惨めな敗走

 嫌な予感がしたガレウスが他の仲間達に注意を促そうとした時、近づいて来たオオカミが強烈な衝撃波を放つ。ガレウスを含めた一行は吹き飛ばされ散り散りとなってしまう。


 人間よりも優れた肉体を持つガレウスは、その種族としての耐久力のおかげで目を覚ましたが、リタや他の仲間達は吹き飛ばされた衝撃で、周囲の木々にぶつかってしまったのか気を失ってしまっていた。


 「うッ・・・逃げなきゃ・・・みんな・・・!」


 ガレウスが衝撃波を放ったオオカミの方を見ると、そこにはいつの間に現れたのか見知らぬ人間の大人が一人立っていた。その人間はゆっくり目を覚ましたガレウスの方を向く。


 視線を向けられたガレウスは、その者の目を見て恐怖で身動きが取れなくなってしまう。姿形こそ人間の見た目をしていたが、その眼は魔獣のような恐ろしい眼をしており静かな殺意を獣人の少年へと向けていた。


 「ひッ・・・!!」


 襲ってくる様子はなかったが、一歩でも近づけばすぐに殺されてしまうのではないかという威圧感に、ガレウスの身体は本能的に後退りを始めていた。


 自身のな開けない姿に気がついたガレウスは、必死に本能に抗い、リタや他の仲間を連れて逃げなければと、彼らがどこに飛ばされたのかを確認する。


 その際にも、視界からはその人間の姿は外せない。一度視界から外してしまえば、次の瞬間には命がなくなっているかもしれない。


 するとその人間は、腕をガレウスの方とは別のところへと伸ばし始める。次の瞬間、その人間の着ていた服の袖を引き裂き、赤黒い何かが前方へと物凄い速さで伸びていった。それはまるで生き物のようにうねりながら、少し遠くの位置で衝突し土煙を上げていた。


 触手のような何かが元の場所に戻るように、一連の不可思議な行動を改めるよう元の姿へと帰っていく。触手が消えてガレウスが人間の方へ視線を向けると、その手にはリタが連れてきた仲間の一人が捕まっていた。


 意識を失いぐったりとした様子で捕まった少年は、その謎の人間の身体から突き破るようにして現れた別の腕によって拘束される。


 異形の姿へと変貌していくその人間は、次々に身体から自分の腕ではない別の腕を出現させる。それはまるで植物の蔓のようにうねうねと不気味に動き回り、ガレウスの仲間達を同じ方法で捕らえていく。その中にはガレウスの親友であるリタの姿もあった。


 リタを含めた五六人の少年を捕らえたソレは、彼らを生やした腕ごと自身の身体の中へと取り込んでいった。


 「リタッ・・・!」


 恐怖で硬直する口を開いたガレウスは、咄嗟にリタの名前を呼んだ。するとそれに応えるように、捕まっていたリタが僅かに意識を取り戻す。声を聞き取ることは出来なかったが、必死に何かを伝えようとするリタの口の動きからは、“ガレウス“という言葉が連想された。


 助けを求めているのだと察したガレウスは、何とかして身体を起こそうとするも、そんな彼の動きを目障りに思ったのか、少年らを捕らえた異形の人間は裂けた口を目一杯開き、獣の咆哮を上げて威嚇した。


 ガレウスの抗おうとしていた心は、そこでズタズタに引き裂かれ恐怖に飲み込まれてしまう。命の危機を感じたガレウスは、一目散にその場から逃げるようにして走り出していった。


 彼の脳裏に浮かんでいたのは、助けを求めるように必死で声にならない声を上げるリタの痛々しい姿だった。だが何よりも彼を生にしがみ付かせたのは、恐怖による絶望だった。


 心臓を掴まれてしまっているかのような、全く歯の立たない相手を前に、死の恐怖からガレウスは逃げることで精一杯だった。他のことを考えている暇などなかった。それ程までに切羽詰まった状況で、自分以外の事に意識を回している余裕などなかったのだ。


 無心で走っていたガレウスは、いつの間にか街の近くにまでやって来ていた。彼の心を覆っていた真っ黒な恐怖から逃れ、沈む陽の光に照らされたガレウスの心には、様々な思いが集まるようにして駆け巡る。


 リタや仲間達を置いて自分だけ逃げてしまった罪悪感。あの場に戻り、一緒にあの異形の人間に殺されていれば楽になれただろうか。だが死ぬのは怖い。今のガレウスには選べる自由など何一つなかった。


 それを分かっての事なのか、異形の人間も獣人のガレウスを追うことはなく身のがした。何故彼だけが襲われなかったのか。それは後に分かる事になる。そしてその事が、ガレウスの人間嫌いを加速させる大きな要因となる。


 後悔と罪悪感に縛られた彼が街に戻ると、最初に助けを求めたのはダランの店だった。リタと共に様々な面で世話になっていた、最も信頼できる大人。彼に尋ねれば何か解決策を提示してもらえるかもしれない。


 或いは自分のしでかした行いを懺悔することで、少しは楽になれるかもしれない。何の感情によるものか分からない涙を流しながら、彼はダランの店の前までやって来ると、扉には店じまいの札が掛けられていた。


 リタと共に店を出た時には確かに開店していた。店を閉めるにも、いつもより明らかに時間帯が早過ぎる。決まった時間に起床して店を開き、いつも同じ時間に閉店するダランには珍しい行動だった。


 不審に思ったガレウスが店内の様子を確かめるように裏口の方へ回り込むと、中からダランの声と聞きなれない人間の声が聞こえてきた。

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