産みの親、育ての親
オスカーの生い立ちを聞かされたツバキは、人間の探究心の悍ましさを知る。否、探求の心自体には悍ましいものはないが、その善悪を見極める人間に欠陥があると、人は簡単に一線を越えてしまうのだという事が分かった。
それが相応にして起こりやすいのが、医学や化学といった生物に近いところで行う研究のデメリットなのかもしれない。
しかし、それらの研究には人々の暮らしを豊かにしたり、治せなかった病や怪我を治療することが出来る様になるなど、魅力的なメリットも多くその為には生き物を使った実験は、避けて通れないものであるのも確かなのだ。
「無自覚でやらされていた事とはいえ、私があの子らにしてきた事は到底許されることではない。自我が芽生えてから、私は彼らへの罪の意識からか、私と同じ人形のように扱われる彼らに、いつからか感情や言葉を教え始めたんだ・・・」
「・・・それがアンタの“気休め“になったって訳か」
「気休め・・・か。ははは・・・そうだな、確かにそうだ。彼らに自分が生き物であることを思い出させることで、私の心を縛り付けていたものが解かれていくような気がした。誰かに施しを与えることで、私の心は優越感を覚えていたのだろう。この行いが、彼らの為になると思って・・・」
オルレラの研究所へ送られてくる人形のような子供達。そんな彼らが自分の意志を持って動き、言葉を話すことでオスカーの心が楽になっていた。“彼らの為“というのは、あくまで建前上のものでしかなく、本当はオスカー自身が自責の念から解放されたかっただけだったのかもしれない。
「彼らはそれを知っても、私のことを許してくれただろうか・・・」
「俺みたいなガキに、答えを求めてるのか?」
「・・・・・」
同じくらいの年頃である彼ならば、子供達の気持ちに近づけるのではないかとオスカーは考えていた。ゼロからのスタートではない自分に、子供の考えや気持ちなど到底近づける筈もない。
それにあの子供達自体も、この世に生を受けた時のゼロからのスタートではない。彼らが自分を生き物と認識し、意志を持ち始めた頃が、彼らにとって本当に人生を歩み始めた第一歩なのだと、オスカーは考えていた。
「俺も、生みの親のことは知らねぇ・・・。けど育ての親はいた。その人に拾われなければ、俺は海に沈んで海の生物達の養分にでもなってただろうよ・・・」
「君も・・・自分の出生を知らないのか?」
ツバキも自分の親のことは知らない。だが、物心がついた頃には既に、造船技師のウィリアムや職場の仲間達がいた。だから何かを不憫に感じたこともないし、他の子供達に劣っているとも思ったことがない。
それでも、自分がどんな人から生まれたのか。どんな場所で、どんな環境で生まれたのか。一体何者から生まれて、この世にやって来たのかは知らない。
その点では、オスカーやこの施設の子供達と同じだと言える。だが、そこからの分岐が彼らとの違いだった。自我も意志もあるツバキは、彼のいうところのゼロに近いところからのスタートを始めている。
スタートが違えば、人としての出来が変わってくるものなのか。ゼロから離れれば離れるほど、人から離れた存在となってしまうのか。
意見でも感想でも何でもいい。ただ、自分のような存在ではない誰かの言葉で、それを聞きたかったのだ。
「俺を育ててくれた人が言ってたよ。“何処の誰であれ、お前を産んでくれた人への感謝は忘れちゃいけねぇ。お前の人生がお前のモンだろうが、それは与えられたものであることだけは忘れるな“ってよ。あの子達が感情や自我を持ったのが人生の始まりだと考えたら、アンタはそれを生み出した“親“なんじゃねぇか?」
「始まりを生み出した・・・親・・・」
正解などない問いに、ツバキの言葉はオスカーのがんじがらめになった心に響いた。彼が子供達に抱いた感情は、決して記憶の構築の際に生まれたエラーなどではなく無駄なことでもない。
ツバキを拾ったウィリアムと同じく、ただの実験用のモルモットとして送られてきた子供達の、育ての親となったのだ。彼が子供達に抱いた作り物ではない感情を、彼自身の人生のスタートとするなら、子供達の人生もまたそこからスタートしたといえる。
「そうか・・・私は、あの子達に“何か“をしてあげられた・・・と、思ってもいいのか・・・」
「思うも何も、影響を与えたのは確かなんだ。アンタもそれを忘れなきゃいい・・・」
見た目ばかり大人となったオスカーよりも、小さいながらに外界と触れてきたツバキの方が、よっぽど真面な考えを持っているのだと感じたオスカーは、これが自我を持って人生を歩み始めたスタートの違いかと思い知らされた。
「ありがとう。君のおかげで私の心は救われた・・・と思う。巻き込んでしまってすまなかった。すぐに君の魂を肉体に戻そう。そして、オルレラに渦巻く記憶を惑わす魔力を打ち払う」
「それを聞いて安心したぜ。やっぱりアンタが起点となってたのか」
ツバキの作り出したガジェットの力を借りて、オスカーが立ち上がる。そして、神妙な面持ちから優しい微笑みに変わると、その方法について話し始める。
「そう・・・。私という存在の“消滅“をもって、この空間も消し去ることができる」
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