貴方に憧れて

 当然その痕跡は、駆けつけた鑑識や警備の者達には見えておらず、大型トラックの危険物が衝撃により爆発したものと決定づけられていた。


 周囲には警備ドローンが複数飛んでおり、怪我人や行方不明者の捜索を行なっている。


 「明庵さん・・・。そんなところにいると、落ちちゃいますよ?」


 崩落した道路の端にしゃがみ込んで、スマートフォンの画面を仕切りに指でなぞる明庵に、漸く到着した一人の女性が腰を下り、覗き込むようにして話しかける。


 「また余計なことをしたんじゃないだろうな・・・。サイバー対策課の連中が来ていない」


 「迷惑でしたか?」


 「そうじゃないが・・・」


 警察署内では、どんな相手にも決して笑顔で対応することなく真面目な表情を崩さなかった雫だが、明庵の前ではまるで仲の良い家族のようにあどけない表情を見せていた。


 それだけに、明庵は自分に関わることで彼女の立場が悪くなるのではないかと、なるべく避けるようにしていた。だが、彼がどんなに雫を遠ざけようとしても、頑なに彼女は明庵との関係を断ち切ろうとはしなかった。


 「何故この現場に来た?他にも事故や事件現場はあっただろ」


 「直感・・・ですかね。各地で起きてる事件の中でも、ここは特に電力が落ちてからすぐに起きた現場です。恐らくは、ここから何かが都心部へ入って来た・・・とか」


 彼女の直感は、あながち外れている訳ではなかった。小さないざこざや事件こそ、電力が落ちる前から目立たぬところで起きていたが、取り分け偶然にしては条件が重なり過ぎているのが、この高速道路だった。


 爆発は一台の大型車両によるものだけではなく、玉突き事故のようにその後ろからも、何台かの危険物を扱ったトラックが突っ込んできたようで、その残骸らしきものが多く散らばっている。


 「何がこの街に入って来たと・・・思うんだ?」


 「それは・・・どうでしょう。電力が落ちたのが、誰かの手によるものだとしたら、その何者かの協力者が混乱を招く為に東京へやって来て、ハッキングにより車両を操作した・・・」


 「わざわざ自分の身を危険に晒してか?」


 明庵が立て続けに質問を繰り返すと、雫はうんざりした様子で上体を起き上がらせ、両腕を組んで彼を少し睨んだ。


 「もう!私は今着いたばかりで、現場の様子も知らないんですから!そんなことまで分かりませんよ!」


 そっぽを向いて頬を風らませる姿は、まるで子供のようだった。


 「・・・悪かったよ。ただ、お前の意見も聞いておきたかったんだ」


 雫の方を振り向くことなく、少し優しげな声色に変わる明庵。その背中には孤独や傷心といった、悲しげな雰囲気が纏われている。


 彼女は明庵のそんな姿を、幾度となく目にしてきた。サイバーエージェントになって、漸く恩人であり憧れの明庵と一緒に仕事が出来ると思っていたが、彼は誰とも連むことなく、常に孤立していた。


 それこそ、仕事上で必要最低限の会話しかしないような人物であった彼は、現場での異常な行動もあり、エージェント達だけでなく警察組織や、協力関係にある他社や依頼人からも、“出雲さん以外でお願いします“と名指しで拒否されるほどだった。


 決して悪い人物でもなく、仕事はちゃんとこなすのだが、やはり他のエージェント達と比較するとどうにも扱いづらく、余計な詮索までしてくるのが大きなイメージダウンとなっているのだろう。


 雫のことは知っている筈。なのに一切話しかけることもなく、目も合わそうとしないので忘れてしまったのかと、彼女の気持ちは酷く落ち込んでしまった。


 だが、雫がまだ仕事に慣れず、一人会社に残り調べ物をしていると、誰もいな社内で明庵は彼女に、何故この仕事を選んだのかと質問して来たのだ。


 その時に、今まで疑問に思っていたこと、不安に思っていた気持ちなどを明庵にぶちまけた雫は、涙ながらに明庵のように人の痛みの分かる、本物の優しさを持った人間になりたいのだと告白した。


 無論、当時の明庵にそんなつもりはなかったのだが、否定するよりも先に泣き出してしまった彼女を、なんとか落ち着かせなければと、珍しく慌てていた。


 「・・・また、何かが見えるんですか?」


 「・・・・・」


 雫は、明庵が何かを追っているというのを感覚で分かっていた。しかし、当然ながら彼女にもそれを目にすることは出来ず、決して明庵もそれを明かそうとはしなかった。


 もしこの件に彼女を巻き込んで仕舞えば、きっと彼女もいずれ危険な目に遭う。その話に触れようとすると、明庵はまるで何処かへ行ってしまったかのように遠い存在へと変わってしまう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る