変異種の暗殺
モンスターから人の声がすることに、口を覆って驚いている天臣。彼にとっては初めての体験であり、その光景と聞こえて来る音のギャップに頭の整理が追いついていない様子だった。
「この声・・・あそこに誰かいるのか?」
「どうだろう・・・。いくら探しても、それらしき人物は見当たらなかった。暗いって事もあるだろうが、そもそも言葉の文脈がおかしい。とても正気の人間が発しているものとは思えない」
シンは順を追って彼に説明する。今視界に写っている変異種は、最早元の姿が何だったのか分からないほど変化している。それだけ多くのモノを食してきたという事だろう。
そして、人の声がその変異種から聞こえて来るのは恐らく、人を食らったことによって身に付けた“言葉“なのだ。
あの変異種が発しているのは、生前のその人物が使っていた言葉を、意味もなくただ垂れ流しているだけに過ぎない。
つまり、プレジャーフォレストで戦ったリザードのボスのように、“意味を理解して言葉を話す“ということを習得出来なかったことが伺える。
ただ、リザードの時との違いで言えば、その音声自体は人の声を完全に再現しているということだ。あの巨体でありながら、人の繊細な声を正確に発していることが、更に不気味さを増している。
「食われた人は・・・?奴の中にまだいるのか?」
「・・・それは無い・・・と、思う・・・。以前にも同じようなモンスターを倒したことがあるが、他のモンスターと同様に消滅してしまったんだ」
あの時は必死で考えもしなかったが、もし変異種の中に、食われた人の意識が残っていたとしたら、それは殺人になるのだろうか。一度取り込まれてしまった者は、本当に解放できないのだろうか。
だが、そんなことを考えてしまっては、いざという時に動けなくなってしまう。まだ前例が無い今、深く考えることはない。死んでしまっては元も子もないのだから。
「そうか・・・。ならばアレはどうするべきだと考える?」
「ここで始末しよう・・・。放っておく訳にもいかない。それに、イルが再び奴を使わないとも限らない」
二人の意思は既に固まっていた。あの変異種を放っておけば、イルを追い詰めた際に邪魔されかねない。それに大きな声を上げさせる事も避けなければならない。
もし変異種の声を聞きつければ、異常を察して逃走を図るだろう。そうなってしまえば、友紀は恐らく殺されてしまう。それだけは何としても回避しなければならない。
シンにとっても、ここで彼らを助けることができれば、プレジャーフォレストに続き、現実世界での協力者を得ることが出来る。アイドルマネージャーという忙しい身ではあるが、少しでも繋がりを残しておくにこした事はない。
幸い変異種は、まだ二人の存在に気がついていない。静かに事を済ませるには、一撃の元にあの巨体を屠らねばならない。
いくらアサシンといえど、あれだけのモンスターを一撃で仕留めるのは至難の技だろう。
しかし、ここには今、鋭い一閃を放てる近接クラスである天臣がいる。実力としても十分なほどの力を持っているようだ。
シンはまず自分が先にモンスターへ近づき、弱点部位へのポータルを繋ぐと言い出した。彼のクラスであれば、気づかれずに間近へ接近することも可能だろう。
そしてそのポータルを通り、天臣が全力の一撃をお見舞いする。問題はモンスターの、気配を察知する能力と、その身体の硬さに掛かっている。
だが、最早これしか二人に行える最善の策はない。失敗が許されない一度きりの本番。全ては天臣の腕に掛かっている。
彼もまた、友紀の身の安全を考えれば不思議と失敗することを想像する暇もないほど、精神と神経が集中しているようだった。
シンは天臣の近くの物陰に、影のポータルをマーキングすると、大きく静かに息を吸い込む。そして意を決したように物陰から飛び出していき、巨体の変異種へと接近する。
限りなく気配を殺し、スキルによりシンの発する音が消失する。低い体勢で急接近するも、彼の足音は全くせず、散らばるテーブルや椅子などの物品の間を縫うように駆け抜け、モンスターの弱点部位を見極める。
彼の目に映った変異種の身体に、赤黒い刻印が記される。モンスターの弱点は、床にほど近い頭部を繋ぐ首元だった。
風向きは彼らに向いていた。影のポータルも、巨体の下の床であれば容易に繋ぐことが出来る。そして、そのポータルからかなり近い位置に弱点部位があれば、天臣は最初にシンがつけたポータルの入り口から、技の準備が行える。
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