瓶詰めの情報源

 自らの影を身体から引き離し、アズールの影に触れて溶け込むと同時に意識を失っていたシンが飛び起きるように目を覚ます。突然の目覚めに驚く一同。当事者であるアズールも、シンが意識を失っている間に彼が何をしているのかという説明を受けていた。


 だが話を聞いても、自分の中にシンが居るという感覚はなかった。というよりも、例えそれが意識の中に入られた本人であっても、意識の中でシンやダマスクが何をしているのかを把握することは出来ないという訳だ。


 「どうだ?アズールの中から奴を引き離せたのか!?」


 すると、シンの目覚めに一緒になって驚いていたダラーヒムが、煙の人物ことダマスクの気配をいち早く感じ取り、取り押さえる為錬金術による特殊な加工が施された小瓶を取り出す。


 シンの目覚めの直後にアズールの身体から薄らと立ち上る黒い湯気のようなものを見つけると、ダラーヒムは小瓶のコルクを外し彼の方へと放る。


 突然投げよこされる瓶に驚くアズールが顔を上げ視線を向けると、自身の身体から出ている黒い煙が瓶の中へと吸い込まれていくのを目にする。彼にとっては初めて聞くことになる煙の人物が、呻き声を上げている。


 「なッ・・・!何だこれは!?俺がッ・・・俺の身体がぁぁぁッ!!」


 「気体を閉じ込めておくのに特化した細工がされた瓶だ。お前の性質が変わってねぇなら、決して逃れられねぇよ!」


 ずるずると小瓶の中へと吸い込まれていく煙の人物であるダマスク。抵抗する間も無く、その小瓶の容量には収まりきらなそうな量の煙を吸い込み、漸くアズールの身体から全ての煙が引き抜かれる。


 アズールの中に入り込んでいた煙の人物を吸い尽くした小瓶は、その場で血に落ちる。錬金術で操っていた木の根を使い、自分の元へと弾き飛ばしたダラーヒムは手にしていたコルクで栓をする。


 シンとダラーヒムの活躍により、アズールの中に潜んでいた生物の意識の中へ潜り乗っ取る能力を持つ煙の人物ダマスクを取り除くことに成功した一行。小瓶の中で声を荒立てるダマスクを、瓶の外側から指で弾き黙らせると、分散した煙の身体が他にないかと彼に問う。


 だが、折角自分の煙の身体を種のように様々な個体に残してきたダマスクにとって、再起を図る重要な話を漏らすはずもなかった。それでもすぐに別の獣人達の身体を乗っ取り行動を起こさないことから、現状それが叶わない状態であることは確かだろう。


 「どうするんだ?コイツの一部が残ってるかも知れねぇんだろ?捕らえた獣は処分しちまった方がいいんじゃねぇか?」


 「そうだな・・・。本来、操っていた元凶を調べる為に残しておいた個体だ。意思がある本体と思われるものを捕らえた今、残しておくのは危険だな」


 ダマスクの能力の謎について調査する為に捕らえていた、獣人族を襲った謎の獣達。十中八九これらの身体の中にも、ダマスクの残してきたであろう能力の一部があるに違いない。


 一行はガレウスのいう通り、捕らえた獣を焼却処分することにした。器となる肉体がなければ、ダマスクの能力でも操りようがない。


 問題はアズールと同じようにダマスクの能力により幻覚を見せられていたガレウスだった。他の獣人達の中にも入り込んでいる可能性はあるが、彼の身体の中には症状が現れるほど、ダマスクの能力の一部が入り込んでしまっていることになる。


 暫しの休憩を経た後に、再びシンが今度はガレウスの意識の中へと入り込んでいくが、小瓶の中に閉じ込められていたダマスクは、客観的に何が行われていたのかを目にすることで、潜入したシンに気付かれぬようガレウスの中に残した能力の一部を限りなく無害な状態にまで引き下げ、隠蔽工作を行なっていた。


 意識を取り戻したシンだったが、ガレウスの中にアズールの時と同じようなダマスクの意思を見つけることは出来なかったと一行に報告した。表情というもののないダマスクだったが、もし仮に人の身体を有していたのなら、思惑通り気付かれなかった事に対し、笑みを抑えるのに必死になっていた事だろう。


 しかし、再び彼らの前で能力を発動しガレウスを乗っ取っても、またシンの能力によって囚われてしまうのが落ちだろう。ダマスクは逃走のタイミングを図る為、今は大人しく囚われの身であることを選んだ。


 捕らえていた獣達の処分を終え、シンはアズールの中で見た煙の人物の正体とその記憶について、必要な情報を皆に共有した。そこで見た施設というものが、獣人族や森で暮らす種族達、そしてリナムル近郊の森を訪れた人間達が拐われた事件の本当の犯人がいる場所と見て間違いない。


 ダマスクの記憶がいつの時代のものなのかは分からないが、彼が施設を脱走した際に見た森の景色の中には、幾つか特徴的に景色が見られたとシンは語る。


 元々ダラーヒムが掴んでいる情報と掛け合わせれば、長年探し続けられていた施設へ辿り着くことも可能かも知れない。遂に一族の恨みを晴らす時が来たと意気込む獣人族。


 だがダマスクによる大規模襲撃を受けた直後で、決戦に赴くには戦力が足らないと判断したアズール。アジトであるリナムルや、負傷した仲間達を他の脅威の中に取り残していくこともできない。


 施設に向かうのは一部の戦える者達に絞ると語るアズール。そのメンバーの中には、施設の場所を特定する為に必要な情報を持つシンとダラーヒムは決定していた。


 実際、シン達もオルレラの街でオスカーと子供達の願いを託された事もあり、その元凶である施設を潰す事に関しては獣人族と目的が一致していた。


 しかしダラーヒムに関しては、裏で巨大な組織と繋がる相手に素性がバレる訳にはいかない。もしもその組織がアークシティの権力者と繋がりがあれば、ダラーヒムの所属する組織のボス、キングのシー・ギャングが目をつけられ敵対する事になってしまいかねない。


 その危険を冒せぬ以上、ダラーヒムは施設の場所の特定以上に足を踏み入れることは難しいと話した。


 アズール達には事情により施設の特定までしか手は貸せぬという形で話し、その代わりにリナムルにあるアジトの防衛に協力することを約束した。


 大きな戦闘が行われると予想される施設へ向かうメンバーを決める為、一行は今一度、アジトへと戻ることに戦力の確認と話し合いの場を設ける事になる。


 そこにはシン達と一緒にリナムルへ向かう馬車に乗っていた冒険者や、獣人族と同じように被害に遭ったエルフ族もいる。これまで遭ったことを説明すると共に協力者を募るため設けた場には、一風変わった風貌をしたエルフや冒険者が集まった。

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