データ化のリスク

 白獅からの返信はすぐには来ないだろう。何分、連絡を取るのは東京でイヅツに助けられ、フィアーズへのスパイを買って出た時以来だ。正直なところ、アサシンギルドの方もどうなっているのか分からない。


 東京のアジトをフィアーズにより襲撃され、今は別のところで身を隠している筈。それから向こうからのコンタクトは無い。


 電力を復旧させる為に乗り込んだ朱影や双子は無事だろうか。シンは地下にあった抜け道から脱出出来たが、今の東京はアサシンギルドが対立するフィアーズのお膝元。


 そう簡単に彼らにバレずに、東京から離れるのは難しいだろう。これもフィアーズ側に潜り込んだからこそ知り得た情報。イヅツやにぃなに言われた、通信手段やメッセージ機能が監視されているという情報に尻込みしていたが、もっと早くに情報を明け渡しておくべきだっただろうかと、シンは少し後悔していた。


 「データ化ってことは・・・ハッキングも通用するかも知れないってこと?」


 蒼空がシンから即興で渡された情報を整理し、彼なりの策を思いついたようだった。蒼空の言うように、データの身体となっているのなら、ハッキングによる妨害が可能かも知れない。


 「分からない・・・けど、その可能性は大いにあり得る!誰かハッキングの出来る仲間はいるのか!?」


 「さぁ・・・どうだろう。僕達の味方にそんな人・・・」


 すると、会場の一角に集まる彼らの元に、何者かの声が届く。


 「MAROが少し齧ってる。もしかしたら、何か力になれるかも知れないッ・・・!」


 一同は声のする方へ視線を向ける。そこにいたのは、イルの術で直前の行動や目的を忘れさせられていた、親衛隊の一人ケイルだった。


 流石にイルのかけていた術が解けたのだろう。ライブのステージ上で行われている異様な光景を目にしたケイルが、急いで駆け付けたのだ。その途中で蒼空の発した、ハッキングという単語が耳に入り、咄嗟に彼らの会話の中へと切り込んだ。


 「MARO・・・。あの陰陽師のことか?」


 「彼、そんなことも出来たのかい?」


 「あぁ。だけど、アイツが出来るのはあくまで解析くらいだとか言ってた。俺もハッキングがどんなことか細かく知ってる訳じゃねぇけどよぉ・・・」


 ハッキングとは簡潔に言うと、プログラムの解析やその改良をする行為であり、その中でも悪意ある不正行為はクラッキングと呼ばれ区別されている。一般的にハッキングと聞いて、あまりいい印象はないだろう。


 しかし、高度な技術力の進歩により、コンピューターやプログラムに関する豊富な知識を持つ者達が増え、警察側の対策課にもハッキングのできる人材が多く現れるようになった。


 そして、サイバーエージェントのように、サイバー犯罪に特化した組織まで現れる。ハッキング自体は多くの機関や組織に使われる。要は力が悪なのではなく、それを使う側の問題というわけだ。


 「兎に角、MAROの元へ急ごう!彼に奴をハッキングしてもらうんだ」


 蒼空はシンの身体を支えながら立ち上がらせる。だが、その様子を伺っていたのか、イルは彼らをMAROの元へ行かせる気は無いようだった。忽ちイルの黒い靄が、彼らの方へ忍び寄る。


 「・・・アンタか・・・。俺に何をした?何を知った?」


 シン達の方へ歩み寄ろうとするイルに、剣先が向けられる。男の前に刃を向けたのは天臣だった。


 「行かせると思うか?お前にはまだ、聞きたいことがある・・・」


 「俺にはないなぁ・・・。アンタらじゃ俺には勝てない」


 立ち塞ぐ天臣に目もくれず、イルは自身の身体に施された術がシンのものであることをすぐに見破る。彼らの戦闘スタイルを見れば、可能性として最も高いのがシンであることが分かる。


 個別の身体能力やスキルを見極める役目も荷っていた靄の檻。結果として、その靄は本体であるイルと繋がっており、シンによるスキルで潜り込まれる隙を生んでしまった。


 そしてそれは、術を破るだけに止まらず、あろう事か自身の身体のデータ化という秘密まで探られてしまう結果となってしまった。


 この世界にやって来て、なぎさと共に悪事を働く中でイルも薄々勘づいていたのかも知れない。


 便利な能力である魂としての身体のデータ化。しかし、この世界において、それは自身の身を危険に晒すかも知れない力なのだと。


 それを知られてしまったのなら、シン達を生かしておけばいずれ邪魔になる。そうさせない為にも、イルの中で最優先に始末すべき対象が、シンへと変わる。


 「アンタがどこまで知ったのかは知らんが、知っちまった生かしておく手はねぇよなぁ?」


 「行ってくれ、シン君!ここは僕達がッ・・・!」


 シンの背中を押し、イルから遠ざける蒼空。フラつく身体で殿を務めようとする彼らの方を振り向く。シンの抜けた穴は、親衛隊のケイルが引き継ぐ。しかし、彼らだけでこの男を止められるだろうか。


 不安を残しつつも、シンは可能性の光へ向けて走り出す。それを許さんとばかりに、イルの放った靄が彼を追う。が、突如現れた光の壁の前に、それは遮断された。


 「追わせると思うのか?お前の相手は、俺達だよ」


 ケイルのスキルで生み出された光の盾が、シンへと続く道を塞ぐ。取り乱すことはなかったが、肩を落としたイルは溜め息を吐いた後、それまでとは打って変わり真面目なトーンで不気味なことを口にする。


 「はぁ・・・そうかぃ。じゃぁ様子見はもう終わりだな・・・」

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