巨獣戦線
大きな身体をうねらせて、龍は上空へと舞い上がっていく。峰闇の斬った傷口は、紫黒の炎のような靄に覆われ、まるで生き物のように蠢いているようだった。
「傷の治りが早いッ・・・!俺の紫黒剣での遅延が効いてないみたいだ」
峰闇のスキルによるダメージは、自身の体力を削った分だけ大きくなるのだが、この紫黒と呼ばれるオーラの効果はそれだけではない。斬った対象の傷に残り、その箇所の回復を暫く受け付けさせない。効果が薄れ始めても、回復の遅延効果があるなど、対人戦においても非常にいやらしい性能をしている。
しかし、想像以上に大きな獲物である龍の身体には、その遅延効果を早々に打ち消すだけの治癒能力が備わっているようだった。
すかさず自身の体力を削り斬りかかる峰闇。一撃目でつけた傷口に重ねるように連撃を叩き込んでいく。
「暗黒スキル、紫黒竜胆ッ!」
斬りつけた傷口には、竜胆の花のような靄が咲き、龍の苦しむ動作がこれまで以上に激しくなっていく。
悲鳴にも似た咆哮を上げながら、龍は鞭のようにその長い身体をしならせ、峰闇を振り落とす。会場である赤レンガ倉庫上空へと放り出された彼は、先程のMAROの式神に拾われ、一命を取り留める。
「ぐぅッ・・・!やっぱ獲物がでけぇと、消費する体力も馬鹿でけぇな・・・。こうでもしねぇと、ダメージにもならねぇ・・・」
峰闇の放ったスキル“紫黒竜胆“は、斬りつけた箇所に傷口以上の痛みを植え付け、紫黒の花のような靄を咲かせる。その靄は効果の継続時間が残りわずかになるにつれ痛みと共に成長し、効果が切れると同時に枯れて散るといった能力があった。
「一旦、MAROの元に戻るかねぇ・・・」
式神の鳥の上に膝をつき、酷く疲労した様子で会場へと戻っていく。
その頃会場では、親衛隊の連携による守りと攻めの一部始終を見ていたシン達が動き出そうとしていた。
「蒼空ッ!アレか!?俺達の敵はッ・・・!」
「さぁ・・・どうだろう。今まではその辺にいるようなモンスターだったり、ちょっと強い奴が混じってる程度だったけど、これは・・・」
「どの道、空を飛ばれちゃったら私達には何もできないよ!マキナ!貴方の銃で何とかならない!?」
「周辺のモンスターとの戦いでも見せたけど、俺に強力な一撃を期待してんならそれは無駄ですからね!あくまでこの銃で出来るのは、皆さんの攻撃ありきの支援なんですからッ!」
マーシナリーであるマキナが出来る事。それは対象に弱点属性や弱点部位を付与すること。それも戦闘中ずっとという訳ではない。限られた時間内で、範囲もそれほど期待は出来ない。
会場を襲った龍のように巨大な相手であれば、尚更その効果は活かしづら口なってしまう。
「彼らだけで何とか出来るか・・・?蒼空」
「親衛隊の彼らも、決して弱い訳ではない。何なら彼らの連携は、即席の僕らよりずっと上手だよ・・・」
「ならどうするのよ!何か下に引きずり落とす方法とかないの?」
空を飛ばれてしまっては、シンの影は通用しない。地上や影の出来る場所でこそ彼のスキルは活きる。にぃなの言う通り、空中戦となれば地上に龍の影は映し出されない。
回復や援護メインのにぃなによる魔法攻撃も当てにはならないだろう。ヒーラーに与えられた最低限の攻撃手段でしかなく、横浜に蔓延っていた小型のモンスターでさえ、数発打ち込まなければ倒すことも出来ない程だ。
望みがあるとすれば、未だクラスすら分からない蒼空の能力しかない。そして彼はまだ絶望していない。何か策があるとも言っていた。
「アレに近づきさえすれば、もう少し低空へ落とすことは出来るかもしれない」
「なら、会場の右側にいた彼らと合流だ!式神使いがいるんだろ!?先陣を切って行った彼のように乗せて貰えば・・・」
「あぁ、だけど行くのは僕だけだ。ここで状況を把握しながら、会場の後方を守る役割を失う訳にはいかない!任せてもいい!?」
「どうなるか分からんが、やれるだけの事はやる!だから気にせず、彼らと協力してアレを何とかしてくれ!」
シン達の強い眼差しを受け、蒼空は頷き会場の上層、右側にいるMAROの元へと駆け抜けて行った。
しかし、蒼空の行く手を阻むように、壁に映し出された映像を割いて、巨大な岩の塊のようなものが迫って来た。
「なッ・・・!?」
咄嗟に現実世界の足場を透過し、ホールの一番低い位置にまで落下した蒼空。無事に迫る岩のようなものは回避できたが、明らかにこれは先程の龍の身体の一部ではなかった。
「何だ!?さっきのモンスターの攻撃!?」
「まさかッ・・・!だってアレは今上空にいる筈でしょ!?」
「じゃぁ何だって言うんですか!?今の!」
その大きな岩のような物が、会場の右側の壁に沿って勢いよく通り抜けていった後、会場の右側上層の後方部で何かが衝突する大きな物音がした。
音のした方へと振り向くシン達。そこには広範囲にわたる土煙を巻き上げ、瓦礫の中に倒れ込む血だらけの親衛隊、MAROの姿があった。
会場の下層部へと降りた蒼空の肩に、上から血が滴って来た。肩を手で拭い、それは顔の前に持ってきた彼は、驚いたように目を見開く。そして同じく会場の上層巻き上がる土煙の方へ視線を向ける。そこには今まさに合流しようとしていた男が倒れている。
「なッ何だってぇぇぇッ!?!?」
彼らの衝撃の答え合わせのように、会場の右側に映る景色の中から現れたのは、一つ目の大きな巨人の姿をした、龍とは別の大型モンスターだったのだ。
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