演出に紛れて・・・

 「アンタさては、前回の会場とやらも“あの子“目当てで行ったのか?」


 「うっ・・・。頼むから広めないでくれよ?」


 正直な話、シンにとってそんなことはどうでもよかった。それよりも、よくそんな個人的な事情をフィアーズの上層部が許したなということだった。


 勝手な行いは禁止されているような話を聞いていたシンは、何故彼が私的な理由で動けているのかが気になった。彼もまた、イヅツと同じように上層部やフィアーズ幹部のお気に入りだったりするのだろうか。


 「よく上が認めたな」


 一体どういったコネを使ったのかと蒼空に問うと、意外な答えが返ってきた。否、よくよく考えてみれば、末端の兵士のことなど全く意中にない連中であれば、そこまで厳しく縛り付けておく必要もないということなのかもしれない。


 「何だ、知らないのか?やる事さえ誠実にやってれば、奴らも目はつけないんだよ。つまり、ある程度の娯楽や趣味は許容されているんだと思う」


 「“思う“?確定事項ではないのか?」


 「どうだろう・・・。僕も直接聞いたことはないんだよ。だって考えても見てよ。学校や会社に、遊びに行くんで休んでいいですか?って聞くかい?」


 言われてみれば、そんなこと聞くような事ではないのかも知れない。故に彼も、手探りの状態でどこまでの我儘なら許されるのか、色々と試行錯誤したのだろう。


 「何度か試す内に、彼らも僕らにそこまで干渉してこないって分かったんだ。勿論、面倒ごとを任される時もあるけど、そんな重要な僕達には関わらせないんだよ」


 「何度かやったのか・・・」


 「うぐっ・・・そこは突っ込まないでくれよ・・・。ほら、君もユッキーの生ライブは初めてなんだろ?どうせなら楽しんでいかなきゃ損だよ?」


 蒼空に促されるまま、彼のいう通りどうせなら楽しむことにした。幸い、歌を知らなくともプロジェクションマッピングや、3Dホログラムを用いた演出のおかげで、異世界にいるかのような感覚を味わうことが出来た。


 壁や天井にはまるで、日本の神話に描かれるような龍がこちらへと近づいてくるのが見える。それに合わせるように、会場には風が吹き荒ぶ。シンが圧巻の臨場感と演出に感銘を受けていると、何か違和感のようなものを感じた。


 「凄いな、こんなにリアルなものなのか・・・。ん?このままじゃこっちに突っ込んでッ・・・!?」


 大空を飛んでいた龍は、そのまま岡垣友紀が歌うステージ上へ向けて突っ込んで行ったのだ。こういう演出なのかと初めは見守っていたが、何やら様子がおかしいことに気がつく。


 最も近くにいた左翼側にスタンバイしていたケイルによる咄嗟のスキルにより、ステージを覆う傘のように巨大な半透明の盾が出現する。


 その様子を見た覚醒者の一同は、一瞬にして身構える。龍は盾に衝突し、火花を散らせながら右翼側へと飛び去っていく。建物に崩落は見られない。だが、ケイルのスキルに触れたということは、それが演出ではなくこの世界にやって来たモンスターであることを証明していた。


 「おいッ!モンスターだぞ!!」


 「見りゃわかるって・・・!でもこんな大型の奴、周りにはいなかった筈・・・」


 「ちょっと蒼空!こんな強力なモンスターが来るなんて、聞いてないんだけど!?」


 蒼空の表情を見れば、あれが想定外のモンスターであったことは一目瞭然。大粒の汗を額から流し、その目に映る壮絶な光景に呆気に取られてしまっていた。


 盾を出現させてステージを守ったケイルも、モンスターの強力な体当たりを受け止めるだけで精一杯といった様子だった。


 すると、彼の懐から数枚の紙が飛び出していき形を変る。弓矢のような形に折り畳まれていくと、フワフワと浮きながら龍の胴体へ向け、方向転換する。そしてまるで銃弾のように鋭く射出され、その矢先を龍の鱗へと突き立てる。


 しかし、硬い鱗に覆われた身体には届かず、紙の矢は鱗に突き刺さるところで止まってしまう。すると同時に、鱗に突き刺さった先端から、紙は黒い炎に包まれ龍の身体へと引火した。


 「普通の炎とは違って、そう簡単には消せないッ!嫌がって離れる筈だ!」


 「助かるぜMARO!俺が奴に乗り込んでやる。一羽折ってくれるか?」


 「了解ッ!」


 ケイルとは反対側に構えていたMAROが、式神を使い次々に矢を撃ち放ち、黒い炎を龍の身体へと送り込んでいく。そして大きな一枚の紙を出現させると、みるみる内に大きな鳥の形へと姿を変え、まるで生き物のように甲高い鳴き声を放つ。


 すぐさま峰闇は、MAROの作り出した怪鳥に飛び乗り、龍の身体へと向かう。龍に向かう途中で、彼がそれまで身に纏っていた軽装は、黒々とした鎧へと変わり峰闇の頭を悍しい兜が覆うと、鋭い眼光が光を放つ。


 全身を覆う鎧と同じく、黒々とした剣を引き抜き、龍の背中へと乗り込んだ峰闇は、黒にも近い紫色のオーラを剣に纏い、勢いよく切りつける。肝心の本体にまでは届かなかったものの、攻撃を通さぬ強固な鱗を一気に粉砕するほどの一撃だった。

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