貧富の差

 飲み込みの早い瑜那がみるみる知識をつけ、全く環境に慣れていなくてもここまでのハッカーに育ったところを見ると、余程彼に才能があったのか、その先生と呼ばれる人物が教え方が上手かったのだろう。


 「漸く都会らしい風景になってきたな」


 高速を降り、一般道を走っていた彼らの車は、次第に民家の並ぶ光景から天に向けて大きく聳え立つビル群が増えて来た。


 それぞれの建物に備えられている予備電源だろうか、これまでに比べ周囲の明るさも一目で違いが分かるほど変わってきている。


 技術力の発展の差は、こういった面でも窺うことが出来る。技術が発展しても、その国の全ての領土で水準が上がる訳ではない。


 一部の環境が整った地域が群を抜いて成長していき、それについていけない地域はまるでゴーストタウンのようになってしまうことも少なくなかった。


 実際生活も変わり、より便利で快適な暮らしのできる地域に人が集まり、発展の遅れる地域からは若い世代が軒並みいなくなるという現象が起きた。


 技術だけ流用するというケースもあったが、それでもそれを有効活用できる施設や環境が整っている都会での生活は、他とは比べ物にならなかったのだ。


 そして何より、これは若い世代の者達だけの話ではなく、歳を重ねた者ほど重要な問題になっていった。


 肉体の老化は全ての生き物に訪れる課題だ。どんなに健康に気を遣っていようと、どんなに運動に力を入れていようと、身体の衰退は誰にも止めることはできない。


 近年、開発されてきた人間の動きをサポートする器具。所謂パワードスーツは、身体の衰えを補うだけではなく、人々の行動範囲や仕事内容を大きく変えた。


 しかし、それらは全ての人間に与えられるものではなかった。一部の権力者や有権者の周りにしか行き渡らず、人々の生活の格差はより一層加速していったのだ。


 不満は人々を非行に向かわせた。その代表的なものが、機械化が進む社会において大きな被害をもたらすハッキングだった。


 「ここは電力が切れていないのか?」


 「そうではありません。恐らくそれぞれの建物に備わっている予備電源でしょう。大元が断ち切られても、少しの間はそれで普段と変わらない生活が可能です」


 都会の家には、それが標準で備わっているものらしい。慎は知らずとも、彼の住んでいたところにも、停電や予期せぬ事態に備え、予備電源は備わっている。


 東京のセントラルと呼ばれる地域では、一瞬真っ暗な街並みとなったが直ぐに明かりが戻った。しかしそれも、大元の電源が復旧するまでの間のものでしかない。


 それでも、復旧作業を見込んだ電力が備わっており、暫くの間は贅沢の限りを尽くさぬ限り、普段通りの生活が送れることだろう。


 彼らの車がビル群を進むにつれ、空には幾つもの警備ドローンが上空を巡回していた。人々の安全を守るという名目だが、その実事件に便乗した犯罪や非行を抑制し捕らえる目的もある。


 「騒がしいな・・・」


 「原因自体は恐らく判明しているでしょう。ただ、復旧に時間がかかっているということは、原因が分からないのか、或いは・・・」


 「或いは・・・?」


 「犯人を誘っているのやもしれません。何故これほど大規模な停電を起こさせる必要があったのか。ただの悪戯にしては、手が凝っているようには思いませんか?」


 瑜那は少し考えすぎではないのか。普段なら慎もそう思っただろう。だが、今こうして非現実的なことに巻き込まれている上に、何者かに命を狙われた身としては、これがただの悪戯でないことは明らかだった。


 「これに乗じて、何かしようとしている。だろ?」


 「えぇ。そして警察側は復旧に尽力し、あのエージェントのようなサイバー犯罪を専門とする者達は、この機を利用し何かをしようとしている者達の動きに耳を澄ませている」

 「ハッカー達にとってこれほど美味しい状況はねぇしな!」


 都市全体の電力を落とす程の被害。それは国や警察組織が保有する強力なシステムがダウンしていること。要するに、普段よりも守りが薄く、ハッキングしやすい状況下にあるということだ。


 「これに乗じて騒ぎが起こる・・・?或いはもう起こっているのか?」


 「恐らくはもう起こっているでしょうね・・・。彼らには視覚化されていないでしょうが、我々にはハッキリと見える筈です。それに注意しなければならないのは、我々を追ってくる“敵“だけではありません。サイバーエージェントなるものにも気をつけて下さい。あの“出雲“という男・・・。我々のような見えざるものを追っていると言ってましたから・・・」


 出雲明庵の所有するドローンは、アサシンギルドやWoFのモンスターなどの異世界のものの存在を検知する能力が備わっている。


 今のシンはあの時とは違い、異物側の存在。明庵の目に映ることはなくとも、彼のドローンには検知されてしまう。


 「だが利点もある。ハッカーの奴らが動き出せば、俺達も姿を眩ませられる筈だぜ」


 ハッカー集団が蔓延る昨今。彼らがこの機に乗じ暴れてくれれば、警察組織だけでなく、シン達の命を狙う者達の注意を逸らすことにも繋がる。

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