紫黒の刃
稲光が走る夜の横浜。空には蟒蛇のような龍が雷を纏い、地上には独眼の巨人が棍棒を構え、赤レンガ倉庫の一号館に構える、三階ホールを薙ぎ払わんとしていた。
縦に割れえた建物のすぐ横の屋上に、峰闇が着ていたと思われる漆黒の鎧が転がり、炎に身を包んでいた。中身は一体どこへいってしまったのか。
その光景を目の当たりにした蒼空とMAROの脳裏には、龍の雷撃により消滅させられてしまったのではと過ぎる。
「マズイッ!野郎、会場ごと薙ぎ払おうってのか!?」
「MARO君ッ!最速の式神を頼むッ!」
恐ろしい光景に、足をすくめている場合ではない。二人ともそれを理解していたからか、身体は固まらずに直ぐ走り出していた。
MAROは蒼空に言われた通り、紙を取り出し前方へ放ると、両手を合わせスキルを発動する。紙は宙でみるみる姿を変えていき、四足獣の姿を形取る。
しかし、二人が巨人の一振りを防ぐのには僅かに時間が足りなかったか。二人が巨人の棍棒の前に立ちはだかるよりも先に、巨人の棍棒の方が会場へ到達しようとしていた。
その時、蒼空が考えていたのは、会場を飛び立つ寸前に視界に入った、ステージ上で歌う岡垣友紀の姿だった。
もしあの時見た光景が見間違いではなければ。もし彼女が、本当に蒼空と目が合っていたのなら。
岡垣友紀は、もしかしたら覚醒者なのではないだろうか・・・。
今までの経験から、可能性としては極めて低いだろう。ライブの真っ只中で、目の前で肌身に感じる程の命のやり取りを目撃し、同様しない筈がないのだから。
それでも、一度考えてしまった可能性の芽がある限り、蒼空に諦めるという選択肢はなかった。
MAROの式神に乗り、最速で巨人の棍棒による会場の薙ぎ払いを阻止しようと試みるが、やはり届きそうにはなかった。
「クソッ・・・!見間違いであってくれッ・・・!!」
巨人の振るった棍棒が、赤レンガ倉庫の三階部分を抉り取っていく。まるでテーブルに並べられた繊細な模型を、勢いよく腕で払い除けるように瓦礫へと変えていく。
友紀が歌う会場到達まで、残りあと僅か・・・。
するとその時、会場の下の方から紫黒の衝撃波が、日本刀の抜刀術のように目にも止まらぬ一閃で、巨人の振るった棍棒を切断し、その切れ端を空高くへと舞い上げた。
「ッ・・・!?」
「あれはッ・・・!!」
その技を見て、二人の心の中に掬っていた黒くネガティブな感情が一瞬にして、白紙のように真っ白になる。
MAROにとっては、何度も見てきた馴染みのある紫黒の刃。蒼空にとっても何度か目の当たりにしたことのあるそのスキル。
新たな敵によるものではない。これは“峰闇“の攻撃で間違いない。姿は見えずとも、二人の心の中では確信的であった。
そして答え合わせをするように、会場の下の方にいた鎧を脱ぎ捨てた峰闇が姿を表した。
「させるかよッ・・・。ユッキーの舞台は、俺らが守る。それが親衛隊なんだからなぁッ!!」
自身の受けたダメージが、そのまま彼の力となる。自傷スキルがメインに思われがちな暗黒騎士というクラスだが、峰闇の場合敵の攻撃によるダメージを利用することも可能で、体力を削られれば削られるほど、窮地に追いやられるほどその紫黒の刃は鋭さを増す。
龍による雷撃、炎による燃焼の継続ダメージは決して軽いものではなかっただろう。その刹那の一撃からも、峰闇の抱えるダメージ量が伺える。
「峰闇ッ!!」
「峰闇!?生きてるのか!?」
先にその姿を捉えた蒼空の声に、MAROは峰闇の生存を知り思わず確認する。彼の口から返答を得る頃には既に、その真実を目の当たりにしていた。
「あぁ、あそこに・・・」
蒼空の横に同じ式神に乗ったMAROが並ぶように到着する。そして彼が指を刺す先に、焼かれた煤の汚れや痛々しい傷を負いながらも、巨人を前にして一歩も引かぬ峰闇の姿があった。
「勝手に殺すなよな・・・。そう簡単にはやられないっての」
仲間の生存を確認し安堵する二人。一方、巨人は自身の振るった棍棒が、会場を目前にして吹き飛び、ほぼ柄の部分だけになってしまった棍棒をまじまじと見つめていた。
サイクロプスからすれば、虫けらほどに小さい人間が、どうして何十倍もある大きな棍棒を両断出来たのか、不思議でならなかったのだろう。
だが、何か強力な力を秘めた峰闇に対し、無闇に追撃することはなかった。素手で殴りかかれば、次は自身の腕が棍棒のように吹き飛ばされる。それを想像できるくらいの知能を携えていたようだ。
巨人は使い物にならなくなった武器を放り投げ、上空を飛ぶ龍に何やら目で合図を送る。すると今度は、稲妻を纏った龍が屋上にいる三人に向かって来ていた。
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