二度目の変異種

 音を立てぬように奥へと進んでいくと、何やら小さく話す人の声のようなものが耳に入ってきた。何を話しているのか、思わず呼吸を止めて聞き入るも、音が小さい上にボソボソと喋っている為、全くと言っていいほど分からなかった。


 風に揺さぶられる枝や葉っぱの音だけを近くに感じ、遠くからはリゾートへ訪れている多くの人の楽しそうな声や、アトラクションによる絶叫が薄っすらと聞こえてくる。


 こういう時にこそ、シンのクラスの真骨頂。相手はこちらの接近には気付いていない。だが、シンだけが相手側の声の音を感知している。声のする方角と高さからして、相手は地上で話していることだけは分かった。


 「喋り声ということは・・・人か・・・?コウやアナベルさんの仲間か、新たに目覚めたユーザーか・・・」


 シンは静かに跳躍すると、太い木の枝へと飛び乗り、器用に枝を伝って身を隠しながら声のする方へと近づいていく。


 徐々に聞こえてくる声が大きくなっていき、何を話しているのか分かった時、シンはまるで悍しいものでも見ているかのような衝撃を受けた。


 「タス・・・ケテ・・・。モド・・・リ・・・タイ・・・」


 シンが声のする場所へ到着すると、そこには怪我をして気を失う鎧姿の男が倒れており、一匹のウルフ種のモンスターがその男の破損した鎧のところに牙を引っ掛けて、小さく引っ張っていたのだ。


 「何だよ・・・どういう状況だ?こりゃぁ・・・」


 すると、そこにいたモンスターはシンの匂いに気が付いたのか、噛んでいた男の腕を離し倒れる男とシンの間に立ちはだかり、牙を向けて威嚇をし始めた。既に気付かれてしまったとあらば、隠れている理由もないと木の枝から飛び降りるシン。


 「ダメ・・・ダメ・・・タスケル・・・!」


 表情とは見合わない言葉を発するモンスターに、シンは手に武器を持っていないことを証明するかのように両手を開いて前に出す。そして、言葉が理解できるかも分からない相手に向けて、説得を試みた。


 「おっ落ち着け!傷付けたりしないって。ただ声がしたから来ただけなんだ。・・・その男、死んでるのか?」


 地面を滑らせるように、すり足で倒れる男へ近づこうとすると、ウルフは男に危害を加えようとしているのだと勘違いしているのか、見慣れた光を身に纏いシンへと飛びかかる。


 その光は、シン達WoFのユーザーが使うスキルの時に発生するエフェクトとそっくりだった。それを見たシンは、ある事を確信する。それはあの変異種のリザードのように特殊な能力を持った個体である事だった。


 「チッ・・・!やるしかないのかッ!?」


 攻撃体勢に入るモンスターを見て、仕方がなく武器を取り出そうと動いた瞬間、シンの身体に強烈な何かがぶつかって来た。それは目にも止まらぬ刹那の一瞬。不意打ちを喰らってしまったシンは、もろに攻撃を受けてしまい、大きく後方へ吹き飛ばされていった。


 「うッ・・・!何だ!?この速さはッ・・・!」


 シンへと衝突して来たのは、モンスターそのものだった。さっきまでいた場所にモンスターの姿はない。あの距離から、アサシンのクラスであるシンの目から逃れたというのだろうか。


 敵の目を欺くことやほどのスピードには自信があった。当然、力でも魔力でも、他のクラスに劣るアサシンは、そのトリッキーさや俊敏さ、特異なスキルで相手を凌駕する。


 その鋭い眼光は、相手の動きを観察し先を読み、攻撃の終着点を予想し避ける。そんな肥えた目であっても、モンスターの動きを捉えることが出来なかった。一体何が起きたのか、シンには理解できなかった。


 ウルフはシンを吹き飛ばした後大きく飛び退き、再び光に身を包み始めていた。それは先程と同じ、淡い緑色を帯びた光。これはにぃなのスキルによく似ている。


 「ウルフ種のモンスターにこんなことがッ・・・。やはりあの時のリザードと同じ、変異種・・・なのか?」


 シンがまだ膝を地面につけないのを見て、変異種のウルフは再び戦闘態勢に入る。次こそ見逃さないと意気込むシンは、スキルを発動し迎えうつ準備をする。


 そして再び、目にも止まらぬ速さで変異種のウルフが一瞬にして姿を消す。と、思った瞬間、シンの身体に再び衝撃と痛みが走る。


 しかし、今度のシンはやられるだけではなかった。既に発動していた影のスキルが、自身からモンスターの影へと入り込み、その動きを止めていた。


 「何度もやられっぱなしじゃないんだ・・・ぜ!」


 「グルルル・・・!」


 影による拘束をしてもなを、動きそうなほど全身に力を込めて振り解こうとする変異種のウルフ。このままでは、シンの拘束が解かれ再び動き出してしまう。


 「おいおいッ・・・!自力で振り解こうってのか!?」


 急ぎスキルを重ねて動きを封じるシン。漸く手足の一本も動かなくなったウルフは、恐い顔でシンを睨み剥き出しの牙を向けていた。それを尻目に、シンは倒れる鎧姿の男へと近づく。

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