水面下で動き出す

 聖都ユスティーチより南の山を越え、更に南下していったところにある、WoF内でも初心者のユーザーが最初に行き着く大きな街、パルディア。


 ここでシンは、最初の異変であるクエストの重要人物サラと出会い、ミアは協力者を探しながら錬金術を習っていた街。


 彼らが解決した、普段とは難易度が異なるクエストとは別に、街や近くの村々には絶えず新しいクエストが更新されていく。


 それはモンスター退治から、近隣の街から運ばれてくる物資の護衛、アイテムの配達など、金銭面でも経験値面でも、誰でも最初はお世話になる比較的穏やかな場所。


 その街の一角にある、古くから商売を行なっている老舗で、変わったアイテムを販売しているごく普通の店に、毎朝届けられる何の変哲もない新聞のようなものが届く。


 長らく店主を務めていた老婆が、店の奥の自室で届いた新聞に目を通している。世間で起きているニュースや、新たな発見にまつわる噂話、そして様々な場所で開催される催し物のお知らせやその結果が載っていた。


 彼女が手を止めてじっくりと読んでいるページの中に、とあるレースのことについてのニュースが報じられていた。


 近年、首位争いをしていた三つの勢力のレース。順位はバラバラだが、決まってその三勢力が一位から三位に着くことが決まっていた。


 そのレースで、初出場ながら上位に食い込む快挙を成し遂げた、とある冒険家達のニュースが取り上げられていた。そしてゴール争いをした者達が乗っていたマシンについても注目されている。


 「ほう、あの時の彼らか。まさか“まだ“生きていたとはな・・・。或いは“彼“の言っていたことも、いよいよ現実味を帯びてきたってところか」


 新聞を読む老婆からは、想像もつかない声色で言葉が紡がれる。そもそも性別すら違うその声は、他の者が耳にすれば違和感しか覚えないだろう。


 「おばぁちゃ〜ん?ご飯出来ましたよ〜」


 「はいはい、今行くわ」


 別の部屋から聞こえてくる若い女性の声に、その老婆は先程の声がまるで録音された別の声だったのではと疑いたくなるほど、自然な老婆の声で返事をした。


 「暫く暇だったが、そろそろ新しい芽が現れる頃かな。・・・それにしても・・・溶け込む為とはいえ、このキャラクターは少しチョイスを誤ったか?」


 身体を労るようにゆっくりと椅子から立ち上がったその老婆は、新聞を机の上に置き、杖を手にしながら腰を曲げて歩きながら部屋を後にしていった。


 置かれた新聞の記事には、マクシムやハオラン、そしてキングと並ぶシンの姿が写真で掲載されていた。




 場面は変わり、真っ暗でだだっ広い空間の中に用意された大きな机と、それを囲むように並べられた豪華な椅子のある、壁すら見当たらない何処か。


 そこに居たのは、ミア達がグラン・ヴァーグの開会式で見た者や、シンがキングの船に乗り込む時に襲われた者達と同じ黒いコートを着た数人の者達だった。


 「何だよ、えらく集まりが悪いじゃないか」


 「暇な奴しか来ないからなぁ〜・・・」


 見た目では判別できないその者達は、それぞれ身体の大きさと声色でしかその個体を区別出来ない。


 最初に口を開いたのは、どこからともなく真っ暗闇から姿を現した長身の男。そしてそれに答えたのは、机に足を乗せて椅子を傾けながら座る、一般男性くらいの体格をした男だった。


 「なら、お前のところも暇、という訳か」


 「そ。別に俺が何かするまでもねぇし・・・」


 すると、もう一人椅子に腰掛けていた小柄な黒いコートの人物が、会話をする二人に向けて口を開いた。


 「“暇“なんてモノを感じてんなら、一度チェック受けた方がいいんじゃないの?」


 「あぁ?何でぇ?」


 小柄な者が発した声は、女性のものだった。どうやらシン達の探す黒いコートの者達の中には、男だけではなく女もいるようだった。


 「毒されてるってこと。そんな感情、普通は持ち合わせない」


 「確かに・・・」


 女の言葉に、長身の男が肯定するように反応を示す。


 「何だよ、別におかしくなってねぇって。心配しすぎだろ?」


 「それは私達の判断することじゃない」


 「ぁ〜・・・分かった分かった。暇があったらなぁ〜」


 「また“暇“って言った」


 「言うぐらいいいだろ?・・・なぁ、それよりさ!三人で調査に行ったのに、ヘマした奴らがいんだってよ。俺よりよっぽどヤベェだろ・・・」


 そう言って男が手元で映し出したホログラムモニターに映し出されたのは、とある村の映像だった。


 「あぁ、それか・・・。だが三人で訪れたのは、だいぶ前だったと記録している。期間を考えれば、逃れたのは別の個体なのではないか?」


 「他人のことはどうでもいい。それは上が片付ける問題であって、私達は自分のやるべき事を遂行していればそれでいいの。それ以上でも以下でもないわ」


 彼女の強い口調に、圧倒されたかのように暫くの間黙る二人の男。そして少し間を開けて、座っていた男が口を開く。


 「アンタは少し、肩の力を抜いた方がいい。俺はそう思うね」


 すると、何かのアラームのようなものが、男の身体の何処かから聞こえてくる。


 「お!久々のイレギュラーだ。んじゃ、アンタの言う通り“やるべき事“をしてくるさ」


 そう言って席を立った男は、暗闇の中へと足音だけを残して消えていった。不貞腐れたように、机に肘をつく女。残されたもう一人の長身の男は、何も言わず席に座り、WoFのものと思われるニュースを、先程の男と同じようにモニターを出して確認する。


 「聖都の事件に海上レースの偉業・・・。少し出来すぎてる気もするが・・・」


 「アンタも、他人のこと気にしてないで自分の事だけちゃんとやってれば、それでいいんだから・・・」


 チラリと視線だけ女の方を向いた男は、その後何を口にすることもなく、ただその場に留まり続けた。


 彼らが一体何者で、何を目的としているのかは分からない。だが、そんな彼らの耳にも、シン達の活躍が行き届いていたのは確かだった。

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