価値のない存在

 獣人族が会議の際に使っていた部屋は襲撃の際に破壊されてしまった為、他の者達に不安を与えない為に話を聞かれぬ場所に選んだのは、アジトとなる巨大樹の上層階にある広間で行う事にした。


 避難していた他種族の者達に、今までの出来事とこれから行おうとしている事を簡潔に話すと、冒険者のパーティからは一組が、そしてエルフ族の中からは長身で人間に近しい姿をした戦士が一人名乗りを挙げた。


 WoFの世界でのエルフ族は、物理的な戦闘に適した種族ではない。主に風や地属性の魔法を得意とし、幻覚などの状態異常系統のスキルを多く保有する種族となっている。


 それが戦士クラスの防具、アーマープレートや小手などを装備しているというのは、シン達の知るWoFの世界では珍しい光景だった。無論、種族や特性など長所を伸ばすクラスに就くことが必ずしも正解である訳ではない。


 様々な種族とクラス、物理や魔法などの組み合わせによって、相手の意表を突いた戦略が可能になり、対策無しには苦戦を強いられるような場面も数多く存在する。


 それに加え、彼はエルフ族の中でも人間のサイズに近い種族らしく、より意表を突いた戦略が立て易い体格に恵まれているとも言えるだろう。


 会議に参加した者達の間で議題として取り上げられたのは、彼らを苦しめてきた者達の居る施設の場所についてや侵入方法、敵戦力の情報に準備に必要な物と時間など話し始めればキリが無い。


 施設の場所については、ダマスクの記憶を見たシンと大まかな位置を知っているというダラーヒム頼りになる。だが、例え施設のあるという場所が分かったとして、これまで誰にも見つけられなかったという謎がある。


 エルフ族の者がいうには、魔法や科学技術による視覚的なカラクリがあるのではないかという話が上がった。魔力の探知にはエルフ族の種族的な特徴により捜索が可能だと言う。


 だが、彼らに同行する戦士の姿をしたエルフは、他の種族よりかは探知能力はあるものの、これまでそのような怪しい魔力を感じたことはないと言う。つまり、彼のような人間に近いエルフの種族では、施設周辺に張り巡らされているであろう魔力を探知することは出来ないのだそうだ。


 しかしその点に関しては、リナムル周辺の森に隠れ住む小さな妖精のようなサイズのエルフ族に協力を仰ぐ事ができると言うことで、施設の特定はエルフ族に任せる事となった。


 肝心の戦闘や作戦については、アズールら獣人族が中心となり前線で戦う事となった。戦闘に関しては種族的にも俊敏性や耐久力、嗅覚や気配に関するスキルなど、種族としてのポテンシャルが最も高い彼らが適任だろう。


 ダマスクとの戦闘により、敵となる者達が精神的な攻撃を仕掛けてくる可能性が高いことが予想される。アズールやガレウスのように、屈強な獣人族の者達であっても意識の中に潜り込まれてしまっては、戦力を奪われ窮地に陥る場合も想定される。


 そこで彼らがとった作戦は、部隊を幾つかに分けた際には必ず妖精に近いエルフ族を同行させるという形で、互いの種族の弱点を補い合えるという編成を用いる事となる。


 身を隠している妖精に近いエルフ族達も、何者かに攫われるという事件に巻き込まれていたのだという。それにより警戒心を強めた彼らは、森の外で暮らすのも難しい為、同種族であっても見つけるのは至難の業になる程に隠れていたそうだ。


 だが此度訪れた千載一遇のチャンスに、種族の垣根を越え協力し、森を脅かす脅威を打ち払う為なら力を貸すだろうと言う算段だ。


 幻覚や催眠など、多種多様な魔法に特化した彼らの力があれば、獣人族の身体が乗っ取られたとしても対抗することが可能だろう。その代わりに獣人族が戦い、彼らにサポートしてもらいながら戦うのが理想となる。


 しかし、肝心の瓶に囚われたダマスクが沈黙を貫いている。彼が話せば全てが解決するのだが、拷問する身体もなければ瓶から出すことも出来ない事が、かえってダマスクを守る事にもなってしまっていた。


 「いい加減、何か話したらどうなんだ?」


 「・・・・・」


 瓶の中身は黒い煙で澱んでいるだけで、言葉を発することも無くなっていた。痺れを切らしたガレウスが瓶ごと叩き潰そうと口にするが、それでは相手の思う壺だと一斉に静止が掛けられる。


 そこでシンは、彼の中で見た記憶を頼りに交渉を持ち掛ける。今現在のダマスクと記憶の中のダマスクでは、まるで正反対というほど性格や口調が変わっている。


 シンは彼に自分自身に関する記憶はあるのかと問う。しかし依然としてダマスクは沈黙を貫いたまま動揺する気配も見せない。


 アズールの中で、ダマスク自身も知らない彼本来の記憶を見たと語るシン。その中でローズと呼ばれていた女性の事について話し始めた時、瓶の中の煙は僅かに動きを止める。


 「ローズという名に覚えはないか?」


 「・・・・・」


 「アンタは記憶を失っている。元のアンタは人間だったんだ。本当の記憶を取り戻したいとは思わないか?」


 瓶の中の煙は、動きを止めたまままるで悩んでいるかのようにゆっくりと規則性のない動きをしていた。明らかに彼の中に響くものがあるのだろう。シンもダマスクとの交渉で最も重要な事が、嘗ての彼が大切に思っていたローズにある事を理解し、何とか彼を引き合いに出せないかと試みる。


 「俺達ならアンタの記憶を取り戻す手伝いが出来る。取引しないか?」


 「・・・・・」


 「アンタがその施設の連中をどう思ってるのかは知らないが、奴らはアンタを利用している。そんな存在になったのも、元々のアンタの記憶を消したのも、アンタを実験体にして利用する為だ。それでいいのか?」


 ダマスクの様子は変わるも、未だに言葉を交わすまでには至らない。何か彼の中で踏み切れない事でもあるのだろうか。シンは続けて彼の置かれている状況について話し、更に捲し立てる。


 「奴らに囚われている事が知られれば、アンタは処分されるかもしれない。もしかしたら、既にこの状況を把握していたとすれば、いつ消されてもおかしくないんだぞ?」


 なかなか口を開こうとしないダマスクに、話を聞いていたダラーヒムが追い打ちをかけるように続ける。


 「実験ってのは何回も試行錯誤するもんだ。お前だけで実験しているなんてことはない。何処かへ行っちまった実験体の一つを処分するのに、躊躇いなんかないぞ?代わりは他にもいる。もしかしたら、お前以上の実験体も既に出来上がっているかもな・・・」


 生物の意思の中に入り込み、精神と身体を乗っ取るという恐ろしい能力を持ったダマスクのような実験体が、幾つも存在しているとは考えたくはない。だがダラーヒムの言う通り、ダマスクの持つ能力が実験の中で生まれた貴重なものなら、施設の中から出しておくなどという事はあり得ない。


 つまり、ダマスクと彼の能力は既に施設にとって、然程重要なものではないという事だ。

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