状態異常

 息つく間もなく迫り来る大きな影に、身体に鞭を打ち移動を開始しようとするシンだが、鉄柵にぶつかった衝撃でまだ少し身体が思うように動かない。


 「くそッ・・・!動けよッ・・・動けって!!」


 徐々に水路の水が大きく盛り上がり始める。迫る巨体が顔を覗かせ、その悍ましい姿を見せる。


 大型のソレも、小型のモンスターと同様に内臓が剥き出しになっているかのような肉塊で、顔らしい顔は見当たらず、僅かに前方に浮き出た部位に大きく開いた口のがある。


 何層かに渡り、牙のようなものが並んでいる。一度あの中に吸い込まれれば、その並んだ牙で身体を擦り潰されるであろうと想像させる。


 「ッ・・・何で!?生身じゃない筈だろ。何でこんなに身体がッ・・・」


 シンの感じていた違和感。それはWoFのキャラクターデータを反映させている筈の身体が、妙に重いことだった。高速道路で襲撃された際には、実際の身体とのあまりの違いに空をも飛べるのではないかと錯覚するほど軽かった。


 それが何故こうも重くなってしまったのか。衣服が水を含んだからというのもあるが、それにしてはあまりに大きな弱体化。そんなことで抑えられてしまうほどの力ではない筈。


 自身の置かれている状態を確認するため、WoFの世界と同じようにステータス画面を確認するシン。彼の視界にはホログラムディスプレイが表示され、自身の現状が確認できるステータスの画面が表示される。


 と、そこにはシンの知らぬ間に受けていた状態異常を見つけた。いつの間に受けたのか、シンの身体は“麻痺“の状態異常をもらっていたのだ。


 麻痺状態になると、全ての行動が暫くの間制限されてしまう。この状況において最も危険な状態異常であり、容易に陥りやすい事故のパターンとも言える。


 故に、WoFでは状態異常攻撃を持つ相手には事前の対策が必要となるのだが、現実世界のそれも初見の相手に対策をしろというのは、到底無理な話である。


 「麻痺ッ・・・!?こんな時に状態異常だって!?」


 迫る大型モンスターが、シンを飲み込むまでの間に麻痺が自然治癒する可能性はほぼ皆無。アイテムは向こうの世界から持ち込めておらず、手持ちのアイテムはない。


 獲物を丸呑みにせんと、大口を開けて準備体勢に入るモンスター。


 すると、薄暗い通路の先から閃光のように何かが飛んでくる。その一瞬の光は、暗い下水道に光の線を描くと、麻痺で身体の自由の効かないシンに迫る、まるまると太った肉の塊に突き刺さった。


 「ギィィィャャャーーーッ!」


 全く予期せぬ攻撃に、シンも大型のモンスターにも衝撃が走る。モンスターの大口の横、恐らく頬に突き刺さっていたのは一本の槍だった。


 シンはすぐにそれが朱影の仕業であるのを悟る。だが、あれほどの勢いで撃ち放たれたにも関わらず、モンスターの身体を貫通することはなかったのかという驚きもあった。


 攻撃を受けた大型モンスターは、そのまま悲鳴とも呻き声とも捉えられる声を上げながら反転し、水の中に逃げ帰っていった。


 「大丈夫かッ!?新米!」


 「身体が・・・麻痺で動かないんだ・・・」


 「あぁ!?何か食らったのか?」


 朱影の問いに対し、シンは首を横に振った。身に覚えがない。水中に消えた大型モンスターの攻撃など、一度も受けていないにも関わらず、シンは麻痺の状態異常になっていた。


 モンスターの正体といい、不可解な事態といい、この戦いには二人の知らないことが多過ぎる。相手の情報が何も無ければ、こちらは必ず後手に回るしかない。


 ましてや水中に逃げられてしまえば、その姿さえも捉えることはできないのだから。


 「待ってろ、さっきの連中が落としたアイテムがある。それで・・・」


 朱影の言っているさっきの連中とは、大型のモンスターから放たれた小型のモンスターのことだろう。しかし、視界の見える範囲にまで近づいてきた彼の周りに、そのモンスター達はいない。


 「全部、倒したのか・・・?」


 「いや、そうじゃぁねぇ。俺にも分からねぇんだが、急にアイツら俺のこと見失いやがったんだ」


 見失うとはどういう事だろう。それまで執拗に朱影を狙っていた小型のモンスター達。シンが様々な方法で注意を逸らそうとして中々上手くいかなかったというのに、突然彼を見失ったというのだろうか。


 思い返してみれば、下水のモンスター達に目のような器官は見受けられない。視認ではなく、別のものでシン達の位置を特定しているのだろう。だがそれは、小型と大型で違っているのかもしれない。

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