ランドマークタワー
二人はランドマークホールを抜け、オフィスフロアへと侵入していく。各階層には、警備用のロボットやドローンが休むことなく巡回しており、何の対策も無しに忍び込めば、間違いなく見つかっている程の厳しい警備体制だった。
データ化などという技術を持ち合わせていたイルの事だ。警備用のAIやカメラを使って、追手に目を光らせているとも限らない。
可能な限りAI達の警備の目を掻い潜り、シンは慎重に、しかし出来るだけ素早くポータルを引いていき、刻み刻みに階層を上がって行く。
シンの指示で場所を移動する天臣は、低い体勢で音を立てず慎重に進み、シンの作り出すポータルの位置にまで移動すると、彼の合図で影の中へと入り込む。
これを数回に渡り繰り返し、無事彼らは八階から四十八階までのオフィスフロアを越えて、ロイヤルパークホテルの階層へと入っていく。
内装はビジネス的なものから、一気に高級リゾートのような豪華絢爛なものへと変わる。
ここにはまだ人が残っているようで、警備のロボットとドローン、それに生身の人間の目もある。もしかしたら、この中にWoFのユーザーもいるかもしれない。その者がシン達と同じように覚醒していたら、一大事になりかねない。
しかし、そんな者がいればイルの侵入に気づいていない筈もないかと、シンは特に深く考える事もなく、今まで通り慎重に動きながら、天臣を連れて来れそうな場所を探し、ポータルを引いていく。
すると、とある階層の大宴会場があるフロアで、初めて何か異質な気配を感じた。
それは人のものではない。魔力を帯びた野獣のように猛々しい息遣い。恐らくイルがここまでやって来た時に利用したモンスターだろう。
目的の場所に到達した男は、モンスターを建物内に行かせていたのだ。
息を殺してそれを確かめようと、大宴会場の方へ行くと、そこには真っ暗な広場に森の主のように大きな四足獣の獣が、餌を探すように彷徨っていた。
「あれは・・・。イルの魔物か?先ずは天臣に連絡を・・・」
シンはホログラムディスプレイからメニュー画面を開くと、天臣宛にメッセージを作成する。脳内で作成した言葉の羅列が表示されていくと、それを天臣へ送信する。
それと同時に、少し目を離していた大宴会場の方から男の声がした。
「そこにいるのは分かってる!出て来い!」
「・・・・・!?」
さっき見た時には、だだっ広い会場に大きなモンスターがいるだけだった。とても誰かが居るような状況ではない。それに、モンスターの姿やWoFのキャラクターデータを投影したシン達の姿を見れない、普通の人間の気配もなかった筈。
会場が暗かった為、目に入らなかったのか。シンは恐る恐る、もう一度会場の方を覗くと、こちらに背を向けて会場の物を物色するモンスターの姿しかない。
「隠れても無駄だぞ。大人しく出て来い」
声はモンスターの方から聞こえる。巨体に隠れて、会場の奥の方が見えない。そこに誰かいるのだろうか。だが、モンスターがその人物に気づいているということは、その人物もモンスターが見えていることになる筈。
ならば、シンが聞いたような言葉など出てくるはずはない。熟練者であれ、覚醒したばかりの人間であれ、あの巨体を前にして“出て来い“という言葉を口にするのには、違和感しか感じない。
すると、モンスターがその場の物色を諦めたのか、僅かに横へ移動する。その隙にシンも、モンスターがいた位置が見える場所へと移動する。
だがそこには、片付けられたテーブルや椅子が散乱しているだけで、人の姿など何処にもない。
「もしもし?警備の方ですか?不審者がいるようです。至急捜索をして下さい」
聞こえてくる声の方向が変わった。それは先程モンスターがいた場所ではなく、やはりモンスターの方から聞こえて来る。
もしかしたら音が反響しているのかと、自分の見える範囲を隈なく見渡すシン。しかし、何処にもそれらしき人の気配など感じない。あるのは警備用のロボットやドローンだけ。
丁度その時、メッセージを送っていた天臣から返信が来た。どうやら彼も、シンの作った影のポータルを通り、同じ階層へと上がってきたようだ。
天臣はポータルの位置から離れる事なく、すぐに身を隠せそうな場所へと移動する。シンは彼の到着を確認すると、すぐに合流する為、天臣のいる場所へと向かおうとした。
大宴会場から離れようとしたシンの背中に、再びあの声で誰に宛てたか分からない言葉が投げ掛けられる。
「助けて・・・助けて・・・死にたくない・・・死にたくない・・・」
すぐ真後ろで聞こえたような男の力ない低い声に、思わず背筋に悪寒が走り凍りつく。全身に冷たさを感じ、鳥肌が浮き上がる。
モンスターが接近して来たような気配はない筈。なのに、どうして声だけがこんなにも近くに感じたのか。この時のシンには全く理解出来なかった。
一瞬、身動きが取れなくなるシンだったが、彼の姿を見つけた天臣が、小さくジェスチャーを取り、合図を送っている。その様子を見たシンは、まるで氷漬けにされた身体が溶かされたかのように動き出し、すぐさま天臣と合流した。
「どうしたんだ?顔色が悪いぞ・・・?」
「モンスターだ。それも普通のモンスターじゃない、変異した個体だ。恐らくイルを運んで来たモンスターと見て間違いないだろう」
「・・・?待て、変異した個体とはなんだ?」
「それは・・・」
やはり天臣は、モンスターが異常な進化を遂げるということを知らない様子だった。彼と友紀は、積極的にモンスターや異世界から来た者と戦うような者達ではない。
そういった者が、モンスターの変化に気づくのは難しい。知識として備わっていなくても不自然ではない。シンは彼に、簡単な変異種の説明とその条件を説明する。
「そんなものが・・・。じゃぁ友紀のライブを襲ったあの巨大なモンスター達も・・・」
「恐らくは変異種だ。高度ではなかったものの、近くにいた時は連携をとっていた・・・。いや、問題は今そこにいる変異種なんだ」
シンは天臣について来るようにジェスチャーをする。そして大宴会場の方をそっと覗くと、そこには依然として何かを探すように物色する大型のモンスターの姿があった。
「見つけた。ここで・・・殺す。・・・ころす・・・コロス・・・」
それまで聞こえていた男の声が、不気味に歪み出す。言葉はまるで意味を成さず、ただ音として発せられているかのように、依然としてモンスターの方から聞こえていた。
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