ねがいごと

 ツバキが囚われていた空間は、オスカーの展開する能力によって歪められた場所だった。彼が嘗て研究を行っていたオルレラの当時の研究所。外で冷たい雨が降り続いているのは、彼が自分をも取り込んで子供達を救おうと、計画を実行した日の様子なのだという。


 街に人が居ないのは、そもそも彼の作り出したこの空間には、彼以外の“大人“は入れないようにしていたからだった、


 だが、何故余所者のツバキがこの空間に迷い込んでしまったのか。それはツバキが“子供“出会ったことが要因となっていた。


 ツバキらがオルレラの街に到着したのは、夜遅くの事だった。時間帯的に子供が外を出歩いていることはなく、その違いには気づかなかった。それどころか今も尚、記憶に障害を受けているミアとツクヨは、とある重要なことにすら気づけずにいた。


 それは、オルレラの街には一人として、“子供“が見当たらないということだった。


 オスカーの能力で展開された、オルレラを包み込むように発生している空間は、それほど精密に条件を決めれる訳ではなかったのだ。追い詰められていた彼の精神状態では、“子供を救う“という思いが強過ぎたようで、実験や研究に使われる子供達のみならず、オルレラにいる子供、オルレラを訪れる子供達全員に作用してしまっていた。


 故に、誰彼構わず片っ端から子供を取り込んでしまう空間が、オルレラに展開していたツバキの囚われた空間の正体だった。


 囚われた当時のツバキのように、普通の子供がこの空間に囚われて仕舞えば、あまりの寒さに凍え死んでしまう事がほとんどだった。


 この空間の中で命を失った子供は肉体を失い、魂だけがこの空間に残されてしまう。しかし、巻き込まれた子供達がレインコートの子供達のようになることはない。


 あくまであの子供達は、実験用のモルモットとして作られた人形であり、研究の段階で発見された、“幼体は魔力を集めやすい“という成果を植え付けられた、多くの魔力をその身に宿す子供達だったからだ。


 そして、囚われた魂がどうなるのかまでは、オスカー自身にも分からなかったという。


 「アンタをトリガーにここが・・・。だが一つアンタに聞きたい。それでアンタやあの子達は救われるのか?」


 ツバキはこの空間で出会った少年少女達に、先生を助けてくれと頼まれた。オスカーの望みが、彼らを襲う本家の研究員達ならば、恐らくその脅威は既にオルレラにはないだろう。


 オスカーがどれだけの間、この空間に留まっていたのかは分からない。だが少なくとも、ツバキがオルレラを訪れた際には、物騒な物事が起きている様子はなかった。


 それに、彼が留めていた子供達の魂が解き放たれるということは、その全ての魂が元の場所へと帰っていくか、そのまま消滅するかになるのではないか。何人かの子供達は、帰るべき場所へいくことを恐れていた。


 そんな者達まで送り返す事が、果たして彼らを救うことになるのだろうか。


 「私はもう、十分過ぎるほど救われた。君がここにいるのが何よりの証拠さ・・・。それに私には、帰るべき場所がない。ここが消えるのと一緒に消滅するだろう」


 「なら、あの子達は?アンタらの言う“帰るべき場所“へ帰りたくないと怯えていた奴もいたぞ?その子らはどうなる?」


 魂の入れ物である自身の肉体がどうなっているのか、彼らは分かっているのだろうか。それとも、魂が囚われる前の記憶が残っていて、その時のトラウマが未だに子供達を苦しめているのか。


 せめて、魂が戻るかオスカーと同じようにそのまま死を選ぶか出来れば、それが一つの救いになるのかもしれないが。


 「・・・君の言う通り、私がここを消し去ることであの子達が全員救われることはない・・・。既にここを去っていった子供達の中にも、苦渋の選択で帰った子もいるだろう。消滅で救えるのは、まだここに残る子供達だけだ・・・」


 「それじゃぁッ!」


 これではツバキは、子供達との約束は果たせても、その恩に報いることはできないことになる。まだ彼らを苦しめるものがあるのなら、その全てとは言わずとも、できる限りのことをツバキはしてやりたかった。


 だがここで、オスカーはそのツバキの思いを頼り、とあるお願い事を彼に託していく。


 「ここまでして貰っておいて、恩着せがましいのは百も承知だ・・・。だが君がもし、あの子達を救ってくれると言うのなら、一つ頼まれて欲しい・・・」

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