魔獣討伐のその後

 何故アズールがそんな物を抱いているのか。魔獣は死んでいるのか。状況が把握できない二人はその場に立ち尽くすしかなかった。


 「アズール・・・これは一体どういう状況だ?それにお前が持っているソレは・・・」


 「ケツァル!“ミルネ“だ!奴の中に取り込まれていたんだ」


 「ミルネだって・・・?」


 アズールの言うミルネとは、獣人族の名でありアズールが長の座に就任する前の恋人だったようだ。


 ケツァルの話によると、まだ前任の獣人族の長が生きていた頃、アズールとそのミルネは樹海の外の様子や世の中の動きを調査する為の遠征に出ていた。しかし、その任務の途中でとある人間の団体に襲われたのだという。


 戦闘を目的で動いていなかった彼らの部隊では太刀打ち出来ず、獣人族の住処まで撤退することとなったのだが、人間達に追われる中で数人の獣人の姿が見当たらなくなっていた。


 どこかで逸れたのか、もしくは人間に捕まり連れて行かれてしまったのか、詳しいことは未だに分からないが、アズールを含め獣人族は行方不明となった者達の一件は、全てあの時に襲撃してきた人間の仕業だと断定し、その後にも巻き起こるリナムル周辺の行方不明事件との関連と結びつけた。


 ケツァルの調査で分かったのは、どうやら行方不明となっているのは獣人族だけではないと言うことだった。何とその中には、彼らが犯人と思っていた人間も含まれているのだという。


 今になったその時の行方不明だった同胞が、魔獣の体内から出てきたのだとアズールは言う。しかし、もしそれが本当なら既に彼女は生きてはいないだろう。


 血だらけの状態で動かない魔獣と、返り血によるものなのか、彼自身の負傷によるものなのかは分からないが、全身を真っ赤に染め上げ肉塊を抱くアズールの元へと恐る恐る歩み寄っていく。


 「それが・・・ミルネだって言うのか?」


 「何を言ってる!?見ろ、あの時のままだ・・・まさかこんな・・・こんなところで・・・」


 悲痛な声を漏らすアズールだったが、ケツァルもダラーヒムもその衝撃的な光景に、理解が追いつかず言葉を失っていた。


 それもその筈。彼の抱いている“ソレ“は、どこをどう見てもぐちゃぐちゃになった肉の塊にしか見えなかったからだ。


 二人ともアズールのいうミルネという獣人の姿には見えず、どこを見てアズールがソレをミルネと断言しているのかが理解できなかったのだ。


 「アンタ正気か?どこを見てそれがお仲間だと判断できるんだ?」


 様子のおかしいアズールに、キツい口調で目を覚まさせようと声をかけるダラーヒム。彼女の姿を見て“それ“と言われたことに腹を立てたのか、アズールはその胸に抱いたものを見せてこれが獣人のミルネという人物だと答えた。


 「・・・アンタ、何かされたのか?それとも人間には分からねぇ匂いや、そのミルネって奴である証拠でもあるのか?」


 「貴様・・・いい加減にッ・・・!」


 争いに勃発しそうになるアズールを引き止めるように、ケツァルが見たままの光景と昔から二人を知る馴染みとして、正直な感想ととある可能性について話し出す。


 「アズール・・・私の目にも、彼と同じように見える。それは本当に“ミルネ“なのか?」


 「お前まで何をッ!?」


 「それがミルネだと思う根拠はなんだ?」


 「ケツァル!?忘れたのか?見ろ、我らと同じ獣人の姿をした・・・」


 「やはりお前には、それが獣人の姿に見えているのか・・・」


 ケツァルの言葉に疑問を呈するアズール。どうやら彼は、一種の幻覚のようなものを見ているようだ。何故そのような事態に陥ったのかは分からないが、魔獣との戦闘の中で起きたことには変わりない。


 ケツァルは魔獣にトドメを刺した時の状況と、何か術のような魔力の込められた攻撃を受けたのかと問う。しかし、魔獣の攻撃は一貫して物理的なものばかりであり、特殊なものを見た記憶も受けた覚えもないと語る。


 ならば攻撃によるものではなく、ウイルスのように何かが感染したことによって引き起こされている症状である可能性を唱えた。アズールの様子を見れば、その身体は自身のものか魔獣のものか分からない血液が全身に渡って付着している。


 その血液事態にそういった効果があるのか、またはアズールの受けた傷口から体内に入ることで幻覚を見せているのかまでは、ケツァルにも分からない。だが、そのままにしておくのは危険だと、一旦彼が浴びた魔獣の血を洗い流すことを提案する。


 「幻覚・・・?馬鹿な、確かにここにミルネがいるんだぞ?」


 「洗い流すほどの水があるのか?川とか湖とかよぉ」


 「いや、この辺りにはない・・・。リナムルの方まで行くか、更に奥に進んだ先に川があるが・・・」


 今のリナムルは魔獣の襲撃を受けそれどころではない。それに先へ進んでしまってはリナムルから離れ、獣人族の救出にも遅れてしまう。アズールの存在も大事だが、ケツァルが彼から言い渡されたのは、この難局から獣人族を救うこと。


 優先事項を彼の身勝手で変更することは、自分の首を絞めることにも繋がる。時間のない今、こうなれば戦場の真っ只中であるリナムルまで、幻覚に襲われるアズールを連れていくしかないかと迷うケツァル。


 そんな彼に、ダラーヒムは自分の力があれば一人分の身体を流せるくらいの水は用意できると提案する。だがその為には、少しばかりの植物と大地を枯らしてしまうことになるのだという。


 迷っている時間はない。ケツァルは現状の緊急性を考慮し、ダラーヒムに水の調達を依頼した。


 「よっしゃ!任せておけ。すぐに調達してやるからよぉ!」


 そう言って彼は、両の掌を地面について錬金術のスキルにより、周囲の植物や大地が蓄える水分を吸い上げ、一箇所に寄せ集め始めたのだ。

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