小さな前進

 ランゲージは手に収まる程の小さなナイフを、まるでマジックのように取りだした。それを親指で広げると、重なっていた複数のナイフが扇状に広がる。


 両手一杯に持ったナイフを身体の前でクロスさせ、彼は朱影に向かって走りながらそれを次々に投げつけていく。


 だが、朱影の見事な槍捌きの前に、ナイフはさながら紙吹雪のように軽く弾かれ宙を舞う。そして、隙を見て朱影は弾いたナイフを槍でランゲージの方へ、力強く弾き飛ばしていく。


 銃弾のように鋭く空を切るナイフが、ランゲージのスーツを擦り血を滲ませる。徐々にコツを掴み始めた朱影の攻撃は、少しずつ正確さを身につけていった。


 「チッ・・・!大した腕前じゃないか。この手は悪手だったか?」


 「次は外さねぇよ?そのニヤケ面も見納めだなッ!」


 「それはどうかな?“お前の弾いた攻撃も通用しなくなる“。いくらコツを掴もうと無駄だ」


 ランゲージがそう語り始めた途端に、朱影の弾いたナイフは男に当たらなくなる。避けている訳ではない。朱影がナイフを弾くと、軌道がズレ思い通りの場所へ飛んで行かなくなってしまった。


 しかし、それも朱影の思惑通りだった。これでいい。手段は他にもあると、決して焦る表情をランゲージに見せず、すぐに朱影はナイフを弾き返すのを止める。


 間合いを詰めては、鋭い突きや薙ぎ払いを繰り出すが、ランゲージにはまだ届かない。まだ彼の言う通り、槍での攻撃が当たらないことを再度確認すると、朱影は周囲を見渡し別の建物へと場所を移す。


 当然逃すまいと後を追ってくるランゲージ。だが朱影の目的は逃げることではない。今度は今までとは違う形状の槍を手元に取り出した朱影。


 矛先の両脇に、細長いタンクのような物が取り付けられた、異様な形状をした槍。それをランゲージ本体ではなく、近からず遠からずの地面に向かって勢いよく投げ放つ。


 「・・・?外した訳ではないな。何のつもりッ・・・!」


 「喋ってると、舌噛むぞ?」


 直後、強烈な光を放ち異形の槍は爆発を引き起こした。朱影はその爆煙に乗じて姿を眩ましながら非難する。


 ランゲージがどうなったかは分からない。しかしすぐに追いかけてくるといった様子は見られなかった。それでも、今の一撃で仕留めたと言う気配は感じられない。


 これを機に試したいことがもう一つあった朱影。追ってくる気配はないものの、仕留めた様子もない。無闇に爆煙の中へ飛び込み、トドメを刺そうとするのは、何があるか分からない暗闇の中に足を突っ込むようなもの。


 そして朱影の試したいことは、それとは真逆のところにある。


 「さて・・・今度はどうかな?」


 彼は逃走の足を早め、一気にその場から離れようと加速し始めた。これまでの逃走よりも、より逃走に集中し特化した逃げ方。後方を気にすることなく、ただセントラルシティから逃れんとする意思のみで走る。


 だが、彼の逃走劇は長くは続かなかった。後方の爆煙が薄まり始めた頃、建物の屋上を次々に飛び回っていた朱影の前に、どこからともなくランゲージの物と同じナイフが、彼の足元に飛んできた。


 「連れないじゃないか、あんな別れ方では」


 「そうかい、まだ逃してくれねぇって訳かよ・・・」


 全力で駆け抜けていたのは事実。それでもランゲージから逃れられなかったということは、今までと何ら状況は変わっていないことになる。しかし、それは如何なる方法であっても、この男から逃れられず倒すことも出来ないという絶望ではない。


 朱影の目にはまだ希望が映っていた。足を止めて男と対峙する。そして再び槍を手にし、近距離戦を仕掛ける。男がそれを涼しい顔で避ける中、朱影は槍地面に突き刺して高く身を翻す。


 同時に、規模は小さいものの何本かの槍が地面から突き出し、ランゲージを襲う。だがこれもまた、命中することはなかったの。


 突き出した槍の中に、先ほど見せた異様な形をした槍が紛れていた。今度は目立たぬよう、カモフラージュをして仕掛けていた。


 着地した朱影は、攻撃を避ける男を尻目に再びその屋上から飛び去る。レンゲージの目に、朱影を追うよりも先に先ほどの槍と同じ形状の物が視界に入る。


 「くッ・・・またか!何度やっても同じだ!“爆発ごとき、私には効かない“!その程度では止まらんぞ!」


 「へぇ、そうかい。そりゃぁいい事を聞いたな」


 別の建物の屋上に着くや否や、朱影は急転回しランゲージが飲み込まれた爆煙の中へ向けて、一本の槍を投げ放つ。煙の中を裂いて進んで槍は、その中にいた男の元へと真っ直ぐに向かう。


 「うっ・・・!」


 煙の動きを見て、槍の接近を察したランゲージは辛うじて直撃は免れるものの、頬にかすり傷を負った。


 これはただのかすり傷ではない。二人の戦いにおいて、戦況を揺るがす大きな一撃となった。これまで朱影の槍は擦りもしなかったが、ここにきて漸く直接的な攻撃を当てることに成功したのだから。

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