異界の魂と現世の器

 辛うじて致命傷を免れたイルは、出血から少しフラついた様子を見せる。首を押さえていた手を確認すると、そこには赤黒いドロドロとしたものがベッタリと付着している。


 首についた切り傷から、まるで綺麗に線でも引いたかのように血が伝い、首元を赤く染めている。すぐに血の勢いと身体へのダメージを回復するアイテムを使うイル。


 懐から取り出した小瓶を強く握り破壊すると、欠片は消え去り回復のエフェクトである淡い緑色の光が男を包む。


 その隙に、倒れていたシンを起こし、一旦イルとの距離を取る為退いていた蒼空。シンの意識はイルの中から解き放たれ、自身の身体へと帰って来ていた。


 まだ自分の身体を離れていた弊害で上手く動けずにいたが、彼はイルの中で重要な情報を持って帰って来ていたのだ。それは、イルが突然蒼空達の前から消えたことに関係し、彼らのいる現実世界へ流れ着いた異世界の者達に備わる、とある秘密を解き明かす為の重要なものだった。


 「データ化・・・?」


 「え?何だって?」


 「奴の中で記憶を見た・・・。恐らく、奴がこれまでに体験してきたであろう記憶なのだろうが、その中に俺の・・・俺達の知る光景があった」


 シンが最初に見ていた光景。それは彼の予想通り、イルが元いた世界で体験してきた追憶の光景。しかし、流れてきた光景はそれだけではなく、イルが現実世界へやって来てからのものもあったのだ。


 こちらの世界へやって来てから、イルは謎の女の子を見つけ、彼女を助けるようなことをしていた。それがどんな感情からくるものだったのかは分からないが、彼女は何度も命を絶とうとするのを、知らず知らずの内にイルによって助けられていたのだ。


 そして、彼女がこの世に絶望し、救いのない現状を嘆いた時、イルの身体に異変が起きた。彼が彼女に抱いていた、何らかの強い思いが彼女の人生を憂いるように、イルを彼女の元へ送らせた。


 すぐに彼女の前に現れた訳ではない。イルは自分の身体に起きた異変に気づき、周囲を見渡すと何処かへと消えて行ってしまった。


 そして現実の世界の街中で、イルはその辺にいる通行人に触れる。するとその通行人は、シン達WoFの覚醒者がキャラクターの姿を自分の身体に反映するように変化していったのだ。


 そこには、シン達の今正に目の前にいる男と同じ姿をしていた。現実世界の人間から身体を乗っ取ったイルは、すぐに先程のゴミ捨て場に倒れる女の元へと戻り、その姿を晒したのだった。


 イルはその女と共に、悪事を働きながら自分の身に起きていることについて知っていく。イルが自分の姿を彼女に見せられるのは、現実世界の人間の身体を奪っている間だけだった。


 彼女とのコンタクトを取るためにイルが目をつけたのは、彼女が愛用しているこの時代ならでわの最新デバイスだった。


 現世の人間の身体を乗っ取るように彼女のデバイスに触れると、イルの姿は画面を通して彼女に見えることが分かった。


 それから彼女は、常に眼鏡型のデバイスを身につけ、イルの姿を視認していたのだった。


 つまり、イルの身体は何らかの影響によってデータ化することが出来る様になり、生きた人間を媒体として受肉することが出来たり、データ化し存在自体の概念を電子化することが出来る様になったのだ。


 男に起きた“異変“が、シン達のようなWoFユーザーに起きる“異変“と、全くの無関係とは思えなかった。WoFのキャラクターへ変身する覚醒者達と、異世界の姿を媒体に反映するイーラ・ノマド達。


 この現象はとてもよく似ており、必ずどこかで繋がっているに違いない。蘇rを調べ上げることで、彼ら異世界からやって来た者達を元の世界へ帰したり、覚醒者に起きている異変を解除する方法が見つかるかも知れない。


 思わぬところで情報の切れ端を掴んだシンは、すぐにイルの中で得た情報をアサシンギルドの協力者である白獅へと、彼の作ったテュルプ・オーブを使って送信した。


 「おい、奴の中で見た“俺達の知る光景“ってなんだ?」


 「話せば長くなる・・・。要するにその中で、あの男の弱点になり得るものが見つかったかも知れないんだ」


 「かも知れないって・・・見つけた訳じゃないのか!?」


 「今、それを調べてもらう為に、信用できる人物へデータを送った。奴は俺達と同じように、この世界の人間の身体を借りて、自分の器を得ていたようだ。俺達の前ではその必要はないみたいだけど、それでこっちの世界に干渉しているようなんだ・・・」


 何とか思いつく限りの言葉を集めて説明してみたものの、蒼空にはその全てが理解出来てはいなかった。


 無理もない。シンにとっても未知の現象であり、今までそんな話など聞いたこともなかった。そもそも自分達のことで精一杯なのに、異世界からやって来ているアサシンギルドやフィアーズの者達、そして呼び方こそ違えど彼らと同じイーラ・ノマド達が、何故こちらの世界へやって来て、どうやって干渉しているかなど知る由もなかった。


 要は、異世界からこちらの世界へやって来た者達は、“魂“だけの存在で目には見えない幽霊のようなもの。彼らがこちらの世界へ干渉する為には、こちらの世界の人間という身体としての“器“が必要なのだ。


 しかし、何故その“器“を持たない異世界の者達が、シン達のような覚醒者に見えているのか。分かりやすく言えば、覚醒者達は目覚めた事により、異世界からやって来る“魂“を目にし触れることの出来る能力を開花させた、という事になる。


 つまり、覚醒者の前では“器“は必要ない。今のイルという男は、その“魂“だけの状態であり、その魂の形をデータという形に変化させることが出来るのだ。


 データ化した身体は、一種の電波と同じような性質となる。身近なところで言えばテレビの放送や無線、スマートフォンの操作に使う無線LANやWifiなどと同じ。


 人間の目には見えず、一定の距離間であればまるで瞬間移動でもしているかのように移動ができる。


 ただ、データ化した魂の形では、同じくデータ化したものにしか触れることは出来ず、干渉も出来ない。その際、パソコンやスマートフォンなどのデバイス類は別となる。


 イルがその術やスキルで、シン達の攻撃をやり過ごしたり捕らえたりするのには、膨大な魔力量が必要だった筈。しかし、男の様子からは疲労の色は伺えない。


 恐らく、戦いの最中で姿を消していたのは、自身の魂をデータ化し、別の何処かで回復して戻って来ているのではないかと、シンは考えていた。


 そうでなければ、イルの術やスキルに見合う魔力量というものが、一人の人間に備わっている量とは到底思えないからだ。


 「なら、そのデータ化した身体にこそ、奴を打ち倒す手掛かりがある筈ッ・・・!」


 幸い、この世界には多くの電波や基地局が存在している。データの取り扱いに長けた者達が多く存在しているこの世界では、それらによる犯罪が横行してしまっているが、直接戦うよりも手っ取り早い解決法がある。


 それは犯罪やその防止にも使われることのある電波妨害、電波をより強い電波で妨害する通称“ジャミング“だ。

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