同行者の選別
地下の拷問室にアズール達が訪れている頃、シン達が捕らえられている部屋にも、とある訪問者が訪れていた。
ツクヨが部屋の外の会話を盗み聞きしていると、話をしていた獣人達の様子に変化が現れる。
「・・・あれ?なんか様子がッ・・・」
直後、外の獣人達が足速に持ち場に戻る音が散らばっていくのが聞こえた。途絶えた会話と散らばる足音に、聞かれている事がバレてしまったのかと焦ったツクヨが、ゆっくりと壁から身を遠ざける。
「どうした?」
小声でシンが尋ねると、ツクヨは外の様子が・・・と言って窓の方を指差していた。離れて視界に捉える分には怪しまれないだろうと、シン達が窓の方に視線を向けると、そこには他の獣人達とは違った装飾を施した、如何にも役職のような重要な立場にあるであろう獣人がいた。
「誰か来たな・・・」
「あれが奴らのボスなのか。それとも会話に出てきた“ケツァル“って奴なのか・・・」
「それより!俺ら大丈夫なのかぁ!?こんなところで死ぬなんて御免だぜ・・・」
「そんな・・・私達、何もしてませんのに・・・」
不安そうな表情を浮かべるアカリの顔を見て、鳥籠に入れられた紅葉も小さく鳴いている。
自分達が何の為に捕らえられているのかも分からない彼らは、いつ強行手段に移らなければならないのかという不安を抱えたまま、その獣人が部屋にやって来るのを見つめていた。
窓からその獣人が見えなくなって間も無く、シン達を捕らえていた部屋に変わった装飾を身に纏った獣人が足を踏み入れる。
体格自体は他の見張りをしている獣人達と、それほど変わりはない。だがその振る舞いからは、どこか他の者達よりも知性的な印象を受ける。
「君達があの人間・・・確かダラーヒムと言ったか。彼の仲間か?」
仲間という訳ではないが、現在シン達とダラーヒムは同じ目的の為に協力関係にある。ここは話をややこしくしない為に、純粋にその質問に答える事にした。
彼との会話に身を乗り出したのはシンだった。馬車でもダラーヒムとの会話で、森の魔物達が人間に何かされているであろう事を話ており、獣人達の事情をミア達よりも把握していたからだ。
ここは任せてくれと目配りしたシンは、一歩前に踏み出しその獣人に自分達がダラーヒムの仲間であることを伝える。
「そうか、それはよかった。あまり時間がないから手短に話す。質問に答えてる暇はないから、話だけ聞いてくれ」
神妙な面持ちになる獣人の言葉に、一体何を言われるのかと不安になる一行。その獣人は話を始める前に、一度窓の外へ視線を送る。その先には、先ほど会話をしていた獣人と思われる者がおり、彼の視線に気がつくと小さく頷いていた。
「私は“ケツァル“という、ここに住む獣人達の参謀として努める者だ。君達の仲間のダラーヒムが、我々のボスの元へ通される事になったのは知っているね?だが、彼が持ちかけようとしていた取引は成立しなかった」
目の前の獣人から聞かされた名を聞いて、これまで何度か聞いた人間と対立する者達とは違い、協力をボスに進言するという動きのある者。つまり敵ではあるものの、人間に協力的な一派の者であることを聞いていた一行は、一先ずこの場でどうにかなることはないのだと安堵した。
交渉の失敗を聞かされたシンは、思わず彼の身の安全を問おうとしたが、ケツァルが最初に言ったことを思い出し、質問を飲み込んで彼の話を続けさせた。
「その後、彼は・・・?」
「彼の身柄は、人間に対して強い恨みを抱える“ガレウス“という者に預けられた・・・。私は彼にあまりよく思われていなくてね、その後の事を直接目にした訳ではないが、彼はそのガレウスに情報だけ差し出せと拷問を受けていたようだ」
「ッ・・・!?」
自分達が何も知らずに捕まっている間に、ダラーヒムの身に壮絶な出来事があったことを知らされ、言葉を失う。
「彼はそれでも、情報を話すことはなかったようだがね。それで私は、ある提案をボスに持ち掛けたんだ」
「ある提案?」
「そう、力尽くで彼の口を割る事が出来ないのなら、ある程度彼に譲歩した条件で聞き出してみてはどうかと。その結果、彼を連れてその情報の場所へ案内させるという事になったんだ」
ダラーヒムが何を思ってその条件を飲んだのかは、この時点でシン達に計り知れることではなかったが、どうやらケツァルの話では、その道案内に同行するのは彼ら獣人達のボスと、それを提案したケツァルという事になったらしい。
そして獣人達から持ち出された条件には、まだ続きがあった。
「彼の道案内に、君達の内誰か一人を同行させる事になった。他の者はここで待機してもらう」
「同行?何故そんな事に?」
「人質だよ。ダラーヒムという男の、どんなに拷問されようと口を割らぬ信念と仲間との絆を見抜いて、それを逆手に取ろうとしたんだろう。間も無くその同行者を連れにここへやって来るだろう。一人、決めておいてくれ」
ダラーヒムが持っているという情報を確かめる為に、彼とは別にもう一人をその確認に同行させるという話らしい。顔を見合わせるシン達。大人組の意見はシンとミア、そしてツクヨの三人の中から誰か一人ということで一致した。
恐らくその確認には、ボスやケツァルの他に何人もの獣人が同行する事になるだろう。拷問を受けたというダラーヒムは真面に戦える状態とは考えづらい。そんな危険なところにツバキやアカリを行かせる訳には行かない。
だが、それは向こうも考えていたようで、その後の補足としてケツァルから語られる。
「あぁそれと・・・。子供は同行させられない。だからそこの少年と彼女はここに残ってもらうよ」
「あぁ、こっちもそのつもりだった」
「まぁ、それくらいの良心は持っていてくれないと困るけどね。・・・けど、同行者とここに残す者、そのバランスは考えておいた方がいい」
突如表情を変えるケツァルに、一行は眉を潜ませる。バランスとはどういう意味なのか。何か危険が伴うという事なのだろうか。
するとケツァルは、先ほど口にした同胞の“ガレウス“の名を出し、残される者達への杞憂を語る。
「正直なところ、同行者の方がまだ安全だと思う。君達の仲間のダラーヒムが持つという情報が本当なら、君達を解放するという流れに持っていく事が可能だ。だが問題は、その間ここに残るのが、“あの“ガレウスだってことだ・・・」
不安そうに語るケツァルは、ボスと自分がいなくなったこの場を仕切るのが、人間に強い恨みと憎しみを持つガレウスである事にこそ、危険があるのだという。
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