歌姫を守る親衛隊

 賑わう街並みの一角で土煙が立っているのが見える。しかし、それが見えている人間は少ない。その当事者の男は、その一角に群がるモンスターを蹴散らし、怯える人の元へ歩みを進める。


 「もう大丈夫。立てる?」


 「ぁっ・・・あぁ・・・!うわぁぁぁぁあああッ!」


 だが、せっかく助けたその者は彼の戦いを見て恐れをなしたのか、言葉など届いていないかのように何処かへと走り出していってしまった。


 「あらら・・・。折角拾った命なのに。でもまぁ、いっか。俺達は俺達で“優先“しなきゃいけない事があるし。全部助ける義理はないね・・・」


 男の周りから黒々としたオーラのようなものが消えていく。そして、本来見えざる者達が去ったその場を、彼もまた人通りの多い大通りへと足を進める。


 夕暮れに向かって落ちていく日の光を浴び、男は眩しそうに日差しを腕で遮る。こめかみを人差し指で二回、そっと叩く。すると、まるで電話でもしているかのように、何処からともなく人の声がし始めた。


 「さっき見つけた覚醒者なんだけど・・・逃げて行っちゃった」


 「アンタの戦い方を見ちゃったら、そりゃぁ悪い人に見えちゃうでしょ。何でそんなクラスしたの?」


 通話の先の者の問いを聞いて、男はニヤリと口角を上げて自慢げに答える。


 「カッコイイからッ!」


 「・・・あぁ〜、はいはい。分かったから戻っておいで“峰闇ほうあん“。さっき言ってた人達、見せてあげるからさ」


 ジャックの塔に登り、シン達の様子を伺っていた者達。そして今、覚醒者を助けていたこの男は、その男達の仲間のようだった。


 どういう訳か、彼らもシン達と同じように赤レンガ倉庫周辺のモンスターを退治して回っていたのだ。それも、他の“見える者達“を警戒するという点では、彼らの方がシン達よりも慎重であった。


 先程の男がジャックの塔に到着し、上から周囲の警戒に当たっていた二人組のところへと登ってくる。


 「何、記録してたの?まだ手を組むとも分からんのに」


 「一応ね、敵になったらこっちが有利に立てるようにと思って」


 「そんな悪そうな感じ?」


 「いや?そんな印象はないね」


 座り込み、床に置いた模様の描かれた紙に手をついていた男の元に、紙で出来た鳥が戻って来る。


 「ほい、これがさっきの人達・・・」


 紙で出来た鳥は徐々に広がり、一枚の紙へと姿を変えると、塔の外壁に張り付き、何処からか滲み出した墨汁で風景画を描き出す。そして出来た一枚の絵は、そのまま動画のように動き出し、シン達がマキナを仲間にする一部始終を再生した。


 だが、この男の能力で再現できるのは、あくまで映像のみ。彼らが何を話していたかなどの音声は記録出来ない。


 「あれ?映像だけ?音声は?」


 「あのねぇ・・・索敵だけで結構しんどいのよ?これ」


 「あらぁ・・・そんなに酷使させちゃってた?じゃぁ“MARO“はこの辺で手を引いて休んでてよ」


 峰闇の言葉で目を開き、使っていた能力を解除すると、紙はたちまち墨で描かれた炎で燃え上がり消滅した。


 「記録は消した?」


 「勿論。証拠が残らないのが、紙のいいところなのよねぇ〜。そんじゃ、俺は“ライブ“まで温存しておくとするよ」


 「ゆっくり休めておいておくれよ?大事な大事な“親衛隊“のお仕事があるんだからよぉ」


 彼らはシン達の目的と同じ、岡垣友紀のライブの参加者であり、何を隠そう彼らこそ覚醒したことにより、異変から岡垣友紀を守るファン達で構成された、自称ユッキー親衛隊だった。


 紙を使い、偵察を行っていた男の名は“MARO“。陰陽師のクラスによる式神に特化した能力をしており、紙で様々なものを作り出し、生き物のように動かすことや、映像を墨絵で記録することも出来る。


 塔の外で戦闘を行っていた男を“峰闇“という。戦いぶりから恐れられてしまうというのは、彼のクラスに秘密があった。その力は自身の魔力や体力、或は血や生命エネルギーなどを犠牲にして闇の力を得る、暗黒騎士というクラス。


 最後に、能力こそまだ明かしていないものの、彼らと同じく覚醒者であり親衛隊に所属する“ケイト“という人物。彼のクラスに関しては、これから起こるシン達や親衛隊、そしてライブに携わる者達を巻き込んだ騒動の中で、明かされることとなる。

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