ホルタートの一日
日もだいぶ昇り、日向を歩けば肌に触れる日の光で心地の良い暖かさを感じる。新たなリナムル行きの馬車はすぐに見つかった。が、その日の内の馬車は既に立ってしまったらしく、次の分の馬車はまた明日になるらしい。
それまでの間、シン達はこのホルタートで過ごすことになる。外の事をまるで知らないアカリと紅葉には、街や人に慣れる為の時間が出来て好都合だろう。
他の街やこれから向かうリナムルが、これくらい穏やかな街とも限らないが、少なくともどういったものか体験できるのは彼女らにとっても良い経験となる。
幸いホルタートは、それほど特殊な習慣や行事が盛んという訳でもなく、オルレラと同様に行商人や旅人達の一休み出来る街として、機能しているようだ。
だがオルレラでの一件もある。自分達が意識していないだけで、いつの間にか術中に落ちていることもあり得るという体験をしたミアは、自分達の記憶や状態に異常はないか注意をしながら過ごしていた。
目的を果たした彼らは、街を巡りながらツクヨとツバキの待つ宿屋へと、再び戻ってきた。
時刻は間も無くお昼に差し掛かろうというところ。外でも宿屋でも、お腹を鳴らす美味しそうな匂いが漂ってくる。
その匂いに触発されアカリと紅葉のお腹も、まるで獣の唸り声のような音を立てた。
留守番をしていたツクヨに、外での出来事や紅葉が生まれた事などを、長話が過ぎていてしまってたらしい。今後のことやこれまでの報告に、あまり興味のなさそうなアカリと紅葉には少し退屈だったかもしれない。
「ッ・・・!?私の身体から獣のような鳴き声がっ・・・!」
「ピィーーー!」
「おいおい、ここに来る前に出店で買い食いしただろう。まぁちゃんとした飯はまだだしな」
「え!?食べ歩きしてきたのかい!?狡い!」
「狡いってこたぁねぇだろ。アカリ達にとっても初めての経験だった訳だし」
「えぇ、とっても美味しかったわ!特に生地という物で具材という物を包んだ・・・」
「肉まんみたいなヤツ?」
「肉まん・・・?」
例えを出してもアカリと紅葉には通用しないことを、まだツクヨは知らなかったようだ。そもそもWoFの世界に彼らの暮らしていた食べ物と同じ、肉まんがあるのかすら把握していない。
異世界からやって来た彼らは、あまり現実世界の単語や名称、ワードを口にしないようにしていた。それは今のアカリの反応のように、言っても伝わらない可能性があるからだ。
それに何より、勘の鋭い人間だとその言葉だけで彼らがWoFの住人ではない疑いを掛ける者がいるかもしれない。
分かりやすい例えを口にしたつもりだったが、アカリの反応を見て自分の不注意に気づき、ハッとしたツクヨは上手く話を誤魔化し、お昼の話題へとシフトさせた。
「そういえばもうそんな時間だね。どうする?お昼。ここはあくまで泊まるだけで、食べ物の持ち込みもダメだってさ」
「じゃぁまた交代で外に食いに行くか。アタシはアカリ達について行くから、先にシンとツクヨで行ってきたらどうだ?」
「そうだね、じゃぁシンに街を案内して貰おうかな?」
「それは構わないが・・・大丈夫か?そっちは」
「ん?・・・あぁ、女と鳥だけじゃ心配か?安心しろ、アタシもついてるし何なら精霊のウンディーネもいる。それに街の様子はもう見て回ったろ?怪しい雰囲気や気配はなかった。だから安心しろ」
オルレラでの経験を経た彼女がそう言うのだ。恐らく彼らや街に迫る危険はないのだろう。それならばと安心して、お昼を食べに外へと出ていったシンとツクヨ。
すると、穏やかな空気に安心していたのか、アカリが大きなあくびをして眠そうにしていた。その様子を見ていた紅葉も、彼女の真似をしているのか大きな口を開ける。
「だいぶ歩いたもんな。少し寝るか?」
「寝る・・・?何だか瞼が重いような気がして・・・」
「それが眠いってことだ。無理するな、ベッドは今別の奴が寝てるから、そのソファーに横になりな。案外快適だったから」
そう言ってアカリから紅葉を預かり、ソファーに寝かせる。すると彼女に懐いていた紅葉が、ミアの手から飛び出し、アカリの顔の近くで一緒に丸くなって目を閉じた。
「ホントによく懐いてんなぁ。・・・お休み、二人とも」
小さな寝息を立てながら眠る二人の、夢への旅路を見送ると、ミアはその間にWoFの世界での情勢を調べようと、ユーザーの機能であるメニューを開き、ニュースに目を通していた。
そこで流れるニュースや情報は、ゲームとしてのWoFのものと変わり映えはしなかった。誰かが何処かの大型モンスターを倒したというものや、何処かの国で反乱が起き内乱が起きたという報告などだ。
その中に見覚えのある人物や国、街の名前はなく、これから向かうリナムルの情報についても一切流れてこなかった。
すると、ツバキが寝ているはずの寝室の方から音がし出し、暫くしてミア達のいる広間に寝起きのツバキが顔を出した。
「あれ・・・?お客・・・?」
「おはよう。つってももうお昼だけどな」
「ツクヨは?」
「シンと一緒に飯食いに行ってるよ」
彼女の口から飛び出した懐かしい名前に、まだ再会を果たしていないツバキは驚きの表情を浮かべる。
「シン、戻って来たのか?」
「あぁ、少し前にな」
ホープ・コーストから何処かへ向かったとだけ言われ、深くは教えようとしなかったシンの無事と帰還を知り、彼も少しは安堵しているようだった。
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