一族の未来の為に

 動揺する彼の姿に、ケツァルは同胞の治療にあたりながらも何があったのかと尋ねる。しかし、アズールはどこかはっきりとしない口ぶりで、戦闘にも身が入っていないようだった。


 「どうしたんだ!?アズール!しっかりしてくれ!」


 「ケツァル・・・お前は・・・。お前はこの獣の姿に見覚えはないのか?」


 「見覚え?」


 突然の質問の内容に、彼が何を伝えようとしているのか分からなかったが、負傷した同胞がアズールの対峙する魔獣の変貌した姿を見た時に驚いたように、ケツァルもその禍々しい姿に見覚えなどないと答えた。


 魔獣の千切れた前足部分からは背中に生えているものと同じ獣の腕が、断面の肉を突き破り無数に生えていた。それらは絡まり合うように結合し、一つの大きな腕として機能し始めたのだ。


 再生した腕と共に、再び立ち上がる魔獣。それを見たアズールも、雑念を振り払うようにして目の前の脅威に鋭い目を向ける。


 「切り落とした腕が・・・復活した?」


 それまで相手にしてきた獣にはない能力に、全く異質なものを感じるケツァル。アズールが伝えようとしていたのは、魔獣から感じるその異質な雰囲気のことなのだろうか。


 再び激しくぶつかり合う魔獣とアズールの戦いを目にしていると、樹海で採れた薬草を使った獣人族特製の回復薬で目覚めた同胞が意識を取り戻す。


 「うっ・・・ぁ・・・俺は・・・俺は生きてるのか・・・?」


 「よかった・・・あぁ、生きているぞ。遅れてすまなかったな」


 「ケツァル・・・?なんでお前が・・・。アズールと森へ行ったんじゃ・・・」


 「アジトが襲撃されたと聞いて戻ってきたんだ。そしたら森中に化け物が・・・。今は少しでも情報が必要だ、何か奴らの目的や生態について分かっていることはないか?」


 暗殺や不意打ちで獣の息の根を止めてきたケツァル達は、時間に迫られていたこともあり、この獣達が現れた経緯や目的、弱点や今目の前にいるような特別な変化が可能であったことすら知らない。


 情報が少ない中では、同じように後手に回ってしまうことになる。少しでもこの獣の生態や目的について情報があれば、現状を打開する鍵となるかもしれない。


 だが、目覚めたばかりの同胞も目の前で暴れる巨大な化け物の姿に酷く動揺していた。その様子からも、彼らもこの魔獣の姿に見覚えがないことが分かる。


 襲われた時のトラウマが蘇ったのか、目を覚ました同胞は魔獣の姿に怯え、少しでも遠ざかろうともがき始める。今はアズールが魔獣を抑えているから大丈夫だと彼を落ち着かせたケツァルは、これ以上何を聞いても何も情報は引き出せそうにないと、彼が望むように少し離れた場所へと運ぶ。


 シンとダラーヒムは、ケツァルの指示により他の倒れた同胞を連れ、同じ場所へと彼らを集める。アズールには手を出すなと言われたが、ケツァルはいざとなればその身を挺して彼を助ける覚悟でいた。


 例えアズールに恨まれようと、今彼を失う訳にはいかない。というのも、アズールがいなくなれば次の族長として候補に上がるのは、共に獣人族を束ねてきたケツァルかガレウスのどちらかになるだろう。


 しかし、今ケツァルの抱えている誤解を引き摺ったままでは確実に次の長はガレウスとなるだろう。そうなれば他種族との関係は崩れ、いずれ最悪の未来を辿り兼ねない。それだけは何としても避けなければ。


 周囲に他の獣の気配はない。同胞達をシンとダラーヒムに任せ、その場を離れようとするケツァルを呼び止めるシン。何をする気だと尋ねると、自らの潔白を証明しなければ助かったとて死んだも同然だと語る。


 だが、あの魔獣を前に倒せる算段でもあるのかと尋ねるも、彼から帰ってくる明確な答えはなかった。それでも獣人族の存続を考えるのならば、アズールの存在は不可欠だと断言するケツァル。


 何か方法はないかと考える一行の元に、魔獣と戦っているアズールの雄叫びが届く。まだ本来の力を取り戻せずにいるシンをその場に残し、すぐにでも戦闘に参加が可能な二人、ケツァルとダラーヒムが彼の元へと向かう。


 悲痛な声ではないことから、アズールの身に何かがあったのではないと予想していたケツァル達だったが、彼らが目にしたのは倒れた魔獣の身体から引き摺り出した肉の塊を抱くアズールの姿だった。

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