研究日誌

 手にしたファイルには、オルレラ研究所という文字が書かれていた。オルレラがこの街のことを示唆していることは、赤いレインコートの少年から教えて貰った。


 だが、研究所とは一体どういう事なのだろうか。謎に包まれたレインコートの子供達と、目を覚ましたら一変していた街の風景。


 この施設は、それらの謎と何らかの関わりがあるのだろうか。気になっていたツバキは、そのファイルを開き中身を確認する。


 中にあったのは、子供の写真とその詳細が綴られたページ。そして、何やら薬なのか機械なのか、投与した記録と経過報告が書かれているようだった。古い物なのか、文字は掠れており全ては読むことは出来なかったが、そこにはこう綴られていた。


 《研究に必要な材料が届く。中にはオルレラやその周辺には無い珍しい部品や薬が、箱一杯に入っている。用途に応じた使用方法が記載された書物に目を通す。話に聞いていた通り、我々の生活を発展させる素晴らしい物であることがよく分かる。しかし、送られて来た物の中には、私の身に覚えのないものも含まれていた。何故“ソレ“が紛れていたのか。説明の段階で知らせてくれなかったのか、私には分からない。ただ、薬品の使用方法と研究内容に必要な被検体として、“ソレ“がどうしても必要であると記載されている。記録を残している私のすぐ横で、“ソレ“は動かずじっと私の方を見ている。名称が無い為、私は“ソレ“を瞳の色からRDと呼ぶ事にした》


 何処からか届いた荷物に紛れていた“ソレ“は、写真や文章から人間の子供であることが分かった。


 この記録を残した者は、被検体としてその子供を使って研究を行うよう指示されていたようだ。次のページにも、まだ読める文章がある。


 《RDは言葉を発しない。様々な言葉で語りかけてみたが、分かっているのかいないのか、表情を変えずただ見つめるばかり。まるで人形に話しかけているようだ。しかし、生き物のように呼吸はしている。手を握れば温もりも感じられる。奴らの使っていた機械人形とは違う。だが、そんな機械より感情を持たないとは・・・。まるで・・・の、・・・をみ見ているようだ》


 「実験かなんかの経過報告書かと思ったが・・・。どうやら誰かの日誌みたいなモンらしい。・・・あの子供達、もしかして・・・」


 ツバキの脳裏に、嫌な憶測が膨らんでいく。だがこれを読んでしまった以上、無関係とは思えない。ツバキを助け、レインコートを譲ってくれた子供達は、この施設の被検体だったのだろうか。


 ファイルの他のページは、破損や汚れによりとても読めたものではなかった。他にも情報が転がってるかもしれないと、ツバキはそのファイルを机に置き、別の書類や記録はないかと捜索に入る。


 すると、何処からともなく子供の足音のような物が、ツバキのいる部屋に近づいてくる。思わず身構えるツバキだったが、彼が入って来た扉以外に開いている扉はない。


 自ずと視線は、自分が入って来た扉に釘付けとなる。暫くの間、何が起きても心の準備出来る様に気を張っていたが、何も起こらず音も聞こえなくなってしまった。


 大きく息を吸い、もう一度周囲を見渡し何もないことを確認すると、ツバキは安堵したように溜めていた息を吐いた。


 「ワタシ・・・シッテルヨ・・・」


 「ッ!?」


 油断したところに、背後の机の陰から女の子の声がした。身を振るわす程の衝撃と驚きに、心臓が飛び出すのではないかというほど大きく、ツバキの胸を打っていた。


 「ワカッテタ・・・ゼンブ・・・ワカッテタ・・・」


 ゆっくり声のする方へ近づき、机の陰を覗き込むツバキ。そこには、最初に触れた赤いレインコートの少年と同じく、今度はピンク色のレインコートを着た子供が、床に座り小さく丸くなっていた。


 迂闊に触ると、最初の少年のように消えてしまい兼ねない。今度は逃げるといった様子は見られない。ここは慎重に、先ずは問い掛けから始めようとしたツバキは、彼女が何を知っているのかを尋ねた。


 「知ってる・・・?何を知ってるんだ?」


 「センセイ・・・ワタシタチノ・・・センセイ・・・」


 しかし、彼の慎重な対応とは逆に、なんとその子が自らレインコートのフードを外し始めたのだ。


 「なッ・・・!?」


 「センセイ・・・ワタシ達で実験をしてた。でも、悪い実験じゃなかったの・・・」


 「・・・どういう実験を?」


 疑問に思うことはあった。だが今は、彼女が自ら語ってくれる言葉を引き出そうと、相槌を打つように彼女の話す内容に合わせて問いかける。


 「先生は私達に、“感情“をくれた。でもそれは、先生が言い付けられてた研究の内容とは違っていた。だから・・・」


 「だから・・・?だからどうしたんだ?」


 少女の身体は、やはり最初の少年と同じく半透明で透けており、フードを外した事により消滅が始まっていた。


 自らの身体に起きる変化に、落ち着いた様子の少女はまるで初めから覚悟していたかのような眼差しで、ツバキに言葉を残す。


 「これは“死“じゃない。解放なの。でも、寂しい別れでもある・・・。もう戻らなくちゃ・・・」


 「戻る・・・?どこへ戻るんだ!?」


 「本来あるべき場所よ。貴方にもあるでしょ?・・・貴方、大人ね。他の子とは違うみたい。だから私達も・・・」


 意味深な言葉を残して、少女は消えてしまった。今度はそこに、ピンク色のレインコートが残された。


 だがこれで一つ、ツバキの心を縛っていた鎖が解かれた。彼の前に現れる子供達は、姿を晒すことで死んでしまうのではなく、彼女の言うように何処かへと戻っていくようだ。


 彼らは何らかの方法と目的で、この地に縛り付けられているようだ。しかし、彼女の口ぶりからもそれは彼らにとって苦痛ではなく、寧ろ名残惜しいものでもあるようだ。

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