生々しいサンプル
何処からか中を覗ける場所はないかと、建物の周りを順繰りと回るシン。するとその途中で、建物の正面入り口に到着する。
強化ガラスによって、建物の一階フロントと広いロビーが一望出来るほど見通しがいい。
「考えてみれば探すまでもなかったな・・・。まずはセンサーやカメラの位置を確認しないと・・・」
ガラスとはいえ、見た目以上に強固に作られた透視できる壁は、人が扱えるような鈍器では到底破ることは出来ない。恐らく、キャラクターを投影したシンの身体でもこじ開けることは出来ず、スキルでも破壊は困難だろう。
それ以前に、強行突破は愚策も愚策。全く手がつけられない時の強行策でしかない。アサシンのクラスを活かせば、騒ぎに乗じて乗り込むというのも無くはないが、できるものなら問題を起こしたくはない。
目視できるカメラの数や、警備ドローンの数はそれ程多くはない。だが、大抵の場合、定点カメラというものは殆ど死角が生まれないような配置になっている。
柱や窪みなど、その全てを目視によって発見するのは時間が掛かる上、正確に全てを把握できるとは限らない。一つでも見逃して仕舞えば、映像として記録される。
しかし、キャラクターデータを投影した姿であれば、シンの姿を捉えることはできないのではないか。
だが、シンが明庵の前から姿を消し、白獅に連れ去られた後に耳にしたことだが、サイバーエージェントなるものが使用しているドローンは特別製らしく、アサシンギルドの存在やその場にいた朱影らを検知している可能性があるという話を思い出したシン。
その技術が防犯に使われていないとも限らないと、彼の脳裏を過り判断を躊躇わせる。どこに“異変“を検知する機能を搭載した機械があるのか分からない。
当然ながら、シンにはカメラやドローンの捉えている映像やデータを確認する術がない。
肉体的には便利で通常の人間よりも優れているのだが、最新鋭の技術を前に侵入への一歩を妨げられてしまう。
するとそこへ、建物内で勤務している人だろうか。スーツ姿を少し着崩した、如何にも疲労に見舞われていそうな人物が、ロビーの階段を降りて来た。
「あれは・・・これしかない」
シンはスキルにより自身の影の中へ入ると、階段を降りロビーを歩く男の影の中へ移動する。そしてあたかも、その男の影のように歩き方を真似て、機械の監視を潜り抜けた。
男の影となってロビーを歩いている間、異音や警報は聞こえてこない。完全にシンの考え過ぎであったのだ。
実際のところ、現実世界に起きている“異変“を検知出来るドローンは、明庵の所有するドローンを置いて他にない。
そもそも彼のように、この世界に何かおかしなことが起きているのかもしれないという、妄想紛いな発想を本気で追っている人間が、シンや明庵、アサシンギルドやその敵対組織の周りにいない。
明庵の所有しているドローンの改造は、彼が捜査の中で出会った違法な技術者や、時には悪事に身を染める者達との取引で得た、知識と研究の賜物だった。
明庵の感じる“異変“の脳波を検知し、擬似的に彼の視覚から見えるようにしている。彼の今手元にある技術力では、これが精一杯。故に彼の見ている景色は誰にも理解出来ず、彼の妄言が真実であると証明することが出来ないのだ。
シンはそのまま男についていき、帰路に着くため地下の駐車場へ向かう。地下にも恐らくカメラはあるだろう。しかし、男の影に成りすましているシンを捉えることは出来ない。
男が自身の車へ乗り込もうと手を伸ばした隙をつき、シンは隣の車の下へと影で移動し、寝そべるように姿を現した。
車は何事もなかったかのように駐車場を上がり、走り去っていった。これで目的の場所への潜入は完了した。後はどこに“サンプル“と呼ばれるものがあるのかだ。
周囲を窺いながら、カメラや警備ドローンの位置を確認していると、何処からか、大きな荷物が地面に落ちたような大きな音が鳴り響いた。
「・・・?」
音の鳴った方へ視線を向けると、そこには悍ましくも生々しい子供くらい大きさをした、肉の塊が転がっていた。更には、その塊から幾つかの、人の腕らしき物が生えていたのだ。
シンはよく似た何かを一度目撃している。それは朱影と共に潜入した地下水道で出会した奇形のモンスターだった。
形状こそ違えど、再度出会したそのモンスターに思わず目を見開いて驚くシン。すると、更に驚くべきことが彼を襲った。
「ぁぅ・・・あぅぁ・・・ああぁぁぁ・・・」
なんとその肉の塊は、人の言葉を発しようとしていたのだ。
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