な限りの協力を約束してくれた。
彼らの先導のおかげもあり、シンのスキルを節約しなが先へ進むことが可能になった。地下へ向かう為の何らかの装置があると思われる部屋への扉は、これまでの部屋への潜入と同じく、カメラによる見た目の認証が採用されていた為、難なく辿り着く事ができた。
考えてもみれば不気味なほど順調に進んでいた施設への潜入。勿論、エイリルやシンの能力も相まってスムーズに事が運んでいたのも事実。
そして、先導していたアズール達が先に、マップに記されていた問題の場所へと到達する。するとそこには、殺風景で物が極端に置かれていない開けた部屋へと足を踏み入れる。
「・・・何もないな」
「でも、ここからあの地下へ通じる何らかの装置やカラクリがある筈だ。少し探ってみよう」
調べるといっても、調べるだけの物が無く、壁や床、天井くらいしか探すところがない。森の中でも土の中や暗号が隠されていたくらいだ。壁の中や床下、或いは天井に仕掛けがあったとしても不思議ではない。
エイリルはエルフ族のその特異な魔力探知能力を用いて部屋を探り、アズールは獣人の嗅覚や生物の気配を探る能力を駆使しつつ、二手に分かれて地下への道を探していく。
するとアズールが、何らかの生物の気配を感じ取る。その気配は集中して探らなければ見逃してしまうほどの微量なもので、彼自身も僅かに動いている事を感じて瞬時にその気配へ視線を向ける。
そこにいたのは、ごく普通のどこにでもいるような一匹の虫だった。森の中にあり、植物の実験をしているような施設であれば、何処からか迷い込んでもおかしくないだろう。
期待混じりに視線を向けたアズールだったが、流石に森の中でもわざわざ感知しようとも思わなかった虫の気配に、張り詰めていた空気感を壊す、ため息混じりの吐息を漏らす。
「どうした?何か見つけたのか?」
静まり返る室内に響いたアズールの吐息に、エイリルは何かを見つけたのかと思い声を掛けた。
「いや、ただの虫だ。・・・こんな虫一匹に神経を研ぎ澄まされるとは・・・」
「それくらいの集中力でなければ見逃してしまう事もある。それだけ繊細な捜索ができるとはな。頼りにしているぞ、アズール」
「はぁ・・・皮肉か?お前も何か見つけたらすぐに・・・」
ふと、何かを思い出したかのようにエイリルの声がする方へ顔を向けるアズール。入口から左右に分かれ室内を探り始めた二人は、先ほどの会話で既にもうすぐ合流しようかと言うほど近づいていた事に気がつく。
時期にそうなるであろう当然の事ではあるが、風の通り道やそれこそ虫の入り込むような隙間すら見逃さぬ程に調べ尽くしていた二人が、何も発見する事なく間も無く合流しようとしている。
ここでアズールは、とある違和感を感じていた。取るに足らない事かもしれないような、どうでもいい事かもしれない。だがこれだけ何も見つからないとなると、それすら何かあるのではないかと勘繰ってしまう程、アズールは疑い深くなっていた。
それは、彼が先ほど見つけた虫が何処から入ってきたのかという事だった。
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