造られた人生

 オスカーは目を覚ますと、見覚えのある天井を見上げていた。そこは思い出せば思い出すほど、吐き気を催す程に自責の念に駆られる場所だった。


 彼が寝かされていたソファーの方から軋む音がすると、それほど遠くないところにいたツバキが、その音を聞きつけて足速にやって来る。


 「お?目が覚めたか」


 「・・・君は・・・?」


 オスカーの視界に入ってきた少年は、彼がここで見た事のない人物だった。だがその身体には、とても懐かしいものが羽織られていた。


 他の子供達が着ていたものと同じ、魂をこの場に留めておく為の道具の一つの、レインコートだった。


 横になる身体を起こそうとするオスカーだったが、随分と長い間動かなかったせいか、身体を動かそうとしても思い通りに身体が動いてはくれなかった。


 すると、彼の身体は自動的に起き上がり、彼が取ろうとしていた体勢を実現させる機械があった。


 オスカーが眠っている間に、ツバキが施設に残っていた機械などを使い、簡単な生活補助器具を作っていたのだ。これにより、身体に力が入らない彼でも、脳が送る信号をキャッチしてイメージ通りの動きをサポートすることが可能になっていた。


 「これ・・・君が使ったのか?」


 「ん?まぁな。アンタがいつ起きるか分からなかったし、暇潰しにな・・・」


 オスカーの声は酷く掠れていた。身体と同様、誰かと口を利く事などいつぶりの事だったのだろう。起き上がったオスカーに、ツバキは雨水を濾過した水から作ったお湯の入ったカップを彼に渡す。


 「なるほど・・・。私の知る“子供“とはだいぶ違うようだ・・・」


 「俺はガキじゃねぇからなッ・・・」


 ツバキの聞きなれない言葉使いに、一瞬驚いた表情を見せるオスカーだったが、これが世間一般的にいう、年頃の少年なのかと思うと、これまで接してきた子供達とのギャップに笑みをこぼした。


 「・・・何だよッ・・・!」


 「いや、すまない・・・。これが“普通“の子供なのかと思ってね・・・」


 「“あの“子供達とは違ってたか?」


 神妙な面持ちで口にしたツバキの言葉に、オスカーは彼も既に何か知っているのであろうということを察した。こんな場所にいるのだから当然といえば当然だろう。


 「彼らに・・・会ったのかい?」


 「そりゃぁな・・・」


 「そうか・・・。こんなところにいるんだから、当然といえば当然か・・・。彼れは・・・その、何か言ってたかい?」


 自分が嘗て、自分勝手な思いで救おうとした子供達。その子供達はあれからこの場所に魂だけを縛り付けられ、どれくらいの日々を過ごしたのか分からないくら囚われていた。


 恐怖から逃れ、この状況を望んだ者もいたかもしれない。だが、一人で生きていくにはあまりに幼い彼らに、何かを選ぶことなど出来ず、やりたいことをするのも許されなかった。


 それをこんな形での“自由“で縛りつけられていたのだ。長くここにいたのだから、原因がオスカーであることもきっと気づいていただろう。そんな彼を、子供達はどんな風に思っていたのか。


 直接聞くことが出来なかったオスカー。それ以前に、彼らに聞くのが怖かったオスカーは、そんな子供達と接してきたであろうツバキに、彼らのことについて尋ねた。


 「アンタの事を“心配“してたよ。例え魂があるべき場所へ帰ろうとも。そこに待つ現実が、どんなに怖いもんでも、アンタや友達を助けるんだってな・・・」


 どんな辛辣な言葉を浴びせられるのかと身構えていたオスカーは、ツバキの口から発せられる優しい言葉に、緊張や恐怖、自分を縛り付けていたものから解き放たれたかのように安堵し、その瞳から大粒の涙をこぼした。


 「・・・こんな・・・何もない私の為に・・・あの子達がそんなことをッ・・・!」


 涙を隠すように、両手で顔を覆うオスカー。自分の人格などなく、感情や記憶さえも作り物絵しかなかった彼が、感情を持たぬ子供達にそこまで思われていたことが、彼は素直に嬉しかった。


 同時に、そんな彼らへの申し訳なさが込み上げてきた。たくさんのものをくれた彼らに、自分は何をしてあげられたのだろう。


 全てが造られたもので構成されていたオスカーだったが、彼らと過ごした日々の中でオスカーは本当の“自分“の記憶や気持ち、思い出を作り上げることができた。


 それは誰の手によるものではなく、誰のものでもない。オスカーだけの記憶と思い出であり、オスカーの中に芽生えた唯一のオリジナリティなのだ。それを手にするきっかけをくれたのは、紛れもな彼らだった。


 実験体として送られてきた、自分と同じ誰かによって造られたかのような人形の彼らだったからこそ、オスカーの中にも与えられたものだけじゃない、新しい感情が生まれたのかもしれない。


 「・・・私は、“オスカー“という。いや、それは与えられた名であり、本当の私の名前が何なのかは分からない・・・」


 「オスカーってのが、アンタの名か。本当の自分が分からないってのは、どういう事なんだ?」


 「本当の私は、研究者でもなければ真っ当な人間でもなかったんだ・・・」


 子供達に先生と呼ばれていた人物がオスカーという名であることを、ここで初めて知ったツバキ。そして彼がどんな人物であるのか、直接彼の口から利くことが出来た。


 それがこの施設の全貌を知るきっかけとなり、ツバキらが目指すアークシティとの関わりや、裏で蠢く陰謀の片鱗を垣間見ることになるのだった。


 「私は、実験によって生み出された存在で、何から生まれ何処で産まれたのかも分からない・・・。姿を見るに、人間という種族であるのは間違いないようだが・・・」


 「生み出された・・・?つまりアンタは、人造人間ってやつなのか?」


 「人として産み落とされたのは間違いないようだが、そこから色々といじくり回されたんだろう。記憶も性格も人格も。私には何もなかった・・・。恐らく自我が芽生え始めたのは、この研究所にやって来てからだろう」


 オスカーにはオスカーとして生まれ育った記憶、故郷や友人関係、妻との出会いや自分の子供が産まれた時のことなど、オスカーの人生という記憶は存在する。


 しかし、それは全てオルレラの研究所へ運ばれて来てから、彼の中で構築されていった偽りの記憶。誰がどうやって作り出したのかは分からないが、彼には彼自身が生み出した記憶というものが存在しない。


 与えられた肉体、与えられた能力、与えられた記憶という、全てが何者かによって作り出された人形でしかなかったのだ。そういった点では、これも一つの人造人間と呼ぶのだろうか。

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